滅・百合カップルになれないと脱出できない部屋に閉じ込められたお話

黒巻雷鳴

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第2幕

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 重い足取りで建物を出ると、外はもうすっかりと暗くなっていた。
 夜空には星だけが煌めいている。だけど、もしかしたら星はひとつも無くって、すべてが人工衛星の輝きなのかもしれない。
 辺りには人の気配がまるで感じられないから、この寂れた工場地帯ではわたし一人だけが生き残っているんだろう。
 出口がどこなのか、いまだにわからないけれど、絶対にあるはずだ。日中に通らなかった場所を重点的に探せば、きっと見つかるに違いない。そう信じて、胸のボタンを留めながら徐々に駆け出す。
 しばらく走っていると、幽霊の女が行き先に現れる。
 遠くを指差したまま、わたしをじっと見つめていた。

(もしかして……出口を教えてくれているの……?)

 なにかを言いかけている女を無視して、わたしは指差されたほうへと向かって走り続ける。
 誰に邪魔されることなく、順調に前へ前へと突き進む。
 このまま廃墟を出れたとしても、スマホや財布を持ってないから、民家や大きな道路を探して誰かに助けてもらうのが無難だと思う。
 けれども、それは叶わなかった。
 突然の激痛が右足首を襲い、そのまま倒れてしまったからだ。

「そんな…………嫌ぁあああぁぁああああああああッッッ!!」

 わたしの右足首には、トラバサミの刃が深く喰い込んでいた。
 必死に外そうとしてみても、自力じゃびくともしなかった。
 暴れれば暴れた分だけ、足首の痛みが増して気を失いそうになる。もしかすると、骨が砕けてアキレス腱も切断されているかもしれない。
 そう考えただけで、絶望がさらに底無しの恐怖へと変わっていった。

「もう、慌てん坊さんなんだから。こっちには罠があるから気をつけてって、教えてあげようとしていたのに」

 いつの間にか幽霊の女が、倒れるわたしのそばに立っていた。
 こっちは酷い目に合っているというのに、とても冷静で淡々と語りかけてくる。
 この女は、最初からずっと冷静沈着だった。感情らしい感情といえば、人を小馬鹿にしたように笑うときくらいだ。

「そんなの……そんなの全然聞いてない! 都合がいい事ばかり言って……言いたい事だけ言って、最後の最後でこんなのって…………なんなんだよ、おまえ!? 死人のくせに、なんなんだよッ!? 死人は死人らしく、さっさと成仏しろよ!」
「あら? そっちこそ、最後の最後でやっと相手にしてくれたわね。わたしはずっと話しかけていたのよ? それを無視して、拒絶していたのはあなたじゃない? わたしは最初から友好的だったのに……そんな風に思われていただなんて、とっても悲しいわ」

 ふざけるな、冗談じゃない。
 だから幽霊に関わりたくなかったんだ。
 この力は、おまえたちのためにあるんじゃない。
 お母さんとわたしとを繋ぐ、素敵な力なんだから。

「誰か…………誰か助けてください! ここに……わたしはここにいます! 怪我をして動けないんです! お願いします! 誰か助けてくださいっ!」
「ウフフ、いくら叫んでも無駄よ? ここは廃村の近くにあるとっておきの秘密の場所だから、近くを通るのは獣たちだけ。でも安心して。あのフェンスが守ってくれるおかげで、食べられる心配だけは無いわ」

 そんな……そんなことって……

「誰か助けてください! 怪我を、足を怪我して動けないんです! お願いします、誰か助けてくださいッッッ!!」
「わかるわ、その気持ち。あなた生きたいのよね? でも、本当に誰も来ないし、わたしたち以外来れるわけがないのよ」

 嘘だ、嘘に決まってる。
 どうせこの女も犯人の仲間なんだ。
 わたしに嘘を吐いて惑わせているだけなんだ。

「助けて……助けてくださいっ! 妹が……妹が危ないんです! 大切な妹が…………お願いします……助けて…………どうか……妹だけでも……お願い……お願いだから…………」
「かわいそうに。せめて死ぬまではそばに居てあげるわね」

 泣き伏すわたしの頭を、誰かが優しく撫でている。
 嫌だ、イヤだ、いやだ。
 死にたくない。
 死にたくないよ。

「うああああああああああああああッッッ!!」

 こんなところで死にたくない。
 どうしてわたしがこんな惨い死に方をしなくちゃいけないの?
 確かに人を殺した。
 ヤスカちゃんを殺した。
 でもそれって正当防衛だ。
 殺さなければ、わたしが殺されていた。
 だから殺した。
 しかたなく殺した。
 誰だってそうする。
 だから、殺すしかなかったんだ。

「嫌ああああああああああ! 誰か助けてっ! 助けてくださいっ! 死にたくない! 嫌だぁッ! うわぁあああああああああああああああああああああああッッッツ!!」

 大声が闇に響いてはすぐに消えてゆく。
 顔は暑いのに寒気がする。
 傷口の痛みが、ハッキリと重くのし掛かってくる。
 まるで地面の中へと引きずり込むように、鈍痛がしっかりと喰らいついて離してはくれない。
 お願い、誰か──お願いだから、誰か早くわたしに気づいて!

「助けてください! 助けてください! お願いします、助けてください! 誰か、わたしを助けてくださいっ! お願いします! 誰か、誰か助けてくださいいいいいいッッッ!」

 誰か──

 誰か助けてよ──

 神様が本当にいるのなら、どうかわたしをこの地獄から救い出してください──

 お願いします──

 お願いします──







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