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第三章 ~ぶらり馬車の旅 死の大地・マータルス篇~
忍び寄る巨大な影
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湖をあとにした少女騎士団一行は、午前中のうちに〈ビオス山脈〉を登ることができた。
麓では晴れ渡っていた空もすっかりと雲に覆われ、悠久の吹き荒れる風によって削られた岩肌がまるでドラゴンの鱗のようで、見る者に不安と恐怖、そして死をも連想させた。
ここまで順調に進んでくれたシルバー号も、疲労ときびしい風に足取りの乱れが目立ちはじめ、そのたびにレベッカは激を飛ばして手綱の捌きを強めた。
「もうひと頑張りだ、シルバー! あの向こう側には、かわいい牝馬とご馳走がたくさん待っているぞ!」
「ヒヒーン! ブルル、ヒヒヒーン!(絶対に嘘だから、それ! こんなところで待ってる理由がみつかりませんから!)」
と、そこへ。
ズシーン……ズシーン……。
突然、曇天の空を突き刺すほどに伸びる岩山が揺れたような気がした。地震や休火山の噴火を疑ったレベッカは、徐々に速度を落とす。
ズシーン……ズシーン……。
岩山のあいだを通り抜ける風とは別の、なにか重量感がある大きな音がどこからともなく聞こえてくる。レベッカの大きな耳とシルバー号の目玉が、周囲の様子を注意深くうかがう。
「なんだよ……この音は?」
「ヒヒン、ブルルル……(嫌な予感……)」
ズシーン……メキメキメキ……バシャァァァァァン!
近くの岩肌が突然地滑りを起こしたかと思えば、凄まじい土煙の中から、平屋ほどある巨大な猛禽類・ロック鳥──のヒヨコが現れた!
「ピヨピヨピィピィッ!」
「うおおおおおおおお!?」
「ヒヒーン!(で、出たー!)」
「もう、いったいなんの騒ぎ…………どひぇー!?」
荷台のカーテンを開けたドロシーが銀灰色の巨大ヒヨコに驚き、慌てた様子でカーテンを急いで閉める。
「に、逃げるぞシルバー!」
けれどもレベッカが鞭を振るうよりも速く、シルバー号は何度も岩肌にぶち当たりながら、全速力でその場から逃げだしていた。
ズドドドドドドドドドド!
土砂崩れのような轟音と速度で、巨大ヒヨコが幌馬車に迫る。考えるまでもなく、追突されれば木っ端微塵となって命も危うい。
「クソッ! このままじゃ追いつかれる……ドロッチ、矢だ! 矢を放て!」
逃走経路を見据えたままレベッカは叫び、すわっていた御者台から立ち上がる。さらに激しく、一本鞭をちぎれんばかりに荒々しく振るう。
シルバー号も自己新記録の速さで悪路を駆け抜け、涙と涎を巻き散らかしながら死物狂いの形相で風になった。
「ちょ……ま、待ってください! えーっと、弓矢……弓矢……」
荷台の居住空間はアリッサムがいつも整頓をしてくれているのだが、先ほどからの逃走劇でめちゃくちゃになってしまっていた。
乱雑に転がる麻袋や生活用品。
その中には、無くしたはずの下着まで落ちていた。
けれども焦るドロシーは、それを気にもとめずに武器を探し続ける。
「あった!」
下水道で使う予定だった炎の弓矢を手にしたまではよかったのだが、もちろん、ドロシーは人生で一度も矢を放ったことなどない。正しい使い方すらわからなかった。
そんな事情を知ってか知らずか、片膝立ちになったアシュリンは、腰に携えている剣帯からレイピアをすばやく抜き取る。
「必殺──真空斬り!」
矢で狙えるように、屋形の最後部のテント布地をとびきりの一撃で大きく切り裂いた。
「さあ、ドロシー! 早く殺れ!」
「ええっ……」
間近に迫る巨大ヒヨコも怖かったが、目の前にいるアシュリンの圧も凄かった。言うとおりにしないと、マジで怒られるやつだ。
「あら? もしかして、弓矢を使ったことがない……とか?」
穏やかな笑顔のハルは、恐怖に震えて自分の胸にしがみつくアリッサムの頭を優しく撫でながら、弓矢を持ったまま固まるドロシーに訊ねる。
「ううっ……ハルさんは使えますか?」
このとき、涙目のドロシーに逆に訊き返されたハルの唇から鮮血の筋がゆっくりと垂れ、床にまで赤い滴がポタポタと静かに落ちた。
そんな部下たちのやり取りに痺れをきらせた騎士団長は、ふたたびレイピアを構える。
「真空斬り……三連発! てぇぇぇぇぇぇぇぇぇいッッッ!」
そして、容赦なく巨大ヒヨコの顔をめがけて奥義を連続でくり出してみせた。
圧縮された空気の刃がサイズこそは規格外ではあるものの、愛くるしい容姿の雛鳥に次々と直撃する。
「ピヨ!? ピッ、ピィィィィィィィィィィィィィ!」
一見すると無傷に見えたが、銀灰色の巨体がひっくり返って地面に転ぶ。みるみるうちに幌馬車から突き放されて小さくなっていく──。
その勢いのまま少女騎士団は、〈ビオス山脈〉を無事に下山できた。
聞いていた話のとおり、緑ひとつない荒れ果てた大地だけが視界いっぱいに広がる。枯れた土が地平線まで覆っている異様な風景に、少女騎士団の誰もが言葉を失っていた。
アシュリンはその場でしゃがむと、限りなく砂に近い乾燥した土を掴む。一陣の風が吹き抜けて、指の隙間から白い粒子が曇り空に舞って何処かへと消えた。
「あー……その、団長。やって来たのはいいけどよ、これからどこへ向かう?」
激走したシルバー号を撫でていたわるレベッカが、言葉を選んで次の目標を訊ねる。周囲には、なにも無い。マグヌス王の行方を追う手掛かりもだ。
「うーん、おかしいですねぇ」
「どうしたのアリッサム? なにか妖精さんでも見えるのかしら?」
いまだハルに抱きついたままのアリッサムは、キョロキョロとあたりを見まわして「やっぱりおかしいですよ」と言葉を続ける。
「先に出発したはずの王国騎士団は、いったいどこにいるんですか?」
その問いに、風に遊ぶ白銀の長い髪を片耳にかけながら、アシュリンがゆっくりと立ち上がって答える。
「……どうやら、オルテガに一杯食わされたようだ」
麓では晴れ渡っていた空もすっかりと雲に覆われ、悠久の吹き荒れる風によって削られた岩肌がまるでドラゴンの鱗のようで、見る者に不安と恐怖、そして死をも連想させた。
ここまで順調に進んでくれたシルバー号も、疲労ときびしい風に足取りの乱れが目立ちはじめ、そのたびにレベッカは激を飛ばして手綱の捌きを強めた。
「もうひと頑張りだ、シルバー! あの向こう側には、かわいい牝馬とご馳走がたくさん待っているぞ!」
「ヒヒーン! ブルル、ヒヒヒーン!(絶対に嘘だから、それ! こんなところで待ってる理由がみつかりませんから!)」
と、そこへ。
ズシーン……ズシーン……。
突然、曇天の空を突き刺すほどに伸びる岩山が揺れたような気がした。地震や休火山の噴火を疑ったレベッカは、徐々に速度を落とす。
ズシーン……ズシーン……。
岩山のあいだを通り抜ける風とは別の、なにか重量感がある大きな音がどこからともなく聞こえてくる。レベッカの大きな耳とシルバー号の目玉が、周囲の様子を注意深くうかがう。
「なんだよ……この音は?」
「ヒヒン、ブルルル……(嫌な予感……)」
ズシーン……メキメキメキ……バシャァァァァァン!
近くの岩肌が突然地滑りを起こしたかと思えば、凄まじい土煙の中から、平屋ほどある巨大な猛禽類・ロック鳥──のヒヨコが現れた!
「ピヨピヨピィピィッ!」
「うおおおおおおおお!?」
「ヒヒーン!(で、出たー!)」
「もう、いったいなんの騒ぎ…………どひぇー!?」
荷台のカーテンを開けたドロシーが銀灰色の巨大ヒヨコに驚き、慌てた様子でカーテンを急いで閉める。
「に、逃げるぞシルバー!」
けれどもレベッカが鞭を振るうよりも速く、シルバー号は何度も岩肌にぶち当たりながら、全速力でその場から逃げだしていた。
ズドドドドドドドドドド!
土砂崩れのような轟音と速度で、巨大ヒヨコが幌馬車に迫る。考えるまでもなく、追突されれば木っ端微塵となって命も危うい。
「クソッ! このままじゃ追いつかれる……ドロッチ、矢だ! 矢を放て!」
逃走経路を見据えたままレベッカは叫び、すわっていた御者台から立ち上がる。さらに激しく、一本鞭をちぎれんばかりに荒々しく振るう。
シルバー号も自己新記録の速さで悪路を駆け抜け、涙と涎を巻き散らかしながら死物狂いの形相で風になった。
「ちょ……ま、待ってください! えーっと、弓矢……弓矢……」
荷台の居住空間はアリッサムがいつも整頓をしてくれているのだが、先ほどからの逃走劇でめちゃくちゃになってしまっていた。
乱雑に転がる麻袋や生活用品。
その中には、無くしたはずの下着まで落ちていた。
けれども焦るドロシーは、それを気にもとめずに武器を探し続ける。
「あった!」
下水道で使う予定だった炎の弓矢を手にしたまではよかったのだが、もちろん、ドロシーは人生で一度も矢を放ったことなどない。正しい使い方すらわからなかった。
そんな事情を知ってか知らずか、片膝立ちになったアシュリンは、腰に携えている剣帯からレイピアをすばやく抜き取る。
「必殺──真空斬り!」
矢で狙えるように、屋形の最後部のテント布地をとびきりの一撃で大きく切り裂いた。
「さあ、ドロシー! 早く殺れ!」
「ええっ……」
間近に迫る巨大ヒヨコも怖かったが、目の前にいるアシュリンの圧も凄かった。言うとおりにしないと、マジで怒られるやつだ。
「あら? もしかして、弓矢を使ったことがない……とか?」
穏やかな笑顔のハルは、恐怖に震えて自分の胸にしがみつくアリッサムの頭を優しく撫でながら、弓矢を持ったまま固まるドロシーに訊ねる。
「ううっ……ハルさんは使えますか?」
このとき、涙目のドロシーに逆に訊き返されたハルの唇から鮮血の筋がゆっくりと垂れ、床にまで赤い滴がポタポタと静かに落ちた。
そんな部下たちのやり取りに痺れをきらせた騎士団長は、ふたたびレイピアを構える。
「真空斬り……三連発! てぇぇぇぇぇぇぇぇぇいッッッ!」
そして、容赦なく巨大ヒヨコの顔をめがけて奥義を連続でくり出してみせた。
圧縮された空気の刃がサイズこそは規格外ではあるものの、愛くるしい容姿の雛鳥に次々と直撃する。
「ピヨ!? ピッ、ピィィィィィィィィィィィィィ!」
一見すると無傷に見えたが、銀灰色の巨体がひっくり返って地面に転ぶ。みるみるうちに幌馬車から突き放されて小さくなっていく──。
その勢いのまま少女騎士団は、〈ビオス山脈〉を無事に下山できた。
聞いていた話のとおり、緑ひとつない荒れ果てた大地だけが視界いっぱいに広がる。枯れた土が地平線まで覆っている異様な風景に、少女騎士団の誰もが言葉を失っていた。
アシュリンはその場でしゃがむと、限りなく砂に近い乾燥した土を掴む。一陣の風が吹き抜けて、指の隙間から白い粒子が曇り空に舞って何処かへと消えた。
「あー……その、団長。やって来たのはいいけどよ、これからどこへ向かう?」
激走したシルバー号を撫でていたわるレベッカが、言葉を選んで次の目標を訊ねる。周囲には、なにも無い。マグヌス王の行方を追う手掛かりもだ。
「うーん、おかしいですねぇ」
「どうしたのアリッサム? なにか妖精さんでも見えるのかしら?」
いまだハルに抱きついたままのアリッサムは、キョロキョロとあたりを見まわして「やっぱりおかしいですよ」と言葉を続ける。
「先に出発したはずの王国騎士団は、いったいどこにいるんですか?」
その問いに、風に遊ぶ白銀の長い髪を片耳にかけながら、アシュリンがゆっくりと立ち上がって答える。
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