プリンセスソードサーガ

黒巻雷鳴

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第三章 ~ぶらり馬車の旅 死の大地・マータルス篇~

少年剣士と大盗賊

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 予想よりも早くに〈ビオス山脈〉へと出発してしまった少女騎士団に追いつくべく、断崖絶壁ともいえる危険な近道を進んだリオンではあったのだが、その険しさは想像以上で、中腹にたどり着くまえに操る馬が怯えきって動けずにいた。
 リオンは致し方なく降りると、馬をなんとかなだめながら引いて、休めそうな場所を求め横道へとそれる。
 出発時の青空も入山してからすぐに曇り空へと変わり、今となっては、強風すら吹いてくる始末だった。リオンは片手でフードをしぼり、冷気にも耐えながら歩き続ける。
 すると、急にあたりが暗くなった。
 引いていた馬が暴れだしたかと思えば、竜巻のような突風が吹き荒れ、馬が空へ軽々と浮かんだ。

「うわっ!」

 手綱を握り締めていたリオンは、とっさに手を離して固い地面に背中から墜落する。そこまで高くは昇らなかったので、骨折だけはまぬがれることができた。
 仰向けに倒れたまま上空を見上げれば、とんでもない大きさのワシのような怪鳥が、文字どおりの〝鷲掴み〟で暴れる馬を頂上へと連れ去っていく姿が見えた。

「そん……な……」

 鳴き続ける馬の声が遠のいて消え失せるまえに、リオンは気絶した。



 ギギギ……がっ、がががが!



 岩陰から現れた人影が、倒れるリオンにゆっくりと近づく。痩せ細ったその人物は、軽装の甲冑に身を包んでいた。
 いや、正確には骨を。

「んが……シュルルルルル」

 骸骨ガイコツの戦士が倒れるリオンの首にしっかりと狙いを定め、びついた鋼のつるぎを目一杯に振りかざす。
 魔物の全身から放たれる殺気と腐敗臭に気づいたリオンは、間一髪のところで横に転がって起き上がると、腰に携えるオルテガのつるぎをすばやく抜いて斬りかかった。

「この化け物めッ!」

 キィン! キィン! キャアン!

 敵も死してなお、その腕前は衰えていないようで、鍔迫つばぜいが何度も続く。

(こいつ……おれより強い!)

 ありえないことだが、斬り合う最中、何度も髑髏ドクロの顔が笑っているように見えた。
 と、その刹那。骨だけの足が、リオンの脛を蹴りつける。まさかの不意討ちに体勢をくずしてしまい、大きな隙ができた頭部に敵のやいばがうねりをあげた!

「ぬあっ?!」

 血肉に代わって髪の毛が風に舞い散る。リオンはギリギリで仰け反りかわしたものの、形勢は不利のまま……最悪の決着まで時間の問題だった。
 逃げきれる脚力はあるのだが、小姓でも王国騎士団の一員と自負する少年剣士にそのような選択肢は無い。敵に──しかも魔物に背中を向けるくらいなら、きっと潔く死を選ぶことだろう。

「でやぁ! クソッ! ふん、ハアッ!」

 もはやその剣技は大雑把なもので、悪あがきにすら見える。だが、骸骨の戦士は不気味なほど守りに徹していた。リオンが攻め疲れるのを待っているに違いない。

電流攻撃魔法ライトニング・アロー!』

 突然、女性の叫ぶ声が聞こえたの同時に、凄まじい雷にも似た轟音が岩山に鳴り響く。まばゆい光に目がくらむと骸骨の戦士が粉々に弾け、その勢いでリオンもううしろへ吹き飛んだ。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!?」

 削り取られたような岩壁まで飛ばされたリオンは、なんとか四つん這いになって起き上がる。新たに現れた気配を感じて武器を探すが、近くで転がるオルテガの剣は刀身が真っ二つに折れてしまっていた。

(オルテガ様から授かった大切なつるぎが折れちまった……!)

 まさかの事態に、リオンは当惑した。
 近づいてくる足音すら耳に届かない様子の無防備な少年剣士に、白装束の女性が単調な声で語りかける。

「おーい、しっかりしろー。おーい……って、頭でも打ったのかな?」

 四つん這いのまま動かないリオンを心配していたのは、雷解きのサエッタだった。彼の視線を追えば、半分に折れた剣をただ見つめている。サエッタは、なんとなく事情を察して、そいつをヒョイと持ち上げた。

「あっ!」
「あー、こんな安物じゃ折れて当然よ。お姉さんがもっと強くてカッコいいヤツを買ってあげるから、気にしない気にしない」

 淡々と話しかけるサエッタ。
 彼女は目利きなので、その言葉に嘘偽りはない。

「なっ……なんだと! そんなはずはない! いい加減なことを言うな!」

 あまりの暴言に、リオンは命の恩人に対して──それも一度ならず二度までも助けてくれた彼女に──詰め寄って猛抗議する。

「ちょ、ちょ、ちょっと! どうせなら笑顔で言い寄ってよね!」

 思わぬ反応に戸惑うサエッタ。本当に頭を打ったのではないかと不安に考えていた。
 オルテガの剣を奪い取ったリオンは、半分に折れた剣先をじっと見つめる。
 以前、騎士たちが実践稽古の際にも剣を折ってしまったことがあった。そのときに後片づけをした剣よりも、折れ口が貧弱に、焼きも甘く感じられもした。

「嘘だろ……」

 さすがのリオンも、すべてを理解する。
 オルテガは……自分を騙したのだと。
 明らかに落胆している少年を哀れに思ったのだろう。サエッタは眉根を少しばかり寄せると、自分よりもかなり背の低いリオンの頭を撫でて優しく微笑みかける。

「元気を出しなさいって。丸腰で不安なら、しばらくお姉さんが一緒にいてあげるけど?」

 次の瞬間、リオンの全身に電撃が走った。
 その言葉にではなく、優しい笑顔とともに、頭を撫でられたことによってである。
 リオンは思い出していた。
 アリッサムの指の感触と月明かりに照らされた美しい碧眼や白い肌、そして──。

『どうもありがとう、わたしだけの騎士さま』

 やがて、リオンの頬は赤く染まり、潤んだ瞳には困惑するサエッタの顔が映る。
 あどけなさが残る中性的な容姿。そんな美貌の少年に真っ直ぐじっと見つめられ、数百年も生きるダークエルフの心は激しく揺れていた。

「う……うん……えーっと、その、ほら。先に進みましょうよ、ね?」

 苦笑いを浮かべて誤魔化してみせるも、サエッタはたしかに動揺していた。
 まさか、こんな人間の少年に自分が惑わされるなんて──汗ばむ琥珀色の背中を、冷たいそよ風が過ぎ去った。

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