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第三章 ~ぶらり馬車の旅 死の大地・マータルス篇~
挿話 月夜の専属使用人
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クラウザー城の裏門近くにある切妻屋根の厩舎では、王族の軍馬や乗用馬が三十頭ほど飼育されている。なかには、豪邸のひとつやふたつ買えるほどの価値ある名馬もめずらしくはない。
少女騎士団を果てしない旅へと牽引する予定だったシルバー号が旧友たちと眠りについた頃、老齢の世話係も大あくびをひとつして左右に連なる馬房を眺めながら立ち去っていった。
今宵は、満月夜。
その脇にひっそりと停められていた幌付きの荷台が、月明かりを浴びて雪のように白い輝きを静かに放つ。荷台の中をのぞいてみれば、毛布にくるまり胎児のような姿勢で横たわるアリッサムが、なにやら息苦しそうにして身体を震わせているではないか。
いや……正確には、快楽に耽っていた。
──全裸で。
「スー、ハァ……スー、ハァァァ……スー、ハァ……スー、ハァァァ……」
鼻に押しあてているのは、〈天使の牙〉で着用が義務付けられている純白の下着。それは洗濯物として出されたドロシーの物で、掛けている毛布も彼女が使っていた物だった。おのれの性欲を満たすために愛でる所有者の順番はローテーションで決められているらしく、どうやら此度はドロシーのようである。
(ああ……ドロシーさま……ドロシーさまっ!)
思い描くのは、ドロシーのはつらつとした笑顔に揺れる腰つき、それと何気なく交わした会話の数々。身近な人間をこうして脳内で犯す背徳感が最高にたまらない。
荒い呼吸に同調して、股間をまさぐる指の動きが淫猥な旋律を奏でながら速まっていく。
側坐核で生まれた膨大な快楽の電流が、絶え間なく脊髄を伝わり全身へと供給され続けていた。
オルガズムの時は近い。
指先の速度も加速する。
「──んっ! あっ……あっ……ああ……アッ♡」
高みに昇りつめたアリッサムが今宵数度目の絶頂に達しようとした、まさにそのとき。幌馬車の荷台に人の気配が近づいて来る。足音から察するに、ひとりだけのようだ。
「アリッサム、起きてるか? おれだよ……おれ……」
不意にかけられた少年の声が、一瞬でアリッサムを正気にさせる。
(えっ……どうしてリオンくんがここに?!)
肉欲に溺れていた細い指を勢いよく抜きとると、アリッサムは握り締めていたドロシーの下着で指先の体液を拭いながらそれをすばやく股に挟み、毛布を頭まで被った格好で起き上がる。
「あっ、う、うん! 起きてるよ! 起きてるから、ちょ、ちょっとそこで待っててっ!」
が、前のめりに倒れてしまい、盛大な物音と小さな悲鳴を上げた。
「おい!? 大丈夫かよアリッサム!?」
「へ……平気だから、こっちに来ないでっ!」
馬車内の騒ぎに慌てて中へ入ろうとしたリオンを、怒気に満ちたアリッサムの清らかで澄んだ大声がそれを制す。
やがて、四つん這いの姿でモソモソと蠢きながら、頬を赤らめたアリッサムが御者台から顔を出した。
「顔が赤いけど、熱でもあるのか? それにその汗……やっぱり……ごめん」
そう言ってリオンが深々と頭を下げるので、心当たりがまるでないアリッサムは、困惑してしまう。
そもそも、いったいこんな真夜中に、なんのようだろう?
汗で張り付いた前髪を手櫛でサッと直すと、心配そうな顔を向けるリオンに笑いかける。
「えっ? どうして謝ってるの? これはその……ちょっとハイキックの練習をしていて汗を流していただけだから、全然気にしないでいいよ!」
「おれが力不足なばっかりに、あんな怖い目にあわせちまって……本当にごめん……すまない」
「あ……」
脳裏に醜い魔物たちに襲われた恐怖の記憶が鮮明によみがえりはじめ、悦楽に火照っていた身体から熱気が瞬時に冷めていくのを感じたアリッサムは、無意識に毛布を強く握り締めていた。
「そんな、謝ることなんか……むしろ、リオンくんは助けてくれたんだし……わたしのほうこそ、命の恩人に御礼をまだ言ってなかったよね」
個人的な諸事情により、これ以上近づけないアリッサムは、手招きをしてリオンを呼び寄せる。落ち込んだ様子のまま、リオンもそれに応えて少しずつ歩み寄った。
「……あっ!」
伸ばされたアリッサムの手が、リオンの頭を優しく何度も撫でる。
「どうもありがとう、わたしだけの騎士さま」
月夜に照らされて、より美しくきらめく碧眼が、笑顔のなかでさらに輝いていた。
アリッサムのその振るまいと言葉の真意は、まだ小姓である未来の騎士に対しての敬意と感謝のあらわれであったのだが、もちろん、年下の純朴な少年には伝わるはずもなく、それを〝愛の告白〟と解釈して届けられてしまった。
「──!」
「えっ? ちょ、ちょっと……リオンくん!?」
一気に顔を真っ赤に染めたリオンは、別れの言葉も無しに脱兎の如くその場から走り去っていってしまった。
残されたアリッサムは、ふたたび手櫛で髪型を整え直すと、荷台の出入り口のカーテンをしっかりと閉めて秘密のひとり遊びを再開した。
少女騎士団を果てしない旅へと牽引する予定だったシルバー号が旧友たちと眠りについた頃、老齢の世話係も大あくびをひとつして左右に連なる馬房を眺めながら立ち去っていった。
今宵は、満月夜。
その脇にひっそりと停められていた幌付きの荷台が、月明かりを浴びて雪のように白い輝きを静かに放つ。荷台の中をのぞいてみれば、毛布にくるまり胎児のような姿勢で横たわるアリッサムが、なにやら息苦しそうにして身体を震わせているではないか。
いや……正確には、快楽に耽っていた。
──全裸で。
「スー、ハァ……スー、ハァァァ……スー、ハァ……スー、ハァァァ……」
鼻に押しあてているのは、〈天使の牙〉で着用が義務付けられている純白の下着。それは洗濯物として出されたドロシーの物で、掛けている毛布も彼女が使っていた物だった。おのれの性欲を満たすために愛でる所有者の順番はローテーションで決められているらしく、どうやら此度はドロシーのようである。
(ああ……ドロシーさま……ドロシーさまっ!)
思い描くのは、ドロシーのはつらつとした笑顔に揺れる腰つき、それと何気なく交わした会話の数々。身近な人間をこうして脳内で犯す背徳感が最高にたまらない。
荒い呼吸に同調して、股間をまさぐる指の動きが淫猥な旋律を奏でながら速まっていく。
側坐核で生まれた膨大な快楽の電流が、絶え間なく脊髄を伝わり全身へと供給され続けていた。
オルガズムの時は近い。
指先の速度も加速する。
「──んっ! あっ……あっ……ああ……アッ♡」
高みに昇りつめたアリッサムが今宵数度目の絶頂に達しようとした、まさにそのとき。幌馬車の荷台に人の気配が近づいて来る。足音から察するに、ひとりだけのようだ。
「アリッサム、起きてるか? おれだよ……おれ……」
不意にかけられた少年の声が、一瞬でアリッサムを正気にさせる。
(えっ……どうしてリオンくんがここに?!)
肉欲に溺れていた細い指を勢いよく抜きとると、アリッサムは握り締めていたドロシーの下着で指先の体液を拭いながらそれをすばやく股に挟み、毛布を頭まで被った格好で起き上がる。
「あっ、う、うん! 起きてるよ! 起きてるから、ちょ、ちょっとそこで待っててっ!」
が、前のめりに倒れてしまい、盛大な物音と小さな悲鳴を上げた。
「おい!? 大丈夫かよアリッサム!?」
「へ……平気だから、こっちに来ないでっ!」
馬車内の騒ぎに慌てて中へ入ろうとしたリオンを、怒気に満ちたアリッサムの清らかで澄んだ大声がそれを制す。
やがて、四つん這いの姿でモソモソと蠢きながら、頬を赤らめたアリッサムが御者台から顔を出した。
「顔が赤いけど、熱でもあるのか? それにその汗……やっぱり……ごめん」
そう言ってリオンが深々と頭を下げるので、心当たりがまるでないアリッサムは、困惑してしまう。
そもそも、いったいこんな真夜中に、なんのようだろう?
汗で張り付いた前髪を手櫛でサッと直すと、心配そうな顔を向けるリオンに笑いかける。
「えっ? どうして謝ってるの? これはその……ちょっとハイキックの練習をしていて汗を流していただけだから、全然気にしないでいいよ!」
「おれが力不足なばっかりに、あんな怖い目にあわせちまって……本当にごめん……すまない」
「あ……」
脳裏に醜い魔物たちに襲われた恐怖の記憶が鮮明によみがえりはじめ、悦楽に火照っていた身体から熱気が瞬時に冷めていくのを感じたアリッサムは、無意識に毛布を強く握り締めていた。
「そんな、謝ることなんか……むしろ、リオンくんは助けてくれたんだし……わたしのほうこそ、命の恩人に御礼をまだ言ってなかったよね」
個人的な諸事情により、これ以上近づけないアリッサムは、手招きをしてリオンを呼び寄せる。落ち込んだ様子のまま、リオンもそれに応えて少しずつ歩み寄った。
「……あっ!」
伸ばされたアリッサムの手が、リオンの頭を優しく何度も撫でる。
「どうもありがとう、わたしだけの騎士さま」
月夜に照らされて、より美しくきらめく碧眼が、笑顔のなかでさらに輝いていた。
アリッサムのその振るまいと言葉の真意は、まだ小姓である未来の騎士に対しての敬意と感謝のあらわれであったのだが、もちろん、年下の純朴な少年には伝わるはずもなく、それを〝愛の告白〟と解釈して届けられてしまった。
「──!」
「えっ? ちょ、ちょっと……リオンくん!?」
一気に顔を真っ赤に染めたリオンは、別れの言葉も無しに脱兎の如くその場から走り去っていってしまった。
残されたアリッサムは、ふたたび手櫛で髪型を整え直すと、荷台の出入り口のカーテンをしっかりと閉めて秘密のひとり遊びを再開した。
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