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第三章 ~ぶらり馬車の旅 死の大地・マータルス篇~
新たなる旅立ち
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同日の昼下がり。裏門近くに停められた幌馬車・シルバー号を囲むようにして、少女騎士団とその専属使用人がふたたび集まっていた。
ただし、初陣と異なっているのは、団員一名が猫耳になってしまったことだ。
心を閉ざしたレベッカをなんとか慰て──なんだか強くてかっこよく見えるとか、来てくれなければ騎士団の士気がガタ落ちになってしまうとか、諸国の美味しい食べ物がキミを待っているなどの口車に乗せて──冒険に参加させたまではよかったのだが、彼女に新たな問題が生まれていた。
それは、シッポ問題である。
人間で言うところの尾てい骨から長く生えるそれは、見た目だけでなく服装にも影響を及ぼしていた。
下着に関してはローライズを穿くことで解決できたのだが(アリッサムの提案で、なぜか白色のそれがすでに準備されていた)ミニスカートはそうはいかなかった。
「だから、なんでダメなんだよ!」
怒りに震えるレベッカの尻尾が一直線に伸びて左右に揺らぎ、隠されるべき下着に包まれた形の良い臀部が姿を現す。
「あ。またお尻が丸見えッス、レベッカさん」
これでニ十九回目。ドロシーは心の中でカウントをしていた。
長い尻尾が感情の起伏に合わせて縦横無尽に動きまわってしまい、どうしてもスカートの裾を持ち上げてしまう。レベッカはそれを理由に、自分はミニスカートではなく、せめてショートパンツにしてくれと交渉をしているのだが──。
「な? こーなっちゃって恥ずかしいし、みんなも一緒に歩くのが嫌だろ? だから、装備を変えさせてくれよ団長ッ!」
さすがのアシュリンも必死に懇願するレベッカを哀れに思い、特別に許可を与えようとするが……〈天使の牙〉エグゼクティブ・アドバイザーでもあるアリッサムをチラリと見れば、誰にも気づかれないように、ゆっくりと小さく首を横に振っていた。
「──却下だ!」
「ズコーッ!」
「あ。今度は前も全開ッス、レベッカさん」
*
ショートコントを終えた一行は、幌馬車を走らせて王都を飛び出し、街道に沿って北西をめざしていた。
斜陽に染まる遠くの草原では羊飼いの少年が牧羊犬を操り、羊の大群をゆるやかな丘陵の向こう側へと誘導して進んでいく。
そんな光景をぼんやりと眺めていたレベッカは、夕飯はラム肉がいいなと考えながら、手綱を持つ手を止めた。
「よーし、よーし。どーどー」
「ヒヒヒン……ブルルッ!(姐さん、こんなところで止まるんですかい? あっ……トイレ休憩ですね!)」
御者台の真うしろのカーテンを開けて、ドロシーが顔を出す。あたりの林を怪訝そうに見渡してから、レベッカの後頭部に話しかけた。
「あれ? 近くの村までまだ先みたいですけど……どうかしたんですか?」
「トイレ」
大きな猫耳がピクンと動くと、丸い瞳孔のレベッカが振り向いた。〝猫人間〟になってしまったとはいえ、たいてい室内や時間帯によっては屋外でも瞳孔が元通りに丸いままだった。
つまるところ、今までどおりのレベッカに猫耳と尻尾が生えただけの印象が強い。
やっぱり、いつ見ても可愛らしいなと、ドロシーは思わず仏頂面のレベッカに笑顔をみせる。
「ウンコじゃないからな!」
そんな笑顔に誤解を抱いたレベッカは、不機嫌そうにして御者台からかろやかに飛び降りる。そのまま足音もいっさいたてずに、街道脇の雑木林へとひとり消えていった。
拓けた草原の世界から、薄暗く湿った空気が漂う野生の領域へと踏み込んだレベッカは、周囲を警戒しつつ、幌馬車がかろうじて見える距離の木の幹にしばし身を潜めた。
王都を出て、先ずは北西の位置にある〈ビオス山脈〉へ向かうために分かれ道を進んだあたりから、誰かにつけられている気がしていた。
これまでも数名の旅人や商人の一団とすれ違いはしたが、それらとはまた別の誰かが、自分たちを尾行しているようで仕方がない。
もうすぐ夜になる。
戦闘になれば、幌馬車は大きなただの的だ。
少しでも相手の情報が欲しいレベッカは、こうして別行動をとればなにか得られるのではと思ってみたのだが、通ってきた道やこれからの行く先にも人影はまったく無かった。
「スゥー……ふぅぅ……ま、いっか」
せっかくなので、レベッカはミニスカートの中の下着に手を添えて下ろしながら、その場にしゃがみ込む。振り返って尻尾を気にするも、なんとか地面には着かずに持ち上がっていた。
一安心したレベッカの大きな耳が、ぴょこんと跳ねるように動く。と、
──パチン!
足もとのせせらぎとは別に、枯れ枝を踏みつける音が、そう遠くはない距離で聞こえた。
(えっ……こんなときに、マジかよ!?)
謎の気配が近づいてくるのを感じながら、赤面するレベッカが丸められた背中にあるブロードソードをなんとか掴む。
相手の気配は、ひとつではなかった。
複数……盗賊か、あるいは獣の群れか、もしくは魔物。いずれにせよ、最悪のタイミングに変わりはない。
ガサガサ──!
近くの茂みを掻き分けて人影がついに現れる。
けれどもレベッカは、真っ最中で立ち上がれない。額には汗まで噴き出した。
「あ」
先に声を漏らしたのは、レベッカに気づいた少年だった。服装からして旅人のようではあるが、腰の剣帯に立派な剣を携えていた。
(子供? でも、こいつはたしか、病院でアリッサムを……)
見覚えがある顔を見上げていると、みるみるうちに少年は赤くなり、「ごめんなさい!」と叫びながら、茂みの奥へと走って戻っていった。
彼が追跡者だったのだろうか?
しかし、なぜここに?
それに気配はほかにもあったはずなのだが、今の騒ぎで消えてしまった。
「んー……ま、いっか」
揺れ動く茂みを見つめながら立ち上がったレベッカは、その場に土を無意識に足でかけてから幌馬車へと戻った。
ただし、初陣と異なっているのは、団員一名が猫耳になってしまったことだ。
心を閉ざしたレベッカをなんとか慰て──なんだか強くてかっこよく見えるとか、来てくれなければ騎士団の士気がガタ落ちになってしまうとか、諸国の美味しい食べ物がキミを待っているなどの口車に乗せて──冒険に参加させたまではよかったのだが、彼女に新たな問題が生まれていた。
それは、シッポ問題である。
人間で言うところの尾てい骨から長く生えるそれは、見た目だけでなく服装にも影響を及ぼしていた。
下着に関してはローライズを穿くことで解決できたのだが(アリッサムの提案で、なぜか白色のそれがすでに準備されていた)ミニスカートはそうはいかなかった。
「だから、なんでダメなんだよ!」
怒りに震えるレベッカの尻尾が一直線に伸びて左右に揺らぎ、隠されるべき下着に包まれた形の良い臀部が姿を現す。
「あ。またお尻が丸見えッス、レベッカさん」
これでニ十九回目。ドロシーは心の中でカウントをしていた。
長い尻尾が感情の起伏に合わせて縦横無尽に動きまわってしまい、どうしてもスカートの裾を持ち上げてしまう。レベッカはそれを理由に、自分はミニスカートではなく、せめてショートパンツにしてくれと交渉をしているのだが──。
「な? こーなっちゃって恥ずかしいし、みんなも一緒に歩くのが嫌だろ? だから、装備を変えさせてくれよ団長ッ!」
さすがのアシュリンも必死に懇願するレベッカを哀れに思い、特別に許可を与えようとするが……〈天使の牙〉エグゼクティブ・アドバイザーでもあるアリッサムをチラリと見れば、誰にも気づかれないように、ゆっくりと小さく首を横に振っていた。
「──却下だ!」
「ズコーッ!」
「あ。今度は前も全開ッス、レベッカさん」
*
ショートコントを終えた一行は、幌馬車を走らせて王都を飛び出し、街道に沿って北西をめざしていた。
斜陽に染まる遠くの草原では羊飼いの少年が牧羊犬を操り、羊の大群をゆるやかな丘陵の向こう側へと誘導して進んでいく。
そんな光景をぼんやりと眺めていたレベッカは、夕飯はラム肉がいいなと考えながら、手綱を持つ手を止めた。
「よーし、よーし。どーどー」
「ヒヒヒン……ブルルッ!(姐さん、こんなところで止まるんですかい? あっ……トイレ休憩ですね!)」
御者台の真うしろのカーテンを開けて、ドロシーが顔を出す。あたりの林を怪訝そうに見渡してから、レベッカの後頭部に話しかけた。
「あれ? 近くの村までまだ先みたいですけど……どうかしたんですか?」
「トイレ」
大きな猫耳がピクンと動くと、丸い瞳孔のレベッカが振り向いた。〝猫人間〟になってしまったとはいえ、たいてい室内や時間帯によっては屋外でも瞳孔が元通りに丸いままだった。
つまるところ、今までどおりのレベッカに猫耳と尻尾が生えただけの印象が強い。
やっぱり、いつ見ても可愛らしいなと、ドロシーは思わず仏頂面のレベッカに笑顔をみせる。
「ウンコじゃないからな!」
そんな笑顔に誤解を抱いたレベッカは、不機嫌そうにして御者台からかろやかに飛び降りる。そのまま足音もいっさいたてずに、街道脇の雑木林へとひとり消えていった。
拓けた草原の世界から、薄暗く湿った空気が漂う野生の領域へと踏み込んだレベッカは、周囲を警戒しつつ、幌馬車がかろうじて見える距離の木の幹にしばし身を潜めた。
王都を出て、先ずは北西の位置にある〈ビオス山脈〉へ向かうために分かれ道を進んだあたりから、誰かにつけられている気がしていた。
これまでも数名の旅人や商人の一団とすれ違いはしたが、それらとはまた別の誰かが、自分たちを尾行しているようで仕方がない。
もうすぐ夜になる。
戦闘になれば、幌馬車は大きなただの的だ。
少しでも相手の情報が欲しいレベッカは、こうして別行動をとればなにか得られるのではと思ってみたのだが、通ってきた道やこれからの行く先にも人影はまったく無かった。
「スゥー……ふぅぅ……ま、いっか」
せっかくなので、レベッカはミニスカートの中の下着に手を添えて下ろしながら、その場にしゃがみ込む。振り返って尻尾を気にするも、なんとか地面には着かずに持ち上がっていた。
一安心したレベッカの大きな耳が、ぴょこんと跳ねるように動く。と、
──パチン!
足もとのせせらぎとは別に、枯れ枝を踏みつける音が、そう遠くはない距離で聞こえた。
(えっ……こんなときに、マジかよ!?)
謎の気配が近づいてくるのを感じながら、赤面するレベッカが丸められた背中にあるブロードソードをなんとか掴む。
相手の気配は、ひとつではなかった。
複数……盗賊か、あるいは獣の群れか、もしくは魔物。いずれにせよ、最悪のタイミングに変わりはない。
ガサガサ──!
近くの茂みを掻き分けて人影がついに現れる。
けれどもレベッカは、真っ最中で立ち上がれない。額には汗まで噴き出した。
「あ」
先に声を漏らしたのは、レベッカに気づいた少年だった。服装からして旅人のようではあるが、腰の剣帯に立派な剣を携えていた。
(子供? でも、こいつはたしか、病院でアリッサムを……)
見覚えがある顔を見上げていると、みるみるうちに少年は赤くなり、「ごめんなさい!」と叫びながら、茂みの奥へと走って戻っていった。
彼が追跡者だったのだろうか?
しかし、なぜここに?
それに気配はほかにもあったはずなのだが、今の騒ぎで消えてしまった。
「んー……ま、いっか」
揺れ動く茂みを見つめながら立ち上がったレベッカは、その場に土を無意識に足でかけてから幌馬車へと戻った。
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