プリンセスソードサーガ

黒巻雷鳴

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第三章 ~ぶらり馬車の旅 死の大地・マータルス篇~

反撃開始!

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 命乞いはおろか、泣き声すら漏らさない王女の丸められた背中。王族としての誇りを感じたオルテガは、無表情で剣を上段に構えたまま、淡々と語りかける。

「我ら騎士の真似事などせず、城で安穏と暮らしていれば、このように惨めな姿で斬首されることなどなかったものを。来世では男に生まれて本物の騎士になれるよう、少しくらいは祈ってやるから感謝しろ」

 両手に力を込めて狙いを定める。
 殺気が伝わったのか、アシュリンの肩がわずかに震える。

 と、そのとき──!

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!」

 突然の大声が、場の空気を一変させる。
 なんと涙目のドロシーが、一本鞭を頭上で振り回しながら全速力で現れたのだ!

「なっ……?!」

 驚愕するオルテガに命ぜられるよりも早く、残りの王国騎士団全員が闖入者を捕らえようと群がるも、高速回転する鞭には誰も近づけなかった。

「姫さまからっ……薄汚い手を離せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ‼」

 ピシン! パシン! ヒュルルルル……パシン!

 闇雲に打たれる一本鞭。
 それでも神の御業なのか、暴れまわる鞭は、騎士のひとりがかざした盾を偶然器用に絡め取り、そのまま大きく振り回されて別の騎士の兜に叩きつけられた。そしてさらに、吹き飛んできた仲間を支えきれず、ふたりの騎士が無様に転がった。

「うわあっ、気をつけろ! こいつ結構強いぞ!」

 守りに徹するしかない王国騎士団。
 もはやドロシーは、制御不能の〝殺戮マシーン〟と化していた。
 予想外の事態に、両脇の騎士たちが動揺して押さえつける力を弱めたのをアシュリンは見逃さなかった。
 一気に立ち上がったアシュリンは、掴まれた腕を軸に後方回転して振り払うと、剣帯の鞘からレイピアをすばやく抜き放ち、王女らしからぬ見事な腕前で呆気に取られていた騎士たちを圧倒的な強さで倒した。

「おまえ……王女ではないな!?」

 精悍な顔つきを醜くゆがませたオルテガは、渾身の一撃で少女騎士団長を殺しにかかる。
 しかしアシュリンは、それすらも容易く受け流し、蝶が可憐に舞い踊るように剣先を操ってオルテガを退けると、祭壇をめざして疾風はやての如く駆けだした。

「──おっと!」

 だが、ソンドレはそれ以上近づかないようにと、マグヌス王の頭を掴んで引き起こす。ボコボコに腫れあがった王の顔は、アシュリンを思いとどまらせるには充分なまでの抑止力があった。

「誰だ、おまえ……王女に化けやがって……いったい何者だ!?」

 そう言ってオルテガはにじり寄りつつ、鞭を振るって暴れ狂うドロシーにも視線を向ける。新たに騎士団員がひとり、足もとをすくわれて床に転んだ。

「ふっふっふっふっ、〝ふ〟が四つ。わからないなら、特別に教えてやろう」

 突然、前屈みになって左腕を大きくうしろへと反らすアシュリン。

「愛と平和を携えて、やって来ましたマータルス。みんなのしあわせ守るため、ニ十四時間悪を成敗。きょうも世界を駆け巡る、勝利の女神に選ばれた完全無欠の聖なる戦士……その名も──」

 静止していた背筋を一気にただすと、今度は真剣なまなざしで右の手刀を水平に切ってみせる。
 すると、全身からまばゆい光が放射され、軍服を身につけた少女の姿へと一瞬にして早変わりした。

「秘密戦隊〈神撃〉! ロセア・ルチッカ、ここに参上‼」

 シャーロット王女に変装をしていた謎の人物の正体が、まさか〈世界同盟〉直属の特殊部隊員だったなんて──反逆の騎士団員たちの誰もが、その場で凍りついていた。


 ──決まった。


 ロセアの瞳が、眼鏡ごしに満天の星空のように輝く。幼さが残る頬や薄紅色の唇も、どこか自信に満ちてほころんでいた。

「また軍人の小娘か! 邪魔ばかりしおって!」

 ギョロ目をさらに大きくして怒りに震えるソンドレ。

「秘密戦隊だと!? おまえが噂の……!」

 こんな辺境の小国にまで〈世界同盟〉が干渉するとは──想定外の展開に、オルテガは歯ぎしりをして剣を構え直す。
 それぞれの悪人からほしかったリアクションを返されたロセアは、腰に両手をあて、満足そうにまぶたを閉じて何度もうなずく。戦闘員として失格の反応である。

「それじゃあ……本物の姫さまはどこよ?」

 冷静さを取り戻して遠くを見まわすドロシーに、先ほどまで押されていた騎士たちが目配せをして合図を送り合う。一斉に飛びかかろうと動き始めたその矢先──。

「ぐふぁ!?」

 ひとりの騎士の膝裏を、小さなナイフが突き刺した。
 となりで傷口を押さえながら倒れる仲間を見届けた騎士が、迫りくる危険を感じて振り返る。
 と、蘇生した重騎士が──ベン・ロイドだ!──兜ごと彼の頭を大剣で叩き割り、裏切り者の騎士は面頬から大量の血を噴射させて尻餅を着いた。さらにほかの騎士たちも、彼の豪快な太刀筋のまえに次々と敗れさっていった。

「えっ? えっ? ええっ!?」

 あっという間の出来事を目前で体験したドロシーが、今度は自分に近づいてくる巨漢の豪傑に後退る。鞭を振るう闘争心など、もうとっくに消え失せていた。

「おい、そんなに怖がるな! おれだよ、おれ! 病院でそなたの仲間を連れてきたベン・ロイドだよ!」

 自らを指差して説明する鎧姿の大男。
 どこか滑稽なものを感じつつ、「ああ!」と、ドロシーも人差し指を相手に向けて声を上げた。

「恥ずかしながら、王国騎士団はこのていたらく。一本鞭の騎士殿、ともに戦いましょうぞ!」
「ドロシーでいいですよ。ロイドさん、王国騎士団はここにいるだけですか?」

 差し出された鋼の握手にドロシーは思わず無意識にこたえながら、遠まわしにアシュリンたちの行方の手掛りをたずねた。

「ああ、そうだ」
「ほかに伏兵は? 弓兵に……アシュリン団長と仲間を連れ去られたんです」
「そんなはずはない。オルテガの差し金だとしても、マータルスへは王国騎士団の姿しか見えなかったし、全員この場にいる」

 同胞だった亡骸なきがらに視線を落としながら、ベンは変わらない口調で淡々と語った。

(じゃあ、さっきのヤツらは──秘密戦隊の関係者なの?)

 ロセアが電撃魔法でオルテガと交戦している様子を見つめながら、ドロシーはなんとも言えない感情を抱いていた。

「さあ、ドロシー。悪いが時間がない。裏切り者のクソ野郎は彼女に任せて、我らは国王陛下を助けだすとしよう」

 さりげなく押さえる傷口からは、わずかとはいえ絶え間なく血が流れていた。それに気づかないままドロシーはうなずきを返し、ふたりは祭壇へと向かう。
 戦いを繰り広げるロセアとオルテガを見下ろしていたソンドレの大きな目玉が、今度は祭壇まで急ぐふたりの騎士を捉える。
 ほんの一瞬だけそちらに注意を向けるのと同時に、右の肩甲骨から鎖骨下を突き抜けて、ブロードソードが鮮血を迸らせながら現れた。

「ぎぃ…………ひゃあああああぁぁあああぁぁぁッッッ!?」
「駆け引きは嫌いだ。簡潔に言う、あたしの身体をもとに戻せ」

 己の苦痛の叫びに続いて耳もとから聞こえてきたのは、殺意が込められたレベッカの単調な声だった。今度こそ逃がすまいという復讐の炎が、やいばをとおして無慈悲な激痛となって燃え移る。

「レベッカさん!」

 床にまで血を滴らせ、顔をゆがませる邪教の大神官の背後に、見覚えのある大きな耳が見えた。そして、細長い尻尾も。
 急に立ち止まったドロシーを追い越したベンは、祭壇に横たわるマグヌス王へと向かう。その途中、意識が何度か遠退くも、あえて傷口に触れて正気を保った。

「う……ぐ、ぐっ……ヒヒヒ、ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ! オーフレイム、おまえはバルカイン様のにえなのだ。それ以上でも以下でもない。すべてが捧げられた存在。なにも考えるな、苦しむだけだぞ? 偉大なる力を、ただひたすら心地よく感じろ!」

 脂汗を額から止めどなく垂らし、震える指で脇のホルスターに携えていた〝変化へんげの神像〟を握り締めたソンドレは、その柄をレベッカの右太股に──法悦の烙印に──打ちつけようとするも、逸早く察知したレベッカがつるぎに力を込めてそれを制する。

「ぐぅはぁあッ!?」
「これが最後だ。あたしの身体を、もとに、戻せ」
「はぁ……はぁ……フフフ、ケヒャ……ヒャッヒャッヒャッヒャッ──ふわっ?!」

 感情をいっさいおもてに出さず、ソンドレを蹴り飛ばして強引に剣を抜いたレベッカは、祭壇に突っ伏した仇敵の背中を無表情のまま深く突き刺す──が、またしてもソンドレは姿を消してしまい、逃げられてしまった。

「おお……国王陛下! なんと痛々しい」

 ベンは投擲用のナイフを使って縄を切り終えると、小柄な主君を赤子のように肩まで抱き上げる。そして、乾いた血で汚れたレベッカの顔を瞬間的に見つめた。
 その瞳に宿されている怒りは、なにかを失ってしまった事によるものだろう。同じ眼をした戦士たちを、彼は大勢知っていた。

「シャーロットは……シャーロット姫もここへ来ておるのか?」

 力無く問いかけた負傷の王は、なによりも愛娘の行方を案じていた。だが、ベンはすぐに答えることができず、しばしの沈黙から「さあ、城へ帰りましょう」とだけつぶやき、短い段差を慎重に降りていった。

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