ラストダンジョンで勇者パーティーに捨てられたから、あたしお家に帰りたいです。

黒巻雷鳴

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新章突入! ラストダンジョンで勇者パーティーに捨てられたから、あたしお家に帰りたいです。

ひとりぼっちの冒険者

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 完璧すぎる静寂。
 視線の先には、もう誰もいない。
 とうとうあたしは、異次元空間のラストダンジョンでひとりぼっちになったのだ。
 ざわついていた胸の奥が、突然の別れを告げられてからずっと苦しかった心が、さらに締めつけられて、壊れそうになる。
 心音が速まり、鳥肌も立つ。
 感じるはずのない冷気に包まれて、この身が足もとから凍っていくようだ。

「どうして……あたしだけなのよ……」

 この憤りを、今さらどこへ向ければよいのだろう?
 どうせなら平手打ちじゃなくて、いっそのこと全魔力を使った最上級攻撃魔法のフルコースで、マルスの大バカ野郎を髪の毛一本残さずに、この世から綺麗さっぱり消し去ってやればよかった。
 そう強く後悔をしていると、邪悪な気配が辺りに立ち込めてくる。
 このフロアへたどり着いたとき、あたしたちのパーティーは何匹か見たこともない魔物を倒してから暗黒騎士ヴァインと戦闘になった。
 あれから時間がそれなりに経過しているので、そろそろ次の魔物が現れてくる頃なのかもしれない。
 やって来た道を振り返る。
 今までのところ、ラストダンジョン内の各フロアへの移動には、階段ではなくて床に血で記された魔法円で瞬間移動テレポートをしていた。
 それは、大邪神ダ=ズールの挑戦状でもあった。自分のいる最深部までやって来いと、そう挑発的に、わざと御親切に・・・・導いているのだ。
 でも……先に進むだけじゃなくて、引き返すことも出来るのかな?
 周囲の邪気が、よりいっそう強くなってきた。
 考えてばかりでは、未知の相手との戦闘が始まってしまう。正直、うら若き乙女のあたしは、たったひとりで凶悪な怪物に立ち向かいたくはない。

「冗談じゃないわよ……絶対に生きて、おうちに帰ってやるんだから!」

 そう自分に言い聞かせながら、走りだす。

 これでもあたしは、名家のお嬢様だ。
 王都の中心部にある大邸宅で安穏と暮らしていたあたしは、マルスたちとひょんなことから出会って、彼らの生き方に刺激を受けた。
 親に決められた道を進むだけの人生が嫌で、一緒に冒険の旅へ出たのに……こんな惨めな終わり方だけは、絶対にしたくない。

 静寂が駆ける靴音で破られ、小刻みに吐き出される二酸化炭素がそのあとに続く。

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……!」

 脇腹が痛い。そもそも運動が苦手だから、毎日がんばって深夜まで勉強をして、国立魔法学院を首席で卒業したのに──。

「ハァ、ハァ……マルスのヤツ……絶対に……ハァ、ハァ……許さない……!」

 魔法円があった。
 どうやら、使用後も消えてはいなかったみたいだ。うまくいけば、このままひとつ前のフロアへ戻れて、やがてはラストダンジョンの外まで無事に脱出できるはずだ。

「よっしゃあー!」

 息を整えつつ、駆ける足を徐々に緩めてから、魔法円の前で立ち止まる。
 さらに深く呼吸をして、片足を血でえがかれた古代文字に乗せようとしたあたしだけど、背中からおもいっきり倒れて転んでしまった。装備しているハーフマントの裾を、誰かが強く引っ張ったからだ。
 あまりの痛さに声を出せずにいると、そんなあたしを見下ろす金色の肌をした一匹の巨大な豚人族オークと目が合った。
 やばい。
 やばすぎる。
 この体勢だと、逃げることなんて無理だ。
 それに、金色の肌をした豚人族オークなんて見たことがない。絶対にレアモンスターで、相当手強いに違いないだろう。とりあえずあたしは、ゴールデンオークと心の中で命名する。

(今から魔法を詠唱しても、距離が近過ぎて先制攻撃を受けちゃう……って、めっちゃあたしのこと見てるし!)

 いつ攻撃をされてもおかしくない状況なのに、どういうわけか、ゴールデンオークはなにも仕掛けてはこなかった。
 その代わり、鼻息がかなり荒くてよだれも垂らしてるし、それがまた結構な異臭を放っていた。

「グルルルル……」

 と、ゴールデンオークの顔がわずかに揺れ動く。
 見つめる先には──。

(えっ、やだ……!)

 どうやら、さっき転んだ拍子にあたしが穿いている魔法衣のミニスカートがめくれてしまい、かなり際どいところまで太股が露になっていたようだ。
 急いで両膝を立てながら片手で裾を掴み、とりあえず大切なところ・・・・・・だけは、しっかりと隠す。

 そして、あたしは思い出した。

 豚人族オークは繁殖力が旺盛で、他種族と交配が可能であるという最悪な事実を。

 冒険の旅に出てから、命を落としそうな危険な場面を何度も経験してきた。その中には、純潔を奪われそうなエッチな出来事もあったけど、なんとか奇跡的に貞操は守り抜けた。
 でも、さすがに今回は……誰も助けてはくれない。自分自身の力で、この危機を切り抜けなければならないのだ。

(どうしよう……どうすればいいの……)

 ゴールデンオークとふたたび視線が合う。
 好色な目つきで笑っているように見えるのは、恐れからの気のせいだと信じたい。

「ウェッヘッヘ……エレロイダに若いメスの人間が現れるなんて、夢じゃねえだろうな? まあ、オイラは夢でもエッチしちゃうけどね♪」

 気のせいじゃなかった。
 このままだと確実にヤられる。
 あたしの純潔を、こんなブタ野郎に散らされてたまるものですか!

『地獄の業火よ……豊沃の大地を突き破り、我の前に立ち塞がる壁を燃やし尽くせ……』
「ブヒッ!?」

 攻撃魔法の詠唱に気づいたゴールデンオークが、寝そべるあたしの髪の毛を掴もうと手を伸ばす。だけどあたしは、これを待っていた。

「てやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 ほぼ同時に、あたしも右手のこぶしをゴールデンオークの手のひらにぶち当てた、次の瞬間──。

 ──プスッ!

 純銀の指輪に仕込んである毒針が、ブタ野郎の急所にクリティカルヒットした。
 一か八かの賭けに、勝利したのだ。

「うおっ……ブッ……ヒヒィ……」

 刺された手を押えながら苦しみだしたゴールデンオークは、数歩後ろへよろけてからあぶくを噴き、膝から崩れ落ちて死んだ。

 
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