33 / 56
ここがケツバット村
【黒鉄孝之、浅尾真綾(2)】
しおりを挟む
ふかふかとやわらかい腐葉土の上を歩きながら、孝之はふと、きのうの旅館裏のブナ林での出来事を思い出していた。
付き合い始めて日の浅いふたりが手を繋いだのは、あれで何度目であったろう。孝之は奥手という訳ではないが、かといって、大勢の異性と交際してきた訳でもない。ただ、真綾とは真剣に、結婚も考えた交際をしたかった。
自分でもよくわからないが、運命を感じていた。事故の時に助けられたからではなく、何か見えない力でふたりは引き寄せられた──そう孝之は感じていたのだ。
もちろん真綾には話していないし、話したところで、不気味がられるか笑われるだけであろう。だが、今の真綾からは、その時に感じられた運命的な直感が揺らいでしまう。
そう考え事をしながら、孝之は何気に近くの灰白色の幹に手を添えて立ち止まる。
風が吹き、頭上ではブナの林冠がざわつき始め、その音で我に返った孝之は川を探して周囲を見渡すが、どこを見ても草木しか目に入らない。とても近くに飲み水があるとは思えなかった。
手に付いた地衣類をズボンで拭ぐいながらあきらめて戻ると、無表情の真綾が藤木を見下ろして立っていた。
「真綾? どうかしたのか?」
「藤木さん、死んだわ」
「えっ!? なんだって!?」
藤木に近寄り手首を掴む。
首筋にも触れてみるが、脈や息はまったく無く、確かに藤木は死んでいた。
「孝之が居無くなってすぐに息が止まって、動かなくなったの」
「…………そうか」
なんとも表現し難い感情が、孝之の中でグルグルと渦巻いて大きくなっていく。拳を握る手は震え、呼吸も段々と荒くなる。
真綾はただ、そんな孝之のうしろ姿を静かに見つめ続けていた。
*
森の中では、藤木の亡骸を満足に葬ることができなかった。せめてもと、孝之は黒い革財布から麻美の写真を抜き取り、それを藤木のYシャツの胸ポケットへとしまう。
「優しいのね」
真綾の言葉に孝之は何も答えずに立ち上がる。そして今度は、孝之が黙々と先へと歩き始めた。
もちろん、森を抜ける出口など知りもしないが、それでも、今の孝之はじっとしていることが出来なかったのだ。
「ねえ、孝之……孝之ったら!」
無言で前へ進み続ける孝之に痺れを切らした真綾は、手を強く引っ張り制止する。その時、孝之は何か違和感を覚えたが、それを深く考えずに引っ張られるまま振り返った。
──ぴとっ。
不意打ちの人差し指が、孝之の頬に食い込む。
「へい! ばーか、ばーかぁ!」
真綾は笑いながら孝之を追い越して走って逃げる。我に返った孝之も「待てよ!」と叫んで走って後を追いかけた。
真綾は時折振り返っては、幼い少女のような笑顔で孝之を挑発する。自然と孝之の顔にも笑顔がこぼれていた。
「こっちだよー! 鬼さんこちら、お尻のほうへ!」
「なんだよそれ? おい、真綾……危ない!」
追いつかれそうになった真綾がつまずいて転びそうになったので、孝之はとっさに真綾の手を掴んで抱き寄せる。
(そうだ……硬いんだ……)
先ほどの違和感の答えは、真綾の手にあった。きのうは軟らかかった真綾の手のひらは、すっかり肉刺ができて硬くなっていたのだ。
「どうしたの孝之?」
気がつくと、真綾を抱き寄せて顔を近づけたままでいた。
「あっ、ごめん!」
慌てて離れようとする孝之に、真綾はさらに強く抱きつく。
「いいよ、別に。ねえ……孝之」
「な……なんだよ?」
戸惑う孝之に顔を近づけて、真綾が艶やかに囁く。そんな真綾に見つめられながら抱きつかれていると、孝之はなんだか自分が蛇に捕まった獲物のような錯覚に陥った。
「キスしようよ」
一瞬だけ躊躇われたが、真綾に誘われるまま、孝之はゆっくりと目を閉じて唇を重ねた。
付き合い始めて日の浅いふたりが手を繋いだのは、あれで何度目であったろう。孝之は奥手という訳ではないが、かといって、大勢の異性と交際してきた訳でもない。ただ、真綾とは真剣に、結婚も考えた交際をしたかった。
自分でもよくわからないが、運命を感じていた。事故の時に助けられたからではなく、何か見えない力でふたりは引き寄せられた──そう孝之は感じていたのだ。
もちろん真綾には話していないし、話したところで、不気味がられるか笑われるだけであろう。だが、今の真綾からは、その時に感じられた運命的な直感が揺らいでしまう。
そう考え事をしながら、孝之は何気に近くの灰白色の幹に手を添えて立ち止まる。
風が吹き、頭上ではブナの林冠がざわつき始め、その音で我に返った孝之は川を探して周囲を見渡すが、どこを見ても草木しか目に入らない。とても近くに飲み水があるとは思えなかった。
手に付いた地衣類をズボンで拭ぐいながらあきらめて戻ると、無表情の真綾が藤木を見下ろして立っていた。
「真綾? どうかしたのか?」
「藤木さん、死んだわ」
「えっ!? なんだって!?」
藤木に近寄り手首を掴む。
首筋にも触れてみるが、脈や息はまったく無く、確かに藤木は死んでいた。
「孝之が居無くなってすぐに息が止まって、動かなくなったの」
「…………そうか」
なんとも表現し難い感情が、孝之の中でグルグルと渦巻いて大きくなっていく。拳を握る手は震え、呼吸も段々と荒くなる。
真綾はただ、そんな孝之のうしろ姿を静かに見つめ続けていた。
*
森の中では、藤木の亡骸を満足に葬ることができなかった。せめてもと、孝之は黒い革財布から麻美の写真を抜き取り、それを藤木のYシャツの胸ポケットへとしまう。
「優しいのね」
真綾の言葉に孝之は何も答えずに立ち上がる。そして今度は、孝之が黙々と先へと歩き始めた。
もちろん、森を抜ける出口など知りもしないが、それでも、今の孝之はじっとしていることが出来なかったのだ。
「ねえ、孝之……孝之ったら!」
無言で前へ進み続ける孝之に痺れを切らした真綾は、手を強く引っ張り制止する。その時、孝之は何か違和感を覚えたが、それを深く考えずに引っ張られるまま振り返った。
──ぴとっ。
不意打ちの人差し指が、孝之の頬に食い込む。
「へい! ばーか、ばーかぁ!」
真綾は笑いながら孝之を追い越して走って逃げる。我に返った孝之も「待てよ!」と叫んで走って後を追いかけた。
真綾は時折振り返っては、幼い少女のような笑顔で孝之を挑発する。自然と孝之の顔にも笑顔がこぼれていた。
「こっちだよー! 鬼さんこちら、お尻のほうへ!」
「なんだよそれ? おい、真綾……危ない!」
追いつかれそうになった真綾がつまずいて転びそうになったので、孝之はとっさに真綾の手を掴んで抱き寄せる。
(そうだ……硬いんだ……)
先ほどの違和感の答えは、真綾の手にあった。きのうは軟らかかった真綾の手のひらは、すっかり肉刺ができて硬くなっていたのだ。
「どうしたの孝之?」
気がつくと、真綾を抱き寄せて顔を近づけたままでいた。
「あっ、ごめん!」
慌てて離れようとする孝之に、真綾はさらに強く抱きつく。
「いいよ、別に。ねえ……孝之」
「な……なんだよ?」
戸惑う孝之に顔を近づけて、真綾が艶やかに囁く。そんな真綾に見つめられながら抱きつかれていると、孝之はなんだか自分が蛇に捕まった獲物のような錯覚に陥った。
「キスしようよ」
一瞬だけ躊躇われたが、真綾に誘われるまま、孝之はゆっくりと目を閉じて唇を重ねた。
10
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
赤い部屋
山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。
真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。
東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。
そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。
が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。
だが、「呪い」は実在した。
「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。
凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。
そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。
「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか?
誰がこの「呪い」を生み出したのか?
そして彼らはなぜ、呪われたのか?
徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。
その先にふたりが見たものは——。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる