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第三章 ~ぶらり馬車の旅 死の大地・マータルス篇~
捕らわれの親子
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大広間へ入るには、番人のように威圧的な印象を与える巨大なニ本の円柱を抜けねばならないのだが、そのひとつ──上半分を失った石柱に向かうレベッカが、漏れ射し込む明かりをしなやかに避けながら闇伝いに近づく。
柱を背にして様子をうかがえば、王国騎士団の半数がすでに倒れていた。大広間の中央で片膝を着く重騎士を見下ろしながら、剣を抜いたオルテガがなにやら話しかけている。
(なんで誰も王さまを助けようとしないんだ?)
疑問に思うレベッカの大きな猫耳がピクンと動く。
ふたりを囲む騎士たちの肩ごしに見える祭壇には、マグヌス王が仰向けで縛られていた。その傍らに立っている貧弱な体格の男こそ、大神官ソンドレ。憎き我が敵。
だが、王国騎士団に救出や捕縛の動きがまるでない。むしろ、負傷していると思われる重騎士を追い詰めているようにさえ見えた。
(あれは……ベン・ロイド? どうしてあいつが…………まさか!)
宮廷では謀略が付きもの。状況から事態を察したレベッカは、オルテガの反逆をアシュリンに報告すべきか悩み苦しむ。
すぐにでもマグヌス王とベンを助けたいところではあるのだが、剣豪と名高いオルテガ率いる〈鋼鉄の鷲〉が相手となっては、予想するまでもなく救出は困難だろう。
レベッカは、通ってきた薄闇の大廊下を見つめる。
いくつも立ち並ぶ円柱のいちばん奥では、走り疲れたアシュリンをハルとドロシーが介抱して身を潜めているはずだった。
このまま王都まで逃げ帰った場合、自分たちは生き延びて裏切り者たちを断罪できるが、残された国王の命は助からない。ここはやはり、武人の血族として死ぬまで戦うべきなのだろうか……答えはそう簡単には出なかった。
(最悪だ……最悪じゃないか、クソったれどもが! どうする……どうすれば……)
妙案が浮かばないレベッカは、必死に自問を繰り返す。長い尻尾もミニスカートの裾の下で不機嫌そうに揺れていた。
ふと気がつけば、隠れていたはずのドロシーが近くまで寄ってきて、こちらに手招きを何度もしている。
「レベッカ……戻ってこい……レベッカ、早くして……」
今このタイミングで、まさかのタメ口。
その理由はすぐにわかった。
真剣な表情で手招きを続ける少女騎士のさらにうしろの柱の陰で、弓兵が自分に狙いを定めていたからだ。
「……かしこまりました、ドロシー様。すぐにそちらへ」
逆光を受けて柱の影と一体になっていたレベッカの瞳が、静かにそっと金色に輝く。その刹那、凄まじい速度で漆黒の猛獣となって彼女は飛んだ。
光る眼の残像は縦横無尽に跳ねまわり、悲鳴を上げながら頭を押さえてしゃがみ込んだドロシーと次々に放たれたクロスボウの矢を難なく飛び越えていく。
「ななな……なんだよ、あの女ッ?!」
弓兵は慌てふためき、ありったけの矢を射るも、ひび割れた石壁や床に突き刺さるばかりでまったく当てられなかった。そんな彼が最後に見た光景は、襲いかかってくる金色の眼と、天井まで噴き出した自らの鮮血だった。
血まみれの弓兵が首筋を押さえながらその場に倒れた直後、また別の角度から矢が発射される。
それを見ることなく斬り落としたレベッカは、さらに身体をその場で横に一回転させ、勢いもそのままに、投擲用のナイフを見えざる襲撃者へと放った。
「うおっ……」
瞬時に男の低いうめき声が大廊下に響いた。
「ドロッチ、姫さまとハルさんはどこだ!?」
駆け寄ってきたドロシーに、返り血を浴びてまだらになった顔を向ける。
「あ……すっ、すみません……〈鋼鉄の鷲〉に連れていかれました」
「なんだと!?」
薄闇の中を漂う金色に光る眼。
ほどなくして大広間から、王女の名前を叫ぶマグヌス王の声が聞こえた──。
騎士たちに両脇を掴まれて拘束されたアシュリンは、オルテガの前へ連れてこられていた。
祭壇の上では、縛られた父王が捕らわれの王女の名前を連呼して暴れている。そのそばで不気味な笑みを浮かべるソンドレが、「やかましい、黙っていろ」とつぶやき、不衛生に伸びた爪が際立つ手でマグヌス王の口を塞いだ。
「すわらせろ」
オルテガの命令を受けた騎士たちが、アシュリンを罪人のようにひざまづかせる。
「これはまた、御機嫌がずいぶんと優れないようですが、原因はまた例の持病ですかな? いや……」
オルテガは周囲を見渡すと、
「殿下は、この現実に絶望なさっておられるようだ」
目の前の部下にわざとらしく話しかけた。
「愚かなオルテガよ。茶番はおしまいにして、お父さまを離しなさい」
そんな三文芝居をいっさい気にすることなく、アシュリンは王女として、気高く凛とした声で命ずる。だが、その目つきはとても鋭く、怒りと憎悪に燃えていた。
「ゴホッ、んぐっ……シャーロット王女の……おっしゃるとおりだ。お代は恵んでやるから、さっさと猿芝居をやめろやクソ野郎」
「黙れ、死にぞこない!」
傷口を押さえたままうずくまるベンが、背後から騎士に蹴りつけられて横へ倒れる。その弾みで面頬が開き、脂汗が浮かんだ苦悶の表情が垣間見えた。
「オルテガ! とっとと始末して終わらせてしまえ!」
ソンドレの要望に眉根を寄せた王国騎士団長は、振り返らずに「わかっている!」と大声で答えた。
顎先だけで命じられた両脇の騎士たちは、アシュリンをさらに強引に押さえて頭を下げさせる。美しい白銀の長い髪が、砂埃に覆われた地面へ清流のように広がった。
「モゴモゴ……ひゃめふぞひょー!」
涙目で暴れるマグヌス王。
にやけるソンドレはもう片方の手でこぶしをつくり、静かにさせようと何度も容赦なく顔を殴りつけた。
柱を背にして様子をうかがえば、王国騎士団の半数がすでに倒れていた。大広間の中央で片膝を着く重騎士を見下ろしながら、剣を抜いたオルテガがなにやら話しかけている。
(なんで誰も王さまを助けようとしないんだ?)
疑問に思うレベッカの大きな猫耳がピクンと動く。
ふたりを囲む騎士たちの肩ごしに見える祭壇には、マグヌス王が仰向けで縛られていた。その傍らに立っている貧弱な体格の男こそ、大神官ソンドレ。憎き我が敵。
だが、王国騎士団に救出や捕縛の動きがまるでない。むしろ、負傷していると思われる重騎士を追い詰めているようにさえ見えた。
(あれは……ベン・ロイド? どうしてあいつが…………まさか!)
宮廷では謀略が付きもの。状況から事態を察したレベッカは、オルテガの反逆をアシュリンに報告すべきか悩み苦しむ。
すぐにでもマグヌス王とベンを助けたいところではあるのだが、剣豪と名高いオルテガ率いる〈鋼鉄の鷲〉が相手となっては、予想するまでもなく救出は困難だろう。
レベッカは、通ってきた薄闇の大廊下を見つめる。
いくつも立ち並ぶ円柱のいちばん奥では、走り疲れたアシュリンをハルとドロシーが介抱して身を潜めているはずだった。
このまま王都まで逃げ帰った場合、自分たちは生き延びて裏切り者たちを断罪できるが、残された国王の命は助からない。ここはやはり、武人の血族として死ぬまで戦うべきなのだろうか……答えはそう簡単には出なかった。
(最悪だ……最悪じゃないか、クソったれどもが! どうする……どうすれば……)
妙案が浮かばないレベッカは、必死に自問を繰り返す。長い尻尾もミニスカートの裾の下で不機嫌そうに揺れていた。
ふと気がつけば、隠れていたはずのドロシーが近くまで寄ってきて、こちらに手招きを何度もしている。
「レベッカ……戻ってこい……レベッカ、早くして……」
今このタイミングで、まさかのタメ口。
その理由はすぐにわかった。
真剣な表情で手招きを続ける少女騎士のさらにうしろの柱の陰で、弓兵が自分に狙いを定めていたからだ。
「……かしこまりました、ドロシー様。すぐにそちらへ」
逆光を受けて柱の影と一体になっていたレベッカの瞳が、静かにそっと金色に輝く。その刹那、凄まじい速度で漆黒の猛獣となって彼女は飛んだ。
光る眼の残像は縦横無尽に跳ねまわり、悲鳴を上げながら頭を押さえてしゃがみ込んだドロシーと次々に放たれたクロスボウの矢を難なく飛び越えていく。
「ななな……なんだよ、あの女ッ?!」
弓兵は慌てふためき、ありったけの矢を射るも、ひび割れた石壁や床に突き刺さるばかりでまったく当てられなかった。そんな彼が最後に見た光景は、襲いかかってくる金色の眼と、天井まで噴き出した自らの鮮血だった。
血まみれの弓兵が首筋を押さえながらその場に倒れた直後、また別の角度から矢が発射される。
それを見ることなく斬り落としたレベッカは、さらに身体をその場で横に一回転させ、勢いもそのままに、投擲用のナイフを見えざる襲撃者へと放った。
「うおっ……」
瞬時に男の低いうめき声が大廊下に響いた。
「ドロッチ、姫さまとハルさんはどこだ!?」
駆け寄ってきたドロシーに、返り血を浴びてまだらになった顔を向ける。
「あ……すっ、すみません……〈鋼鉄の鷲〉に連れていかれました」
「なんだと!?」
薄闇の中を漂う金色に光る眼。
ほどなくして大広間から、王女の名前を叫ぶマグヌス王の声が聞こえた──。
騎士たちに両脇を掴まれて拘束されたアシュリンは、オルテガの前へ連れてこられていた。
祭壇の上では、縛られた父王が捕らわれの王女の名前を連呼して暴れている。そのそばで不気味な笑みを浮かべるソンドレが、「やかましい、黙っていろ」とつぶやき、不衛生に伸びた爪が際立つ手でマグヌス王の口を塞いだ。
「すわらせろ」
オルテガの命令を受けた騎士たちが、アシュリンを罪人のようにひざまづかせる。
「これはまた、御機嫌がずいぶんと優れないようですが、原因はまた例の持病ですかな? いや……」
オルテガは周囲を見渡すと、
「殿下は、この現実に絶望なさっておられるようだ」
目の前の部下にわざとらしく話しかけた。
「愚かなオルテガよ。茶番はおしまいにして、お父さまを離しなさい」
そんな三文芝居をいっさい気にすることなく、アシュリンは王女として、気高く凛とした声で命ずる。だが、その目つきはとても鋭く、怒りと憎悪に燃えていた。
「ゴホッ、んぐっ……シャーロット王女の……おっしゃるとおりだ。お代は恵んでやるから、さっさと猿芝居をやめろやクソ野郎」
「黙れ、死にぞこない!」
傷口を押さえたままうずくまるベンが、背後から騎士に蹴りつけられて横へ倒れる。その弾みで面頬が開き、脂汗が浮かんだ苦悶の表情が垣間見えた。
「オルテガ! とっとと始末して終わらせてしまえ!」
ソンドレの要望に眉根を寄せた王国騎士団長は、振り返らずに「わかっている!」と大声で答えた。
顎先だけで命じられた両脇の騎士たちは、アシュリンをさらに強引に押さえて頭を下げさせる。美しい白銀の長い髪が、砂埃に覆われた地面へ清流のように広がった。
「モゴモゴ……ひゃめふぞひょー!」
涙目で暴れるマグヌス王。
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