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第2幕
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夕焼け空がせつない。
建物や廃棄物が影に染まって黒い塊になってゆく。
敷地の境界線は、金網フェンスで囲われている。もしかしたら、どこかひとつくらいは逃げられそうな箇所があるかもしれない。そう考えて、ひたすらフェンスをめざして走った。
その途中、何人もの死霊を見た。
絶対にああはなりたくない。
わたしは生きる……生きてやるんだ……!
「──あっ?!」
なにかにつまずいて転ぶ。
膝を固い地面に打ちつけて怪我をしてしまった。
「ウフフ……せっかくここまでこれたのに、現実から逃げちゃダメよ?」
倒れるわたしの傍に女の幽霊が立っていた。
敵なのか味方なのか、それとも、ただ苦しむわたしたちを見て楽しんでいるだけなのか、女は笑顔をよく見せる。
「はぁ……はぁ……はぁ…………ひーちゃん……」
擦り剥いた手のひらが痛い。
血も滲んでる。
だけど、わたしは泣かない。
泣いている暇なんてない。
四つん這いの姿勢から立ちあがると、ミリアムの叫び声が聞こえた。
「来るな、化け物! 殺したのは吾輩ではない、キス魔がやったのだぁああぁぁあああッッッ!」
声はどこから聞こえるのかわからないけど、ミリアムがヤスカちゃんに見つかっているのは間違いない。今のうちに逃げなきゃ、次はわたしが殺される番になってしまう。
「あら……やっぱり仲間を見捨てる気なのね。相手は一人だから、協力してやっつければいいのに」
幽霊の助言なんて要らない。
それに、ミリアムは仲間じゃない。わたしを鉄パイプで殴ったし、なんの罪もない猫を虐待していた。これは当然の報いだ。
ミリアムの奴、手加減は一応してくれたみたいだ──
不意に唯織さんの言葉が頭を過る。
あの時、油断していたわたしは肩を打たれた。
殺そうと思えば頭を狙えたはず。
やっぱりミリアムは手加減をしてくれていた?
でも、今の彼女は正気を失っているし、足も怪我をしてるから走れない。助けたところで、足手まといになるだけだ。
「本当にそれでいいの? 助かったとしても、残りの人生悔やんで終わるだけよ? あなたがそれを望むなら……仲間を見殺しにしてまで生きたいのなら、別に好きにすればいいだけの話だけどね」
後悔? どうして?
わたしも被害者だ。生き残りたいのは当然だし、誰だって同じことをするに違いない。
けれどもこんな時にかぎって、ひーちゃんの笑顔を思い出していた。
危機的状況下とはいえ、非道な選択肢を選んでしまって本当に良いのだろうか? 胸を張って、お姉ちゃんは間違ってないって言えるだろうか?
理想的なのは、わたしも唯織さんもミリアムも助かることだ。わたし一人が逃げてしまう選択肢を選んで本当に良いのだろうか? わたしだけが助かって、本当にそれで──
「うぎゃああああああああああ!」
一発の破裂音のあと、悲鳴が聞こえた。
ところどころ窓ガラスが割れた、工場の中に二人がいるみたいだ。
わたしは足もとに落ちていた石をひとつ拾い上げ、その建物へと走った。
相手がヤスカちゃん一人だけなら、わたしでもミリアムを助けられるかもしれない。そう思ったからだ。
「どうもありがとう」
そんな感謝の声が、耳もとで聞こえたような気がした。
建物や廃棄物が影に染まって黒い塊になってゆく。
敷地の境界線は、金網フェンスで囲われている。もしかしたら、どこかひとつくらいは逃げられそうな箇所があるかもしれない。そう考えて、ひたすらフェンスをめざして走った。
その途中、何人もの死霊を見た。
絶対にああはなりたくない。
わたしは生きる……生きてやるんだ……!
「──あっ?!」
なにかにつまずいて転ぶ。
膝を固い地面に打ちつけて怪我をしてしまった。
「ウフフ……せっかくここまでこれたのに、現実から逃げちゃダメよ?」
倒れるわたしの傍に女の幽霊が立っていた。
敵なのか味方なのか、それとも、ただ苦しむわたしたちを見て楽しんでいるだけなのか、女は笑顔をよく見せる。
「はぁ……はぁ……はぁ…………ひーちゃん……」
擦り剥いた手のひらが痛い。
血も滲んでる。
だけど、わたしは泣かない。
泣いている暇なんてない。
四つん這いの姿勢から立ちあがると、ミリアムの叫び声が聞こえた。
「来るな、化け物! 殺したのは吾輩ではない、キス魔がやったのだぁああぁぁあああッッッ!」
声はどこから聞こえるのかわからないけど、ミリアムがヤスカちゃんに見つかっているのは間違いない。今のうちに逃げなきゃ、次はわたしが殺される番になってしまう。
「あら……やっぱり仲間を見捨てる気なのね。相手は一人だから、協力してやっつければいいのに」
幽霊の助言なんて要らない。
それに、ミリアムは仲間じゃない。わたしを鉄パイプで殴ったし、なんの罪もない猫を虐待していた。これは当然の報いだ。
ミリアムの奴、手加減は一応してくれたみたいだ──
不意に唯織さんの言葉が頭を過る。
あの時、油断していたわたしは肩を打たれた。
殺そうと思えば頭を狙えたはず。
やっぱりミリアムは手加減をしてくれていた?
でも、今の彼女は正気を失っているし、足も怪我をしてるから走れない。助けたところで、足手まといになるだけだ。
「本当にそれでいいの? 助かったとしても、残りの人生悔やんで終わるだけよ? あなたがそれを望むなら……仲間を見殺しにしてまで生きたいのなら、別に好きにすればいいだけの話だけどね」
後悔? どうして?
わたしも被害者だ。生き残りたいのは当然だし、誰だって同じことをするに違いない。
けれどもこんな時にかぎって、ひーちゃんの笑顔を思い出していた。
危機的状況下とはいえ、非道な選択肢を選んでしまって本当に良いのだろうか? 胸を張って、お姉ちゃんは間違ってないって言えるだろうか?
理想的なのは、わたしも唯織さんもミリアムも助かることだ。わたし一人が逃げてしまう選択肢を選んで本当に良いのだろうか? わたしだけが助かって、本当にそれで──
「うぎゃああああああああああ!」
一発の破裂音のあと、悲鳴が聞こえた。
ところどころ窓ガラスが割れた、工場の中に二人がいるみたいだ。
わたしは足もとに落ちていた石をひとつ拾い上げ、その建物へと走った。
相手がヤスカちゃん一人だけなら、わたしでもミリアムを助けられるかもしれない。そう思ったからだ。
「どうもありがとう」
そんな感謝の声が、耳もとで聞こえたような気がした。
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