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ここがケツバット村
【藤木和馬、黒鉄孝之(2)】
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愛娘の写真を見つめて追想に耽る藤木の沈黙を、強さを増した蝉時雨が覆い隠す。
孝之は、真綾の写真を1枚も持ってはいなかった。スマートフォンには一緒に自撮りした画像が何十枚も保存されてはいるが、今となってはそのスマートフォンも旅館の金庫の中である。
この村を逃げ出せたら、真綾の写真を印刷しよう。そして、藤木のように肌身離さず手元に置いておこうと孝之は思った。
「おっと、いけない。孝之君、さあ早く水を飲んで!」
我に返った藤木は、写真を黒い革財布にしまい、自分のトートバックからペットボトルを抜き取って汗まみれの孝之に差し出した。
「真綾さんのためにも、さあ、遠慮なく飲みなさい」
「藤木さん……すみません、ありがとうございます。頂きます」
水を受け取りながら、一刻も早く真綾と麻美を見つけねばと心に強く誓う。
刀背打邸に行けば、何かがわかるはずだ。
村人たちがあの坂道から大挙して押し寄せてきたことを考えてみても、絶対に何かがあるはずである。
孝之はペットボトルのキャップを開けると、一気に飲み始めた。ラベルにはカラフルな筆文字で〝ケツバット天然水〟と書かれていて、トートバックの文字と同様に不愉快極まりなかったが、水は渇いた身体に染み渡り、生き返った気分にさせてくれた。
「孝之君。今さらなんですが、我々に時間はありません。麻美や真綾さんの手がかりが刀背打邸にしかないことを考えると、もはや敵の大将を獲りにいくしかないのです」
そう言って藤木も、別のペットボトルを開けて水を口に含んだ。
「でも藤木さん。昨夜のサイレンや村人たちの豹変ぶり……特に、あの赤黒い目玉は普通じゃないですよ。きっと村長だけが黒幕じゃなくて、妖怪か何か、とんでもない力がはたらいて──」
「静かに! 誰か来ます!」
藤木は孝之の言葉を遮り、身を隠しながら窓の外をうかがう。
いつの間にか、数人の村人が雑木林を徘徊していた。握っている木製のバットを器用に使い、草木を掻き分けて進んでいる。
「ここまで追手が来るとは……やはり時間がありません。こちらに気づいたら、すぐに車を走らせますよ」
車内に緊張が走り、背筋に汗が伝い落ちるのも孝之は感じた。
「でも、なんでアイツらはバットで尻ばかり狙ってくるんですかね」
孝之は声をひそめながら、最大の疑問を口にする。
逃走中に何度も襲撃されて攻撃を受けたが、いずれも相手は孝之の尻だけを狙ってきていた。
ただ、尻だから死なずにすんでもいた。あれがもし頭などの急所ならば、孝之の命はとっくに無かったであろう。
「やはり孝之君も尻を狙われましたか。以前に何かの本で読んだのですが、南米の古代文明では戦の時に相手を殺さず、棍棒や石の武器で足などを狙い、動きを封じて捕らえたそうです。彼らも同じ戦法なのかも知れません」
軽トラックの外では、村人たちがその数を増やしながら、四方を隈無く探索している。
「えっ、じゃあ捕まったらどうなるんですか?」
先頭を歩く村人が数名、軽トラックが停まる竹藪の近くまで来ていた。
「奴隷や生贄、食べたりもしたそうですよ」
淡々と喋る藤木のその言葉に、孝之は絶句した。
もしそうなら、真綾や麻美は今頃どうなっているのか。最悪、ケツバット村の住人たちの胃袋の中だ。
途方に暮れる孝之だったが、蝉の鳴き声に紛れて「おーい、いたぞー!」そう誰かが叫ぶのが聞こえて正気を取り戻す。
「見つかりました! 車を出しますよ!」
藤木は素早く鍵を回してアクセルを全開で踏み、軽トラックを走らせた。
孝之は、真綾の写真を1枚も持ってはいなかった。スマートフォンには一緒に自撮りした画像が何十枚も保存されてはいるが、今となってはそのスマートフォンも旅館の金庫の中である。
この村を逃げ出せたら、真綾の写真を印刷しよう。そして、藤木のように肌身離さず手元に置いておこうと孝之は思った。
「おっと、いけない。孝之君、さあ早く水を飲んで!」
我に返った藤木は、写真を黒い革財布にしまい、自分のトートバックからペットボトルを抜き取って汗まみれの孝之に差し出した。
「真綾さんのためにも、さあ、遠慮なく飲みなさい」
「藤木さん……すみません、ありがとうございます。頂きます」
水を受け取りながら、一刻も早く真綾と麻美を見つけねばと心に強く誓う。
刀背打邸に行けば、何かがわかるはずだ。
村人たちがあの坂道から大挙して押し寄せてきたことを考えてみても、絶対に何かがあるはずである。
孝之はペットボトルのキャップを開けると、一気に飲み始めた。ラベルにはカラフルな筆文字で〝ケツバット天然水〟と書かれていて、トートバックの文字と同様に不愉快極まりなかったが、水は渇いた身体に染み渡り、生き返った気分にさせてくれた。
「孝之君。今さらなんですが、我々に時間はありません。麻美や真綾さんの手がかりが刀背打邸にしかないことを考えると、もはや敵の大将を獲りにいくしかないのです」
そう言って藤木も、別のペットボトルを開けて水を口に含んだ。
「でも藤木さん。昨夜のサイレンや村人たちの豹変ぶり……特に、あの赤黒い目玉は普通じゃないですよ。きっと村長だけが黒幕じゃなくて、妖怪か何か、とんでもない力がはたらいて──」
「静かに! 誰か来ます!」
藤木は孝之の言葉を遮り、身を隠しながら窓の外をうかがう。
いつの間にか、数人の村人が雑木林を徘徊していた。握っている木製のバットを器用に使い、草木を掻き分けて進んでいる。
「ここまで追手が来るとは……やはり時間がありません。こちらに気づいたら、すぐに車を走らせますよ」
車内に緊張が走り、背筋に汗が伝い落ちるのも孝之は感じた。
「でも、なんでアイツらはバットで尻ばかり狙ってくるんですかね」
孝之は声をひそめながら、最大の疑問を口にする。
逃走中に何度も襲撃されて攻撃を受けたが、いずれも相手は孝之の尻だけを狙ってきていた。
ただ、尻だから死なずにすんでもいた。あれがもし頭などの急所ならば、孝之の命はとっくに無かったであろう。
「やはり孝之君も尻を狙われましたか。以前に何かの本で読んだのですが、南米の古代文明では戦の時に相手を殺さず、棍棒や石の武器で足などを狙い、動きを封じて捕らえたそうです。彼らも同じ戦法なのかも知れません」
軽トラックの外では、村人たちがその数を増やしながら、四方を隈無く探索している。
「えっ、じゃあ捕まったらどうなるんですか?」
先頭を歩く村人が数名、軽トラックが停まる竹藪の近くまで来ていた。
「奴隷や生贄、食べたりもしたそうですよ」
淡々と喋る藤木のその言葉に、孝之は絶句した。
もしそうなら、真綾や麻美は今頃どうなっているのか。最悪、ケツバット村の住人たちの胃袋の中だ。
途方に暮れる孝之だったが、蝉の鳴き声に紛れて「おーい、いたぞー!」そう誰かが叫ぶのが聞こえて正気を取り戻す。
「見つかりました! 車を出しますよ!」
藤木は素早く鍵を回してアクセルを全開で踏み、軽トラックを走らせた。
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