39 / 56
ここがケツバット村
【黒鉄孝之(7)】
しおりを挟む
開かれたままの大邸宅へ釘バットを片手に土足で進入する若者を見かけたら、そいつは犯罪者と思うのが普通だろう。さらに付け加えれば、次々と襖をバットで叩き破りながら廊下を突き進むのである。
しかし、彼の場合は──黒鉄孝之の場合は違っていた。
愛する人を助けるため、敵地へと単身乗り込んでいたのだ。
「真綾! 真綾ッ!」
何度も恋人の名前を叫びながら辿り着いた客間を、釘バットを使って一心不乱に破壊する。高そうなソファ、年代物の箪笥、大きな掛け時計に誰かが描いた油彩画……みんな見るも無残にグシャグシャだ。
「うぉらぁああぁぁぁあああああッッッ!」
孝之は、決して気がふれた訳ではない。
彼は正気だ。
この暴挙は、挑発行為だった。
早く出て来いと、見えない相手に誘いをかけていたのだ。
「ねえ、孝之」
ほんの一瞬だけ真綾の呼ぶ声が聞こえたかと思えば、尻に激痛と衝撃が走り、孝之は前へ仰け反り倒れて釘バットを手放してしまう。
「……あのさぁ、あなたってフリーターでしょ? 弁償できないなら壊さないでくれるかな。どれも高いのよ、うちの家具」
蔑む目で孝之を冷たく見下ろす真綾は、有刺鉄線バットを静かに構え、掬うように孝之の尻をふたたび強く打つ。
「うぐっ! おまえの……おまえたちの目的は、いったいなんなんだ……」
起き上がろうとするも、さらにまた尻を強く打たれる。さらに無様に、床へ這いつくばる惨めな格好となった。
「村よ。このケツバット村を守るのよ。もうずいぶんと前から過疎化が進んで──」
再度起き上がろうとする孝之の尻を、さらに容赦なく激しく打ちつける真綾。その顔つきは何も変わらず、ただ、冷淡無情に凶行に及んでいた。
「お祖父様も、村の連中も、いろいろと対策はしたみたいだけれど、結局は今のやり方……にッ!」
真綾がとどめと言わんばかりに強烈な一撃を尻に与えると、孝之はついに動かなくなった。
「その代わり、胸糞悪い奴とかかわり続ける羽目になったけどね」
真綾は廊下に出て周囲を気にし、ふたたび客間に戻る。
板張りの天井を見上げてから、有刺鉄線バットの先端でそれを押した。
カチャリと金属音がしたかと思えば、板張りの天井から隠し階段がゆっくりと姿を現し始める。真綾は無言のまま、その機械仕掛けの動きをじっと見つめていた。
「さあ、これからみんな一緒に、ケツバット村で仲良く暮らしましょうよ」
不気味に笑いかけて客間を見るが、孝之の姿はどこにも無かった。
「おい」
真綾が声のほうへ振り向くよりも先に、釘バットが凄まじい勢いで彼女の尻へと食い込む。
「きゃああああああっ?!」
悲鳴を上げて倒れる真綾に見向きもせず、孝之は天井裏へと続く隠し階段を一気に駆け上る。
天井裏は暗いが、なんとか下からの明かりで見渡すことができた。
孝之は、湿気や埃のにおいが立ち込める闇の世界を突き進む。
薄暗さに慣れた頃、数々の大小の箱や蜘蛛の巣を被った西洋の骨董品に紛れて、とても大きな真新しい木箱が目に止まる。
よく見れば施錠はされていないようで、簡単に蓋は持ち上がった。
その木箱を開けると、中には胎児のように身体を丸めた下着姿の若い女性が入っていた。女性は気を失っているのか、呼吸と共に肩を揺らすだけだ。孝之は女性の頬に掛かる髪を、恐る恐るそっと指で横に流す。
「……真綾!?」
間違えようもない。真綾だ。
飛鳥に教えられた天井裏の木箱の中には、真綾が閉じ込められていた。
すると、下にいる真綾はいったい何者なのか?
いや、そもそも、この女性こそ真綾なのか?
孝之が混乱していると、壁か階段をバットで叩きながら、もう1人の真綾が階段をゆっくりと上ってくる。
「たぁかぁゆぅきぃぃぃ……あんた……よくもわたしのお尻を打ったわねぇぇぇ……」
孝之は近くの骨董品を覆っていた白いシーツを剥ぎ取り、下着姿の真綾に掛けて抱き起こす。その間に、もう1人の真綾が階段を上りきってその場に立ち塞がった。
「おまえは……真綾なのか? 本当の真綾なのか?」
「本当の? アッハッハッハッハ!」
孝之の問いに、もう1人の真綾は下品な高笑いで答える。
「さすがに気づくだろ、この間抜けぇー。あー、でもしかたないかぁー。孝之ってさァ、本当に馬鹿面だもんね」
もう1人の真綾は、ショートデニムパンツのうしろポケットから小瓶を取り出し、その中身を有刺鉄線バットの先にまんべんなく振りかける。バットを伝って、何かの液体が滴り落ちた。
「おまえたちふたりは、きょうからわたしの家畜。家畜には焼印を付けなきゃねぇ……アッハッハッハッハ!」
言いながら今度は、前ポケットをまさぐる。すると、その手に小さな火が灯り、ゆらりと動いて有刺鉄線バットに引火して燃え上がった。
燃えさかる有刺鉄線バットの炎で、もう1人の真綾の顔が暗闇に浮かびあがる。それは、いまだかつて見た事がない、恋人の狂喜に満ちた邪悪な表情だった。
「クソッ、この村の人間は全員イカれてるのかよ!」
抱き寄せる手に自然と力が入るが、それでも真綾は動かない。
狂乱の真綾と眠る真綾。
2人の真綾の顔を交互に見比べ、孝之はますます混乱した。
「いったい何があったんだよ……真綾……」
腕のなかの真綾の寝顔はとても穏やかで、まるで天使のようだった。
しかし、彼の場合は──黒鉄孝之の場合は違っていた。
愛する人を助けるため、敵地へと単身乗り込んでいたのだ。
「真綾! 真綾ッ!」
何度も恋人の名前を叫びながら辿り着いた客間を、釘バットを使って一心不乱に破壊する。高そうなソファ、年代物の箪笥、大きな掛け時計に誰かが描いた油彩画……みんな見るも無残にグシャグシャだ。
「うぉらぁああぁぁぁあああああッッッ!」
孝之は、決して気がふれた訳ではない。
彼は正気だ。
この暴挙は、挑発行為だった。
早く出て来いと、見えない相手に誘いをかけていたのだ。
「ねえ、孝之」
ほんの一瞬だけ真綾の呼ぶ声が聞こえたかと思えば、尻に激痛と衝撃が走り、孝之は前へ仰け反り倒れて釘バットを手放してしまう。
「……あのさぁ、あなたってフリーターでしょ? 弁償できないなら壊さないでくれるかな。どれも高いのよ、うちの家具」
蔑む目で孝之を冷たく見下ろす真綾は、有刺鉄線バットを静かに構え、掬うように孝之の尻をふたたび強く打つ。
「うぐっ! おまえの……おまえたちの目的は、いったいなんなんだ……」
起き上がろうとするも、さらにまた尻を強く打たれる。さらに無様に、床へ這いつくばる惨めな格好となった。
「村よ。このケツバット村を守るのよ。もうずいぶんと前から過疎化が進んで──」
再度起き上がろうとする孝之の尻を、さらに容赦なく激しく打ちつける真綾。その顔つきは何も変わらず、ただ、冷淡無情に凶行に及んでいた。
「お祖父様も、村の連中も、いろいろと対策はしたみたいだけれど、結局は今のやり方……にッ!」
真綾がとどめと言わんばかりに強烈な一撃を尻に与えると、孝之はついに動かなくなった。
「その代わり、胸糞悪い奴とかかわり続ける羽目になったけどね」
真綾は廊下に出て周囲を気にし、ふたたび客間に戻る。
板張りの天井を見上げてから、有刺鉄線バットの先端でそれを押した。
カチャリと金属音がしたかと思えば、板張りの天井から隠し階段がゆっくりと姿を現し始める。真綾は無言のまま、その機械仕掛けの動きをじっと見つめていた。
「さあ、これからみんな一緒に、ケツバット村で仲良く暮らしましょうよ」
不気味に笑いかけて客間を見るが、孝之の姿はどこにも無かった。
「おい」
真綾が声のほうへ振り向くよりも先に、釘バットが凄まじい勢いで彼女の尻へと食い込む。
「きゃああああああっ?!」
悲鳴を上げて倒れる真綾に見向きもせず、孝之は天井裏へと続く隠し階段を一気に駆け上る。
天井裏は暗いが、なんとか下からの明かりで見渡すことができた。
孝之は、湿気や埃のにおいが立ち込める闇の世界を突き進む。
薄暗さに慣れた頃、数々の大小の箱や蜘蛛の巣を被った西洋の骨董品に紛れて、とても大きな真新しい木箱が目に止まる。
よく見れば施錠はされていないようで、簡単に蓋は持ち上がった。
その木箱を開けると、中には胎児のように身体を丸めた下着姿の若い女性が入っていた。女性は気を失っているのか、呼吸と共に肩を揺らすだけだ。孝之は女性の頬に掛かる髪を、恐る恐るそっと指で横に流す。
「……真綾!?」
間違えようもない。真綾だ。
飛鳥に教えられた天井裏の木箱の中には、真綾が閉じ込められていた。
すると、下にいる真綾はいったい何者なのか?
いや、そもそも、この女性こそ真綾なのか?
孝之が混乱していると、壁か階段をバットで叩きながら、もう1人の真綾が階段をゆっくりと上ってくる。
「たぁかぁゆぅきぃぃぃ……あんた……よくもわたしのお尻を打ったわねぇぇぇ……」
孝之は近くの骨董品を覆っていた白いシーツを剥ぎ取り、下着姿の真綾に掛けて抱き起こす。その間に、もう1人の真綾が階段を上りきってその場に立ち塞がった。
「おまえは……真綾なのか? 本当の真綾なのか?」
「本当の? アッハッハッハッハ!」
孝之の問いに、もう1人の真綾は下品な高笑いで答える。
「さすがに気づくだろ、この間抜けぇー。あー、でもしかたないかぁー。孝之ってさァ、本当に馬鹿面だもんね」
もう1人の真綾は、ショートデニムパンツのうしろポケットから小瓶を取り出し、その中身を有刺鉄線バットの先にまんべんなく振りかける。バットを伝って、何かの液体が滴り落ちた。
「おまえたちふたりは、きょうからわたしの家畜。家畜には焼印を付けなきゃねぇ……アッハッハッハッハ!」
言いながら今度は、前ポケットをまさぐる。すると、その手に小さな火が灯り、ゆらりと動いて有刺鉄線バットに引火して燃え上がった。
燃えさかる有刺鉄線バットの炎で、もう1人の真綾の顔が暗闇に浮かびあがる。それは、いまだかつて見た事がない、恋人の狂喜に満ちた邪悪な表情だった。
「クソッ、この村の人間は全員イカれてるのかよ!」
抱き寄せる手に自然と力が入るが、それでも真綾は動かない。
狂乱の真綾と眠る真綾。
2人の真綾の顔を交互に見比べ、孝之はますます混乱した。
「いったい何があったんだよ……真綾……」
腕のなかの真綾の寝顔はとても穏やかで、まるで天使のようだった。
10
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
女子切腹同好会 ~4完結編~
しんいち
ホラー
ひょんなことから内臓フェチに目覚め、『女子切腹同好会』という怪しい会に入会してしまった女子高生の新瀬有香。なんと、その同好会の次期会長となってしまった。更には同好会と関係する宗教団体『樹神奉寧団』の跡継ぎ騒動に巻き込まれ、何を間違ったか教団トップとなってしまった。教団の神『鬼神』から有香に望まれた彼女の使命。それは、鬼神の子を産み育て、旧人類にとって替わらせること。有香は無事に鬼神の子を妊娠したのだが・・・。
というのが前作までの、大まかなあらすじ。その後の話であり、最終完結編です。
元々前作で終了の予定でしたが、続きを望むという奇特なご要望が複数あり、ついつい書いてしまった蛇足編であります。前作にも増してグロイと思いますので、グロシーンが苦手な方は、絶対読まないでください。R18Gの、ドロドログログロ、スプラッターです。
女子切腹同好会 ~2有香と女子大生四人の“切腹”編・3樹神奉寧団編~
しんいち
ホラー
学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れ、私立の女子高に入学した新瀬有香。彼女はひょんなことから“内臓フェチ”に目覚めてしまい、憧れの生徒会長から直接誘われて“女子切腹同好会”という怪しい秘密会へ入会してしまった。その生徒会長の美しい切腹に感動した彼女、自らも切腹することを決意し、同好会の会長職を引き継いだのだった・・・というのが前編『女子切腹同好会』でのお話。この話の後日談となります。切腹したいと願う有香、はたして如何になることになるのでありましょうか。いきなり切腹してしまうのか?! それでは話がそこで終わってしまうんですけど・・・。
(他サイトでは「3」として別に投稿している「樹神奉寧団編」も続けて投稿します)
この話は、切腹場面等々、流血を含む残酷・グロシーンがあります。前編よりも酷いので、R18指定とします。グロシーンが苦手な人は、決して読まないでください。
また・・・。登場人物は、皆、イカレテいます。決して、マネしてはいけません。
マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかもしれません。
世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、・・・多々、存在してしまうものなのですよ!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる