滅・百合カップルになれないと脱出できない部屋に閉じ込められたお話

黒巻雷鳴

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第1幕

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 ハウリングが鳴り響く。
 七つの瞳が天井を仰ぐ。
 間違いない、犯人からのメッセージだ。

『おめでとう。恋人たちには祝福の花束を、死すべき者には手向けの花びらを、言葉のみではあるが贈らせてもらうとしよう。今回は、二組のカップルが自由を求めて籠から飛び立つ。互いに手を取り合い、どうかよろこびに震えてほしい』

 やった……ゲームをクリアした!
 これでこの部屋から出れる。
 安堵のため息が漏れて、心から良かったと思えた。
 それは、四肢に纏わりついていた重い鎖が断ち切れた瞬間でもあった。だけど──

 カチカチカチカチカチ……

「なんなのよ、この音?」
「むっ? ご陽気な妖精さんが、祝福としてカスタネットの乱打をしているのではないのか?」

 カチカチカチカチカチ……

 違う、そうじゃない。
 恐怖のあまり極限状態を超えてしまったヤスカちゃんが、歯を打ち鳴らしているんだ。人間ひとはここまで追い込まれると、本当に歯を鳴らすんだって、このときはじめて知った。
 涙を溜め込んだ両目はまばたきを忘れて血走り、唇も、肩も、膝も、小刻みに忙しなく震え、見ているだけでこちらの頭までおかしくなりそうだ。
 直視すら敵わない少女の醜態が、一歩、また一歩と後ずさりしていく。よろこぶわたしたちの姿を見て、次は自分だって、自らの死期を悟ったんだ。

「ヤスカちゃん……」

 ごめんなさい。
 本当にごめんなさい。
 わたしたちの代わりに死なせてしまって、本当にごめんなさい。
 どれだけ謝っても足りないし、人間が思いつくすべての慰めの言葉をかけても、ただの綺麗ごとで一蹴されるだろう。
 でも、これは仕方がないことなんだ。
 ハッピーエンドではないけれど、五人全員が死亡するバッドエンドはさけられた。ただそれだけが唯一の救いで、そう思わなければ、ほかのみんなもすぐに発狂をして……いや、もう狂っていた。狂ってしまっていた。
 だって、わたしもみんなも、誰ひとり悲しそうな顔をしてはいないし、涙さえ浮かべてはいないのだから。

『それではルールに乗っ取り、あふれた一人には死んでもらう。さあ、恋人たちよ、敗者を生贄いけにえとして捧げ、高き壁を打ち破るのだ』

 …………え? いけにえ?

「生贄って……えっ? ちょっと……えっ? もしかして、あたしたちが殺すの!? あんたが殺すんじゃないの!? 犯人なんでしょ!? どうしてあたしたちがやるのよ!?」
『この儀式には制限時間を設けないが、部屋の酸素が無くなれば必然的におまえたちは全員死ぬ。これはゲームではない。繰り返す、これはゲームではない。さあ、愛を分かち合い涙を流すのだ』

 そこで、メッセージは終わってしまった。
 沈黙が続く。
 予想外の展開に、もうなにも考えられなかった。
 それでも、ヤスカちゃん一人だけが感情を面に出して怯えていた。結局のところ、彼女の運命はなにも変わらない。自分を殺す相手が犯人ではなくて、わたしたちになっただけ。ただ、それだけだ。

「ぬうぉぉぉ……ふぐぅ……ぐぬぬぬ……!」

 ミリアムがゆっくりと両手で頭を掻きむしる。ブツブツと独り言が聞こえるけど、なにを言っているのかまではわからなかった。

「ふざけないでよ……これじゃ、本物の人殺しになるじゃない」

 声の調子をすっかりと落とした榊さんが、腰に手を当てたままコンクリートの床に向けてつぶやく。
 唯織さんもわたしも、固まったまま動けなかった。
 さすがに、人を殺してまで生き残ろうとは思えなかった。どうやら、間接的に命を奪えても、自分の手は血で汚したくなかったみたいだ。
 ふと、死んでしまう結末を受け入れても構わない気持ちが芽生える。
 それなら、せめて、最後はヤスカちゃんに謝りたかった。突き飛ばしたこと、見捨てたことを謝りたい。許してくれなくても、そうしたかった。

 でも……みんなは、どうなんだろう?

 みんなもヤスカちゃんに謝るべきではあるけれど、それをしようと望んでいるのかな? 今の様子を見たかぎり、同じ被害者を殺すことに葛藤はしていると思う。みんなも〝生きたい〟はずだから。
 そうだ。わたしだって家に帰りたい。ひーちゃんに会いたい。今すぐギュッて、抱きしめたい。
 けれども、それには──

「お、おい……」

 ミリアムの声で、唯織さんが部屋の真ん中に落ちていたシーリングライトの砕けたカバーを拾い上げたことに気づく。
 その破片は、原始的な刃物を連想させる大きさと形で、なにを意図してのことなのか、瞬時に理解ができた。
 唯織さんがヤスカちゃんに歩み寄る。
 ヤスカちゃんも後ろ歩きで逃げはじめたけど、すぐに尻餅を着いて転んでしまった。
 それと同時に、唯織さんは一気に駆け出すと、凶器を振り上げながらヤスカちゃんに襲いかかる。

「ふぁあッ!? ひぃ、ひゃああぁああああああ!」

 舌足らずな悲鳴が密室に響いていた。
 それでも、誰も止めには入らない。
 代わりに手を汚してくれるのならと、見て見ぬふりをして生き残る道を選んでいたから。
 やっぱりこの二人も、間接的になら人を殺せるみたいだ。

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