プリンセスソードサーガ

黒巻雷鳴

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第三章 ~ぶらり馬車の旅 死の大地・マータルス篇~

異形の脚

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 ゴォォォォォォォ……ゴォォォォォォォ……!
 ゴォォォォォォォ……ゴォォォォォォォ……!
 ゴォォォォォォォ……ゴォォォォォォォ……!

 一定の間隔で起きる地響きのような轟音。そのたびに、ドロシーの心臓が強く外部から圧迫される。
 それは、花火を間近で見ているときに感じる衝撃波にも似ていて、ひらかれた天井を思わず見上げれば、遥か上空を花火ではなく灰色の雲が巨大な渦となって躍動していた。
 だが、これは天災ではないだろう。
 なぜならば、目に映るものが、空気が、空間すべてが、不思議なことに大きく、けれども小刻みに揺れ動いていたからである。

「なっ、なんなのよ、これ……」

 悪い夢を見ている気分だった。
 それも、とびきり最悪なヤツを。
 ほかのみんなも同じに違いないと、ドロシーは確信が持てた。

「これは……いったい何事ぞよ、アシュリン?」
「地震でも台風でもなさそうです。なにか……良からぬことの前ぶれかも知れません」
「おふたりにも見えているのですか? へへっ、てっきり死神がおれを迎えに来たのかと。さあ、すぐにでもこの神殿を出ましょう!」

 額に脂汗を滴らせるベンが「陛下、失礼します」とつぶやき、マグヌス王を抱き直してから大広間の出入口へと小走りで向かう。

「みんな、行くぞ!」

 アシュリンも仲間たちに脱出をうながそうと、片手をひるがえして声を荒らげる。
 その声に反応したドロシーとレベッカは、お互いの顔を見てから一度だけ小さくうなずき合い、大きな鉄槌を杖代わりにしていたハルを手伝いながら歩き始めた。

「ぼくたちも逃げたほうが良さそうだな。おい、悪人ども! さっさと前へ歩け!」

 オルテガとソンドレに手錠を掛け終えたロセアも、早く歩けと言わんばかりに手にしている縄を強く引っ張る。
 すると、目の前にある未成熟な両腿を虚ろな表情で見つめていたソンドレが、突然顔を上空に向けて弱々しくもかすれて長い悲鳴を上げた。
 それは、とてつもなく巨大なひとつの〝なにか〟だった。
 甲殻類の脚にもよく似た、先端が尖った至極色しごくいろの長大な存在が頭上高くの空間を突然切り裂いて現れ、地上へと一直線に降り下ろされる。
 降り下ろされた先は、ちょうどアシュリンたちとロセアたちとの中間地点で、それが床へ直撃するのと同時に、震動と風圧で全員が一斉によろけた。いや、ソンドレだけが尻餅を着いた。

「ななななな……何事ぞよー!?」
「なんだ、ありゃ……」

 父王とベンを背にしたアシュリンが、突き刺さる異形の脚の本体を探って空まで見上げようとする。と、

「団長、危ない!」

 全力疾走するレベッカがまさに獣の速さでアシュリンに飛びかかり、華奢な身体をかばいながら横向きになって倒れた。

 ズドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!

 先ほどまでアシュリンが立っていた場所に、新たな脚が突き刺さる。今度はベンもたまらず、マグヌス王を抱きかかえた格好で床へ転がった。

「くっ……レベッカ、すまない。怪我はないか?」
「あたしなら平気です。それよりも、かなりヤバそうな状況だと思います。早くここから逃げましょう」
「団長! レベッカさん!」

 ドロシーは倒れるふたりに急いで近づこうとするも、ハルが引きずっている大きな鉄槌が邪魔をして歩くことにとても難儀した。〝そんな物、さっさと早く捨てちまえよ〟と、ドロシーは心の中で吐き捨てた。

「おまえたちも怪我はないか?」
「わたしなら大丈夫です。ハルさんも血を吐いていませんし、全然余裕ですよ」
「そうか……よかった」

 そう言って自力で起き上がったアシュリンは、プリーツスカートの砂埃もそのままに、少女騎士団を引き連れて父王のもとへと駆け寄る。

「ベン、正面玄関にわたしたちの馬車が停めてある。それに乗って城へ帰るんだ」
「……シャーロット姫はどうなさるんで?」
「わたしたちはアレの足止め・・・をする」
「ええっ!? わ、わたしたちがですかっ!?」

 ドロシーは思わず大声を上げ、それから絶句した。
 ゆっくりと振り返り、そびえ立つ巨大な脚を仰ぎ見る。高さはざっとニ十メートルは優に超えていた。
 その上には部分的に切り裂かれた空間があり、なかは放電を繰り返しながら徐々に大きく広がっていく漆黒の闇だった。誰がどう見ても、脚の本体が姿を現すのは時間の問題だろう。
 ドロシーの顔色は一気に青ざめ、自分の意思とは関係なく両膝が震えだす。
 駄目なヤツだ。
 これって、絶対に駄目なヤツだ。
 どうやってこの窮地を脱するべきか、ドロシーは脳ミソを高速回転させる。が、正解をうまく導き出せず涙目になった。

「うひょー、どうすっかなコレ」

 絶望するドロシーとは対象的に、レベッカの気分は高揚していた。
 怖くないと言えば嘘になる。それでも、血が騒ぐ。オーフレイム家の血統が、目の前の難敵と戦えと全身を駆け巡り今にも暴れだしそうだ。

「どうするって……こんなの、どうしようもないじゃないですかッ!」

 半ばキレ気味で泣き叫ぶドロシーに、レベッカは白い八重歯を見せながらウィンクをした。

「それをどうにかするのが、あたしたち〈天使の牙〉だろ?」

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