プリンセスソードサーガ

黒巻雷鳴

文字の大きさ
上 下
47 / 68
第三章 ~ぶらり馬車の旅 死の大地・マータルス篇~

迷える姫君

しおりを挟む
 久しぶりに侍女の制服に着替え終えたドロシーは、ふくらはぎまであるスカート丈の長さに違和感を覚えていた。それに、腰まわりもスッキリとしていて心許こころもとない。
 どうにか武器を隠し持てないかなどと少女らしからぬ物騒な考えをめぐらせていると、私室の扉が独特の陽気なリズムで叩かれる。ハルだ。

「ドロシー、もう準備はできているのかしら?」
「はい、いつでもオッケーです」
「あのね、レベッカが体調を崩したみたいだから、今朝はひとりで先に姫さまのお部屋へ向かってちょうだい」
「えっ? はい、わかりました! あのう、レベッカさんの具合いって大丈夫なんですか?」

 そう言いながら扉を開けるが、ハルの姿はもうそこにはなかった。

「ええっ……移動するの、はやっ……」

 ドロシーはそのまま部屋を出て、シャーロット王女の住む別棟をめざして歩きはじめる。朝日が射し込む回廊からは、青空の下でいつもと変わらない王都の街並みが色あざやかに垣間見えた。つい先日の魔物たちの急襲が遠い昔のように感じられるほど、のどかなで平穏な光景だった。
 と、そのときだ。角笛つのぶえの音色と太鼓の重低音が轟いて早朝の新鮮な空気を震わせる。何事かと思い、石造りの枠から身を乗り出して眼下をのぞけば、王国騎士団〈鋼鉄の鷲〉が編隊を組んで出陣しようとしているところだった。

(あれ? 王都中の魔物は、全部やっつけたって聞いていたのに。あんなに大勢で、どこへなにしに行くんだろう?)

 唇を尖らせて行進をしばらく眺めていたドロシーは、かかとから勢いよく着地して履いているローファーの光沢をしばらく見つめる。
 やっぱりこの服装は戦闘に不向きな装いだなと改めて考えてから、まわりに誰もいないことを確認すると、スカートの裾を両手でひょいと摘まみ上げ、シャーロット王女の私室まで続く長い回廊を一気に駆けだした。


     *


 一方その頃のシャーロット王女は、あれから着替えずに〝騎士団長アシュリン〟として私室で過ごしていた。もちろん、優雅な一時ひとときなどではなく、殺伐とした表情で室内をうろつきながら。
 父王救出のため王国騎士団は出撃したが、〈天使の牙〉は活動休止状態である。なぜなら、冒険の旅路は結果的に自分の体調不良で振り出しに戻ってしまったからだ。
 どんなに綿密な計画を立てても、当の本人が足枷になるのではまるで話しにならない。持病がなによりも最大の問題点である。今後もまた同じような理由で、冒険の旅が頓挫してしまう可能性は大いに高い。
 うら若き騎士団長は、孤独に運命と闘っていた。
 アシュリンは、モヤモヤとした感情を押し殺すように唇を噛みしめる。

(おのれ……いったい、どうすればよいのだ……)

 ふと、花喰い鳥をあしらった愛らしい置き時計を見る。答えをうまく導きだせないまま、起床時間が差し迫っていた。そろそろ侍女たちが──いや、〝団員たち〟が姿を現す頃だ。
 できることであるならば、顔をあわせてすぐに「出発の準備を急げ!」と声をかけたいのだが、現状ではとてもそんなことなど無理だった。泣きだしてしまいそうなくらいに追い込まれたアシュリンが深いため息をつくと、扉が静かにノックされた。

「姫さま、ドロシーでございます。お目覚めでしょうか?」
「…………入ってくれ」

 その口調ですべてを察したドロシーは、ゆっくりと扉を開けてなかの様子をうかがう。やはり勘は当たっていて、神妙な面持ちの騎士団長・・・・が部屋の中央で待ち構えていた。
 アシュリンは内心、どう思われているのか不安ではあったのだが──冒険のことや、これからのことを──一方のドロシーはと言えば、とても喜んで感激していた。姫君の変わらない志しを誇りに思い、ゆるされるならば抱きつきたいくらいに嬉しかった。

「失礼いたします」

 うしろ手に扉を閉めたドロシーは、もはやこらえきれず、はつらつな笑顔を我らが騎士団長に向けた。予想もしていなかった反応に、アシュリンの涙腺は一瞬にして崩壊する。そして次の瞬間──。

「えっ……ひ、姫さま!?」

 思わず駆け寄り、ドロシーを抱きしめていた。

「すまない……わたしが不甲斐ないばかりに。病院でのことは、ハルから聞いた。すまない……本当にすまない。ゆるしてくれ、ドロシー」
「そ……そんな、姫さま! 姫さまが謝られることなんてありません! アレは、その……わたしがちょっと、その……う~ん、なんて言えばいいんだろ……凹んでたと言いますでしょうか……あははははは……」
「そんな気持ちにさせてしまったのも、わたしがすべて悪いんだ。ドロシー……こんな頼りない騎士団長でも、また一緒に旅へ出てくれるか?」
「もちろんですよ、姫……アシュリン団長!」

 アシュリンは密着していた身体をゆっくりと離すと、涙ぐみながら「ありがとう」と微笑んだ。
 ドロシーもそんなアシュリンの様子に心を打たれ、涙をにじませて笑顔を返す。
 やがて王女の私室に、ふたりのころころと笑う声が響いた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

転移少女百合魔界~魔界へ転移した彩花とクリスティア、そこには女の子しかいない新たなる世界~

小鳥遊凛音
ファンタジー
ごく普通の女子高校生の黒澤 彩花 (くろさわ あやか)、そしてとある小さな国のお姫様であるクリスティア=カーマイオーネ。 クリスティアは自身の国が魔族によって滅ぼされてしまいそうになった時、日本にいる対魔師と呼ばれる存在を知り対魔師である黒澤 鷹人に協力を要請した。 それ以来お互いの親睦が深まりクリスティアは自身の要望もあり、日本で対魔師の事について勉強も兼ね留学して来た。鷹人のフィアンセの舞花も対魔師をしていたがその間に生まれた娘である彩花と共に同じクラスに在籍し、日本では黒澤家に厄介になっていた。 ある日、同じクラスで学校内の情報屋と呼ばれる新聞部の羽井賀 聖(はいが ひじり)に学園7不思議には8つ目の不思議が存在している事を耳にする。 その8つ目の不思議とは、学園の3階の階段フロアで深夜0時になると階段が出現し4階が存在すると言うもの・・・ それを聴いた彩花は冗談話だろうと笑いながら話を流していた。 一方クリスティアは、何かが引っ掛かっていた。 それは、自身の国を魔族たちに滅ぼされようとしていた為であった。 ひょっとするとその階段の上には魔界へ繋がるゲートの様なものが存在していたのだろうか? その様にクリスティアが真剣に考えていると、帰宅後、彩花から昼間学校で笑い飛ばしていたとは考えられない様な発言を口にする。 彩花もまた、階段の存在は事実では無いかと・・・ その日の真夜中、ふたりは確認すべく学校の3階の階段のあるフロアで確かめてみることに・・・実際に0時になり何事も無いと確信を持ったクリスティアが彩花に「帰ろう」と申し出ようとしたその時だった!?・・・ 眩しい光が現れると同時に4階へと進む為の階段が目の前に現れふたりは早速昇って行く事に・・・そしてゲートが存在していた為進んで行く事にしたふたりだったが・・・

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

処理中です...