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第二章 ~ぶらり馬車の旅 リディアス国・王都篇~
我流の限界値
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レベッカが、一直線に向かって飛んでくるヨロイゴキブリをブロードソードで薙ぎ払うと、勢いをそのままに、くるりと回転して背後から襲いかかってきていたハダカネズミの長い尻尾を一撃でぶった斬る。
静止した軸足の太股にプリーツスカートの裾がふわりと落ちた頃、新たな殺気を感じたレベッカは、最後の投擲用ナイフを上着の内側からすばやく抜き取り、そちらへと身構える。
黒衣をまとった標的は、あの日と同じように短刀を握り締めて六メートルほど先に立っていた。
(アイツか……!)
ゆっくりと懐へナイフをしまい、ブロードソードを利き手に持ち替える。
しっかりとこの手で奴の肉を斬り裂く感触を、骨を砕く音を、間近で体感しなければ気がすまない。
それは、復讐心が産み出した狂暴な感情なのか、それとも──右太股の傷口が熱を帯びて疼きはじめる。
「レベッカ・オーフレイム!」
ソンドレに大声で名前を呼ばれる。
「なんだよクソ野郎!」
無表情のレベッカも、大声でそれに答えた。
「ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ! まだ人として元気だな。だが、それもこれまで。バルカイン様の贄として、今度こそおまえは生命を捧げるのだ!」
ソンドレが蜃気楼のように徐々に揺らぎながら姿を消す。
錯覚ではない。たしかに消えたのだ。
「!? クッ──そこかッ!」
魔像の刃が、レベッカの脇腹を突き刺す寸前でブロードソードに弾かれる。
と、同時に、ふたたびソンドレが消えた。
瞬間移動。
異形の大神官が使うそれは、超古代の秘術だった。
「ハッ! ふん! クソッ!」
次々と消えては現れる黒衣の襲撃者。
このままでは、らちが明かない。いつか体力が尽きて、凶刃に倒れるのは時間の問題だろう。
レベッカは焦った。
ソンドレの太刀筋は素人そのもの。だが、瞬時に消える敵を一撃で仕留めるにはどうしても決定打に欠けてしまう。
オーフレイム家は騎士の一族ではあるが、末娘のレベッカは剣技を正統に受け継いでいないため、剣技は我流と言える程度の荒削りな技術だった。
自分の剣術に限界を感じたレベッカは見るからに苛立ち、正確無比だった手もとにも乱れが生じる。
「くっ!」
キィィィィィィィィィィィン!
危うく傷つけられそうになり、視線がその刃にだけそそがれた直後、ソンドレの平手がレベッカの右太股の傷痕に叩きつけられた。
「なッ──ひいんッ?!」
仔犬のような鳴き声をあげて身体を大きく仰け反らせたレベッカが、両膝から無様に崩れ落ちる。
「フッ、〝変化の神像〟からは何人も逃れられはしない。仮に仕留め損ねたとしても、こうして〝法悦の烙印〟がおまえを縛るのだ」
「あっ……ああ……ん、ううっ……」
頬を紅く染めて涙もにじませたレベッカが、ソンドレの足もとで終わりなき快感の絶頂に身をよじらせてもがき苦しむ。
こんな状態になる理由はわからないが、すべてはこの右太股にある傷と仇敵の仕業であることは確かだった。
「く……クソッたれ……殺す……絶対に殺して……や、るぅ……!」
「ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ! 英雄レオンハルト・オーフレイムよ、今からおまえの子孫を我らの神に捧げるぞッッッ!」
邪悪な刃を両手に握り直したソンドレが、不気味な笑みを浮かべてレベッカの心臓に狙いを定める。
そして──。
夕焼けの空が、日没を前にして暗くなった。
「うわッ!? ムグムグ……」
顔に被さった黒衣をなんとか払おうとするも、まだ力が戻らないレベッカは、指先が触れるだけで精一杯だった。
「大丈夫か、騎士殿?」
野太い声の持ち主が、代わりに漆黒のローブを剥ぎ取る。ひらけた視界には、重装備の騎士が面頬を上げて横たわる自分をのぞき込んでいた。
「その鎧……おまえ、王国騎士団か……」
「ギリギリ間に合ったな。もっとも、あの野郎は煙みたいにどこかへ消えちまったが」
ソンドレが刃を振り下ろしたまさにそのとき、弓兵が放ったクロスボウの矢が猛スピードで黒衣の背中をたしかに貫いた──はずなのだが、摩訶不思議なことに、ローブだけが残されて本体は消え失せてしまったのだ。
重騎士に「立てるか?」と手を差し出されたレベッカは、なんとか力を振り絞って相手の籠手を握る。
「ベン・ロイドだ」
名乗りながらレベッカをひょいと引き上げ、肩も借そうとするベンではあったが「そこまでは必要ない」と、素っ気なく断られた。
「あたしは……レベッカだ。ベン、現状はどうなっている?」
非礼と知りつつ、家族名を教えずに戦況を訊ねる。
頬はまだ火照り、身体も芯まで熱い。オーフレイムの名を出せばそこから必然的に話が長くなってしまうので、その面倒を避けたかったからだ。
「今のところ、魔物どもを制圧できてはいるが、いかんせん数が多くてな。〈鋼鉄の鷲〉と憲兵だけでは、全滅させるまでに被害がさらに大きくなるだろう」
街角では、馬に跨がる騎兵が飛びかかってきたヨロイゴキブリを長槍で返り討ちにし、続けざまに地面を這うもう一匹も突き殺す様子が見えた。そのそばでも、数名の軽装歩兵が取り囲んだハダカネズミに掛け声を上げながら一斉に斬りかかる。
「そうか……ゴホッ、ブッ、うっ──!」
突然苦しみだして嘔吐するレベッカ。
前のめりに倒れそうになったのを、ベンが慌てて抱きつくようにして支える。
「うおっ、おい!? 大丈夫かよ!」
「すまない……昼飯を……食べ過ぎただけだ」
「そんなふうには見えんけどな。無理するなって……あらよっ!」
「お、おい! よせ、やめろ! ひとりで歩ける!」
「ガッハッハッハ! 遠慮は無用!」
嫌がって暴れるレベッカを横抱きにして軽々と持ち上げたベンは、豪快に笑いながら歩兵たちを従えて近くの病院まで少女騎士を運んでいった。
静止した軸足の太股にプリーツスカートの裾がふわりと落ちた頃、新たな殺気を感じたレベッカは、最後の投擲用ナイフを上着の内側からすばやく抜き取り、そちらへと身構える。
黒衣をまとった標的は、あの日と同じように短刀を握り締めて六メートルほど先に立っていた。
(アイツか……!)
ゆっくりと懐へナイフをしまい、ブロードソードを利き手に持ち替える。
しっかりとこの手で奴の肉を斬り裂く感触を、骨を砕く音を、間近で体感しなければ気がすまない。
それは、復讐心が産み出した狂暴な感情なのか、それとも──右太股の傷口が熱を帯びて疼きはじめる。
「レベッカ・オーフレイム!」
ソンドレに大声で名前を呼ばれる。
「なんだよクソ野郎!」
無表情のレベッカも、大声でそれに答えた。
「ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ! まだ人として元気だな。だが、それもこれまで。バルカイン様の贄として、今度こそおまえは生命を捧げるのだ!」
ソンドレが蜃気楼のように徐々に揺らぎながら姿を消す。
錯覚ではない。たしかに消えたのだ。
「!? クッ──そこかッ!」
魔像の刃が、レベッカの脇腹を突き刺す寸前でブロードソードに弾かれる。
と、同時に、ふたたびソンドレが消えた。
瞬間移動。
異形の大神官が使うそれは、超古代の秘術だった。
「ハッ! ふん! クソッ!」
次々と消えては現れる黒衣の襲撃者。
このままでは、らちが明かない。いつか体力が尽きて、凶刃に倒れるのは時間の問題だろう。
レベッカは焦った。
ソンドレの太刀筋は素人そのもの。だが、瞬時に消える敵を一撃で仕留めるにはどうしても決定打に欠けてしまう。
オーフレイム家は騎士の一族ではあるが、末娘のレベッカは剣技を正統に受け継いでいないため、剣技は我流と言える程度の荒削りな技術だった。
自分の剣術に限界を感じたレベッカは見るからに苛立ち、正確無比だった手もとにも乱れが生じる。
「くっ!」
キィィィィィィィィィィィン!
危うく傷つけられそうになり、視線がその刃にだけそそがれた直後、ソンドレの平手がレベッカの右太股の傷痕に叩きつけられた。
「なッ──ひいんッ?!」
仔犬のような鳴き声をあげて身体を大きく仰け反らせたレベッカが、両膝から無様に崩れ落ちる。
「フッ、〝変化の神像〟からは何人も逃れられはしない。仮に仕留め損ねたとしても、こうして〝法悦の烙印〟がおまえを縛るのだ」
「あっ……ああ……ん、ううっ……」
頬を紅く染めて涙もにじませたレベッカが、ソンドレの足もとで終わりなき快感の絶頂に身をよじらせてもがき苦しむ。
こんな状態になる理由はわからないが、すべてはこの右太股にある傷と仇敵の仕業であることは確かだった。
「く……クソッたれ……殺す……絶対に殺して……や、るぅ……!」
「ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ! 英雄レオンハルト・オーフレイムよ、今からおまえの子孫を我らの神に捧げるぞッッッ!」
邪悪な刃を両手に握り直したソンドレが、不気味な笑みを浮かべてレベッカの心臓に狙いを定める。
そして──。
夕焼けの空が、日没を前にして暗くなった。
「うわッ!? ムグムグ……」
顔に被さった黒衣をなんとか払おうとするも、まだ力が戻らないレベッカは、指先が触れるだけで精一杯だった。
「大丈夫か、騎士殿?」
野太い声の持ち主が、代わりに漆黒のローブを剥ぎ取る。ひらけた視界には、重装備の騎士が面頬を上げて横たわる自分をのぞき込んでいた。
「その鎧……おまえ、王国騎士団か……」
「ギリギリ間に合ったな。もっとも、あの野郎は煙みたいにどこかへ消えちまったが」
ソンドレが刃を振り下ろしたまさにそのとき、弓兵が放ったクロスボウの矢が猛スピードで黒衣の背中をたしかに貫いた──はずなのだが、摩訶不思議なことに、ローブだけが残されて本体は消え失せてしまったのだ。
重騎士に「立てるか?」と手を差し出されたレベッカは、なんとか力を振り絞って相手の籠手を握る。
「ベン・ロイドだ」
名乗りながらレベッカをひょいと引き上げ、肩も借そうとするベンではあったが「そこまでは必要ない」と、素っ気なく断られた。
「あたしは……レベッカだ。ベン、現状はどうなっている?」
非礼と知りつつ、家族名を教えずに戦況を訊ねる。
頬はまだ火照り、身体も芯まで熱い。オーフレイムの名を出せばそこから必然的に話が長くなってしまうので、その面倒を避けたかったからだ。
「今のところ、魔物どもを制圧できてはいるが、いかんせん数が多くてな。〈鋼鉄の鷲〉と憲兵だけでは、全滅させるまでに被害がさらに大きくなるだろう」
街角では、馬に跨がる騎兵が飛びかかってきたヨロイゴキブリを長槍で返り討ちにし、続けざまに地面を這うもう一匹も突き殺す様子が見えた。そのそばでも、数名の軽装歩兵が取り囲んだハダカネズミに掛け声を上げながら一斉に斬りかかる。
「そうか……ゴホッ、ブッ、うっ──!」
突然苦しみだして嘔吐するレベッカ。
前のめりに倒れそうになったのを、ベンが慌てて抱きつくようにして支える。
「うおっ、おい!? 大丈夫かよ!」
「すまない……昼飯を……食べ過ぎただけだ」
「そんなふうには見えんけどな。無理するなって……あらよっ!」
「お、おい! よせ、やめろ! ひとりで歩ける!」
「ガッハッハッハ! 遠慮は無用!」
嫌がって暴れるレベッカを横抱きにして軽々と持ち上げたベンは、豪快に笑いながら歩兵たちを従えて近くの病院まで少女騎士を運んでいった。
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