上 下
20 / 34
第2幕

しおりを挟む
「ウフフ。ほんとはね、部屋を出れたからゲームはおしまいなんだけど……すっかりあの頃と変わってしまったわ」

 わたしに話しかけてるみたいだけど、それを無視して、隠れられそうな場所を探す。壁面いっぱいに配管が張り巡らされている建物が見えた。
 そこの隣も同じような造りで、そのうちのひとつに、わたしの身体よりも大きなパイプが地上に向けられていた。その奥にはフェンスも見えるけど、遮るようにして木材や鉄屑が散乱している。でも、あそこなら、少しくらいの時間は安全に身をひそめていられそうだ。

「でもね、あなたならきっと、あの子を止められる」

 近くに榊さんがいないことを確認してから、一気に駆け出す。
 背後から金属音とミリアムの怒鳴り声が何度も聞こえた。

「あら……うるさかったかしら? それじゃあ、なるべくおしゃべりしないでいるわね」

 足もとのガラクタに気をつけながら、大きなパイプに制服をこすらないようにも気をつける。壁に倒れていた廃材をどかして先に進むと、粉々になった骨らしきものを見つけた。

「ひゃっ?!」

 思わず声を上げてしまった。
 急いで振り返る。
 誰も──あの女の幽霊の姿も──いなかった。
 なんとか大きなパイプの後ろに回りこめた。あとはすべてが上手くいってくれれば……ただ、唯織さんがいる建物の出入口はここからだと死角になってまるで見えない。
 どのタイミングで出ていけば良いのか、わたしのことを本当に探しにきてくれるのかもわからなくて、一人ぼっちの心細さもあって不安になる。
 それでも、信じなきゃ。わたしと唯織さんは、カップルなんだから──

「加奈子ぉ」

 榊さんだ。
 反対側から金網のフェンスを両手で掴んだ榊さんが、いつの間にか真後ろに立っていた。

「どうして逃げたりしたのよ? せっかく自由になれたんだからさぁ、もっと仲良くしましょうよ。きっといい解決法が思いつくはずだから、みんなでトークセッションしましょう、ね? あたし、妹ちゃんのお話も訊きたいなぁー」

 口紅が塗られたつややかな唇が、ゆっくりと笑顔のかたちに歪んでゆく。
 それでも彼女の瞳の奥には狂気の光がふたつ、わたしには見えていた。

「榊さん……やめましょうよ、そういうの。本当はわたしを……わたしと唯織さんを殺すつもりなんですよね? 話し合いなんて嘘ですよね?」
「嘘なんかじゃないわよ? どうして殺す選択肢を真っ先に選ぶと思うわけ? 日没まで時間はまだあるじゃないの」

 そう言って榊さんは青空を指差す。
 たしかに、常にいくつも選択肢を用意して事を進めるって、そんなことを話していた。それでも、ミリアムの言動の説明がつかない。彼女が勝手に暴走している……? それとも、やっぱりこれも作戦で、油断させておいて捕まえるつもりなの?

「あのう、榊さん」

 と、そこで右肩に激痛が走る。
 声も上げられずにその場で両膝を着いてうずくまる。
 振り向けば、ミリアムがいた。
 鉄パイプで殴られたんだってわかるのと同時に、唯織さんもやられたんだって、このとき悟った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

コンプレックス

悠生ゆう
恋愛
創作百合。 新入社員・野崎満月23歳の指導担当となった先輩は、無口で不愛想な矢沢陽20歳だった。

かなざくらの古屋敷

中岡いち
ホラー
『 99.9%幽霊なんか信じていない。だからこそ見える真実がある。 』 幼い頃から霊感体質だった萌江は、その力に人生を翻弄されて生きてきた。その結果として辿り着いた考えは、同じ霊感体質でパートナーの咲恵を驚かせる。 総てを心霊現象で片付けるのを嫌う萌江は、山の中の古い家に一人で暮らしながら、咲恵と共に裏の仕事として「心霊相談」を解決していく。 やがて心霊現象や呪いと思われていた現象の裏に潜む歴史の流れが、萌江の持つ水晶〝火の玉〟に導かれるように二人の過去に絡みつき、真実を紐解いていく。それは二人にしか出来ない解決の仕方だった。 しかしその歴史に触れることが正しい事なのか間違っている事なのかも分からないまま、しだいに二人も苦しんでいく。 やがて辿り着くのは、萌江の血筋に関係する歴史だった。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

さざんかの咲く道 ~若頭と私 3 ~

由宇ノ木
恋愛
*どんなお客様とも、お客様以上の関わりは持ちたくない私。なのに『若頭』と呼ばれるその人は、なぜか私に関わろうとしてくる。 (『繚乱ロンド』とは別作品です。 元になった作品が『花物語』のなかにある『カサブランカ・ダディ』なので、共通している部分があります。) 関連作品 『ルドベキア群生~若頭と私1~』 『コスモス揺れて~若頭と私2~』 『カサブランカ・ダディ』

感染した世界で~Second of Life's~

霧雨羽加賀
ホラー
世界は半ば終わりをつげ、希望という言葉がこの世からなくなりつつある世界で、いまだ希望を持ち続け戦っている人間たちがいた。 物資は底をつき、感染者のはびこる世の中、しかし抵抗はやめない。 それの彼、彼女らによる、感染した世界で~終わりの始まり~から一年がたった物語......

最終死発電車

真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。 直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。 外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。 生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。 「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!

処理中です...