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ここがケツバット村
【浅尾真綾、黒鉄孝之(1)】
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「真綾! 目を覚ませ真綾、真綾ッッッ!」
眠る真綾の肩を何度も揺らすが、瞼は閉じられたままで目覚める気配がまるでない。
そうしているあいだにも、もう1人の真綾──刀背打紗綾は、燃えさかる有刺鉄線バットを片手に、獲物を確実に仕留めようとする猛獣のようなゆっくりとした歩調でふたりに近づいてくる。
「本当うるさい家畜ねぇ。尻叩きの次は、そのお喋りな舌をぶった切ってやろうかしら」
このままでは、逃げようにも逃げられない。何か策はないか……必死に脳ミソをフル回転させて考える孝之は、天井裏の出入口からひょっこり顔をのぞかせてこちらを見ている飛鳥と目が合った。
孝之が気づくのと同時に、飛鳥は「おねえちゃん!」と大声を張り上げる。紗綾が振り返ったその隙をついて、孝之は無防備な身体に体当たりをした。
小さく悲鳴を上げる紗綾に孝之は重なって倒れ、有刺鉄線バットは炎を揺らしながら飛鳥のほうへと転がっていく。
飛鳥は天井裏へ上り、可愛くにっこり頬笑んでバットを拾うと、それを両手で握り直して頭上へと掲げ、倒れる孝之と紗綾に近づいてやって来た。
孝之が危険を察知してすぐに横へ転がる。
逃げ遅れた紗綾が「飛鳥、やめなさい!」と叫ぶよりも速く、燃えさかる有刺鉄線バットは紗綾の顔面へ唸りをあげながら一気に振り下ろされた!
「ギャァアアアァァアアアァァァァアアァァァァアアアッッッ!!」
片目を潰された紗綾は、右へ左へ、床の上を無様にのたうちまわって苦しみもがく。飛鳥の楽しそうな笑い声と紗綾の悲鳴が不気味に混ざり合い、薄闇の世界に響き渡った。
「真綾!」
慌てて起き上がった孝之が、横たわる真綾に駆け寄り抱き起こす。すると、真綾はようやく意識を取り戻してその目を開けた。
「孝之……孝之なの……?」
真綾が朦朧としながら辺りを見ると、燃えさかる有刺鉄線バットを両手に持つ小さな女の子が、転がり苦しむ紗綾をころころと笑いながら見下ろしていた。
「さ、紗綾!」
助けようと手を伸ばす真綾を、孝之は思わず引き止める。
「真綾、早く逃げよう!」
「でも……紗綾が!」
「紗綾?」
「わたしの妹なのよ!」
「妹!?」
孝之が驚いてうしろを見れば、苦痛に震える紗綾が四つん這いの状態から立ち上がろうとしていた。
「とにかく、今のうちに逃げよう!」
肩を抱いて立たせると、孝之は真綾をかばいながら紗綾を避けて退路をめざす。真綾もうしろ髪を引かれる思いではあったが、連れられるまま階段を駆け下りていった。
「お……おまえ…………」
紗綾がゆっくりと立ち上がる。
伏せられたままの顔は前髪で隠れてはいるが、左目は潰れてまわりの皮膚は焼け爛れており、まるで熟れて弾けた石榴のような状態だった。
「飛鳥、おまえ……屋根裏部屋を孝之に教えたな!?」
紗綾は顔を上げて残された右目で睨みつけるが、そこに居たはずの飛鳥の姿が見あたらない。すると突然、死角になっている左側から熱さと激痛が襲いかかる。
「うぐああッ?!」
左足を押さえながら前へ倒れる紗綾にさらに追い打ちをかけて、形の整った美しい臀部に燃えさかる有刺鉄線バットが振り下ろされた。
「んぐっ……!」
今までに体験したことのない痛みをこらえて、紗綾は歯を食いしばる。
元来、ケツバット村において〝尻叩き〟は無病息災を願う悪魔払いのような儀式であったのだが、現在は服従を迫る暴力行為同然となっていた。つまり、飛鳥に尻を叩かれた紗綾は、最大の屈辱を味わされていたのである。
「ねえ、おねえちゃん。おにいちゃんのお尻は、飛鳥のなんだよ?」
そう諭すようにつぶやくと、飛鳥は紗綾の尻をめがけて、さらにまたバットを振り下ろす。
幼子の腕力では振り上げることなど叶わぬはずの重たいバットを、なぜか飛鳥は、赤黒い目玉を爛々と光らせて何度も軽々と持ち上げてはまた振り下ろしてみせる。
そしてこのバット攻撃も、何重にも巻かれた有刺鉄線や炎によってその破壊力は倍増し、大人を苦しめるには充分過ぎる凶器となっていた。
「飛鳥ぁ……こ……の……失敗作がぁぁぁああぁああああぁぁぁぁッッッ!!」
絶叫と共に、紗綾の残された右目が一瞬にして赤黒く染まる。
うつ伏せの状態から仰向けに素早く体勢をきり返し、その勢いのまま反動をつけて飛び起きると、奇声を発しながら駆け出した紗綾は、両手でバットを振り上げたまま驚きの表情で固まる飛鳥の顔面めがけて強烈な膝蹴りを喰らわせた。
「──うぶッ!?」
幼い身体はその衝撃を受け止めきれず、無惨にも、まるでゴム毬のようにうしろへと大きく跳ね飛んでいって床に転がる。
「クソッ……! これじゃあ、やってることが祖父と同類じゃないの……」
冷静さを取り戻した紗綾は、うつ伏せで倒れる飛鳥を哀れみ、独りつぶやいて前髪を掻き上げる。
それから、床に転げ落ちた燃えさかる有刺鉄線バットを拾い上げ、逃げたふたりの後を追って気だるそうな様子で階段を下りていった。
眠る真綾の肩を何度も揺らすが、瞼は閉じられたままで目覚める気配がまるでない。
そうしているあいだにも、もう1人の真綾──刀背打紗綾は、燃えさかる有刺鉄線バットを片手に、獲物を確実に仕留めようとする猛獣のようなゆっくりとした歩調でふたりに近づいてくる。
「本当うるさい家畜ねぇ。尻叩きの次は、そのお喋りな舌をぶった切ってやろうかしら」
このままでは、逃げようにも逃げられない。何か策はないか……必死に脳ミソをフル回転させて考える孝之は、天井裏の出入口からひょっこり顔をのぞかせてこちらを見ている飛鳥と目が合った。
孝之が気づくのと同時に、飛鳥は「おねえちゃん!」と大声を張り上げる。紗綾が振り返ったその隙をついて、孝之は無防備な身体に体当たりをした。
小さく悲鳴を上げる紗綾に孝之は重なって倒れ、有刺鉄線バットは炎を揺らしながら飛鳥のほうへと転がっていく。
飛鳥は天井裏へ上り、可愛くにっこり頬笑んでバットを拾うと、それを両手で握り直して頭上へと掲げ、倒れる孝之と紗綾に近づいてやって来た。
孝之が危険を察知してすぐに横へ転がる。
逃げ遅れた紗綾が「飛鳥、やめなさい!」と叫ぶよりも速く、燃えさかる有刺鉄線バットは紗綾の顔面へ唸りをあげながら一気に振り下ろされた!
「ギャァアアアァァアアアァァァァアアァァァァアアアッッッ!!」
片目を潰された紗綾は、右へ左へ、床の上を無様にのたうちまわって苦しみもがく。飛鳥の楽しそうな笑い声と紗綾の悲鳴が不気味に混ざり合い、薄闇の世界に響き渡った。
「真綾!」
慌てて起き上がった孝之が、横たわる真綾に駆け寄り抱き起こす。すると、真綾はようやく意識を取り戻してその目を開けた。
「孝之……孝之なの……?」
真綾が朦朧としながら辺りを見ると、燃えさかる有刺鉄線バットを両手に持つ小さな女の子が、転がり苦しむ紗綾をころころと笑いながら見下ろしていた。
「さ、紗綾!」
助けようと手を伸ばす真綾を、孝之は思わず引き止める。
「真綾、早く逃げよう!」
「でも……紗綾が!」
「紗綾?」
「わたしの妹なのよ!」
「妹!?」
孝之が驚いてうしろを見れば、苦痛に震える紗綾が四つん這いの状態から立ち上がろうとしていた。
「とにかく、今のうちに逃げよう!」
肩を抱いて立たせると、孝之は真綾をかばいながら紗綾を避けて退路をめざす。真綾もうしろ髪を引かれる思いではあったが、連れられるまま階段を駆け下りていった。
「お……おまえ…………」
紗綾がゆっくりと立ち上がる。
伏せられたままの顔は前髪で隠れてはいるが、左目は潰れてまわりの皮膚は焼け爛れており、まるで熟れて弾けた石榴のような状態だった。
「飛鳥、おまえ……屋根裏部屋を孝之に教えたな!?」
紗綾は顔を上げて残された右目で睨みつけるが、そこに居たはずの飛鳥の姿が見あたらない。すると突然、死角になっている左側から熱さと激痛が襲いかかる。
「うぐああッ?!」
左足を押さえながら前へ倒れる紗綾にさらに追い打ちをかけて、形の整った美しい臀部に燃えさかる有刺鉄線バットが振り下ろされた。
「んぐっ……!」
今までに体験したことのない痛みをこらえて、紗綾は歯を食いしばる。
元来、ケツバット村において〝尻叩き〟は無病息災を願う悪魔払いのような儀式であったのだが、現在は服従を迫る暴力行為同然となっていた。つまり、飛鳥に尻を叩かれた紗綾は、最大の屈辱を味わされていたのである。
「ねえ、おねえちゃん。おにいちゃんのお尻は、飛鳥のなんだよ?」
そう諭すようにつぶやくと、飛鳥は紗綾の尻をめがけて、さらにまたバットを振り下ろす。
幼子の腕力では振り上げることなど叶わぬはずの重たいバットを、なぜか飛鳥は、赤黒い目玉を爛々と光らせて何度も軽々と持ち上げてはまた振り下ろしてみせる。
そしてこのバット攻撃も、何重にも巻かれた有刺鉄線や炎によってその破壊力は倍増し、大人を苦しめるには充分過ぎる凶器となっていた。
「飛鳥ぁ……こ……の……失敗作がぁぁぁああぁああああぁぁぁぁッッッ!!」
絶叫と共に、紗綾の残された右目が一瞬にして赤黒く染まる。
うつ伏せの状態から仰向けに素早く体勢をきり返し、その勢いのまま反動をつけて飛び起きると、奇声を発しながら駆け出した紗綾は、両手でバットを振り上げたまま驚きの表情で固まる飛鳥の顔面めがけて強烈な膝蹴りを喰らわせた。
「──うぶッ!?」
幼い身体はその衝撃を受け止めきれず、無惨にも、まるでゴム毬のようにうしろへと大きく跳ね飛んでいって床に転がる。
「クソッ……! これじゃあ、やってることが祖父と同類じゃないの……」
冷静さを取り戻した紗綾は、うつ伏せで倒れる飛鳥を哀れみ、独りつぶやいて前髪を掻き上げる。
それから、床に転げ落ちた燃えさかる有刺鉄線バットを拾い上げ、逃げたふたりの後を追って気だるそうな様子で階段を下りていった。
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