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第二章 ~ぶらり馬車の旅 リディアス国・王都篇~
雷解きのサエッタ
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「きゃああああああああああ!? 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理! 生理的に無理だってばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!」
地面で不気味に蠢くヨロイゴキブリの大群を見て絶叫するアリッサムをかばいながら、リオンはレイピアを巧みに操り、立ちふさがるハダカネズミを勇敢に撃退してみせる。
従卒はまだしていないが、騎士たちの鍛練の様子を盗み見たり、特別にロイドから格闘術を教えてもらっていたので腕には多少の自信があった。
「なあアリッサム、頼むから静かにしてくれないか!? おれの鼓膜が破けちまうよ!」
「だってぇぇぇ……ギャー!? 飛んできたぁぁぁぁぁぁぁ!」
「あっ、よせって──」
アリッサムが背後から抱きついた拍子にリオンは体勢を崩し、ふたりは勢いよく地面に転がってしまう。
「キシャァァァァァァァ!」
ヨロイゴキブリはその隙を逃さなかった。
先ずはリオンの顔に飛びつき、すかさずニ匹目が武器を持つ右手に噛みついたのだ。
「うわぐ、痛てっ!」
そばで横たわるアリッサムにも、ヨロイゴキブリは容赦なく群がっていく。あっという間にふたりの姿は、赤茶色の蟲に埋もれて見えなくなってしまった。
「嫌あああぁぁああぁぁぁ! 助けてよ、リオンくん! 早く助けてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「畜生……手が……身体が動かねぇ……アリッサム、いま助けるからなッ!」
だが、その声にもはや返事はない。
アリッサムの恐怖心と嫌悪感が絶頂に達してしまい、気を失ったからだ。
「このゴキブリどもめ……どけぇぇぇぇぇ!」
リオンは、なんとか左手のこぶしで自分の顔に張り付くヨロイゴキブリを殴るも、金属のような固さで逆に手を痛めた。
(このままじゃ、おれたち殺されちまう!)
一瞬、リオンの脳裏に伝説の勇者が浮かんだ。
彼が騎士を志したきっかけは、勇者への強い憧れからだった。このような窮地を勇者ならばどう切り抜けるのだろうか──リオンは必死に考えをめぐらせ、答えにたどり着く。
「キシャピッ!?」
顔面に張り付いていた赤茶色の塊が、うしろに跳ねてひっくり返る。
横たわったままのリオンの唇は、緑の体液にまみれていた。
ヨロイゴキブリの背中部分は鎧のように固いが、その反面、腹部はとてもやわらかく、容易に噛みちぎることができた。
「アリッサム!」
なんとか自由になれた顔をとなりに向ける。大量に蠢くヨロイゴキブリのあいだから、メイド少女の細い指がほんのわずかだけ見えた。
「クソッ、クソッ、クソッ!」
邪悪な蟲の群れは重くのし掛かり、少年勇者を拘束し続ける。リオンの実力では、これ以上の抵抗は不可能だった。
「うあああああああああああッ!!」
咆哮と悔し涙が同時にあふれ出たその瞬間、リオンの全身に電気が走る。それは比喩的な意味ではなく、実際に弱い電流が駆け抜けたのだ。
なぜかあたりには、魔物の焼け焦げた異臭が漂いはじめる。
リオンが半身を起こすと、ポロポロと呆気なくヨロイゴキブリが剥がれ落ちた。
「キミがセクシーな声で鳴き声を上げるから、お姉さん思わず助けてあげちゃったわよ」
突然話しかけられたリオンは、声のしたほうへ顔を向ける。下半身が前垂れの白装束に身を包む、耳が長く尖った浅黒い肌の女が笑いかけていた。
「あ……あなたが助けてくれたんですか?」
そう言ってすぐに、なにかを思い出した様子のリオンは、となりの黒焦げの塊を急いで掻き分ける。その中から現れたのは、目を閉じたまま横たわるアリッサムだ。
「アリッサム、しっかりしろ!」
かすり傷は見受けられたが、とくに目立つような出血も怪我もしていなかった。リオンは、大きな安堵のため息をひとつ漏らす。
「あら? 彼女持ちかぁー。ざーんねん、助けて損しちゃった」
それは冗談なのか、それとも本心なのか。いずれにせよ、眉間に立て皺を寄せた表情には、濃い落胆の色がうかがえた。
「助けていただき、ありがとうございました。さっきのは魔法ですか?」
きびすを返そうとした女は、途中でそれをやめて視線をふたたびリオンに戻す。白装束のお尻部分は剥出しで、同じ純白生地のTバックを穿いていた。
「ええ、そうよ。あたしが使うのは精霊魔法。雷の、ね」
「あの、おれはリオンて言います。こっちで寝てるのは、アリッサム。お願いです! その力で魔物たちをやっつける手伝いをしてください!」
「……んー、それはあたしの仕事じゃないし、できない相談かな。別のお手伝いなら、特別にしてあげてもいいんだけどねー」
女の視線はリオンの股間に向けられていた。けれども、純朴な少年にはその意図がわからない。
「そう……ですか」
哀しみをみせた瞳に、蟲たちの死骸が映しだされる。
「あ、あの!」
急にリオンは、声を上げた。
「せめて、命の恩人の名前を教えてください!」
「え? あたしの名前? やだー、もう! そんな仔犬みたいな目で見つめられたら、なにも断れないじゃな~い♪」
そう言いながら女は、上機嫌なのか紅く染めた頬に両手を添えて腰を左右にくねらせる。
「……あたしの名前はサエッタ。雷解きのサエッタよ」
サエッタは「じゃあね」とつぶやいて広げた右手の指先をリズミカルに揺らしたかと思えば、一瞬にしてその姿を何処かへと消した。
地面で不気味に蠢くヨロイゴキブリの大群を見て絶叫するアリッサムをかばいながら、リオンはレイピアを巧みに操り、立ちふさがるハダカネズミを勇敢に撃退してみせる。
従卒はまだしていないが、騎士たちの鍛練の様子を盗み見たり、特別にロイドから格闘術を教えてもらっていたので腕には多少の自信があった。
「なあアリッサム、頼むから静かにしてくれないか!? おれの鼓膜が破けちまうよ!」
「だってぇぇぇ……ギャー!? 飛んできたぁぁぁぁぁぁぁ!」
「あっ、よせって──」
アリッサムが背後から抱きついた拍子にリオンは体勢を崩し、ふたりは勢いよく地面に転がってしまう。
「キシャァァァァァァァ!」
ヨロイゴキブリはその隙を逃さなかった。
先ずはリオンの顔に飛びつき、すかさずニ匹目が武器を持つ右手に噛みついたのだ。
「うわぐ、痛てっ!」
そばで横たわるアリッサムにも、ヨロイゴキブリは容赦なく群がっていく。あっという間にふたりの姿は、赤茶色の蟲に埋もれて見えなくなってしまった。
「嫌あああぁぁああぁぁぁ! 助けてよ、リオンくん! 早く助けてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「畜生……手が……身体が動かねぇ……アリッサム、いま助けるからなッ!」
だが、その声にもはや返事はない。
アリッサムの恐怖心と嫌悪感が絶頂に達してしまい、気を失ったからだ。
「このゴキブリどもめ……どけぇぇぇぇぇ!」
リオンは、なんとか左手のこぶしで自分の顔に張り付くヨロイゴキブリを殴るも、金属のような固さで逆に手を痛めた。
(このままじゃ、おれたち殺されちまう!)
一瞬、リオンの脳裏に伝説の勇者が浮かんだ。
彼が騎士を志したきっかけは、勇者への強い憧れからだった。このような窮地を勇者ならばどう切り抜けるのだろうか──リオンは必死に考えをめぐらせ、答えにたどり着く。
「キシャピッ!?」
顔面に張り付いていた赤茶色の塊が、うしろに跳ねてひっくり返る。
横たわったままのリオンの唇は、緑の体液にまみれていた。
ヨロイゴキブリの背中部分は鎧のように固いが、その反面、腹部はとてもやわらかく、容易に噛みちぎることができた。
「アリッサム!」
なんとか自由になれた顔をとなりに向ける。大量に蠢くヨロイゴキブリのあいだから、メイド少女の細い指がほんのわずかだけ見えた。
「クソッ、クソッ、クソッ!」
邪悪な蟲の群れは重くのし掛かり、少年勇者を拘束し続ける。リオンの実力では、これ以上の抵抗は不可能だった。
「うあああああああああああッ!!」
咆哮と悔し涙が同時にあふれ出たその瞬間、リオンの全身に電気が走る。それは比喩的な意味ではなく、実際に弱い電流が駆け抜けたのだ。
なぜかあたりには、魔物の焼け焦げた異臭が漂いはじめる。
リオンが半身を起こすと、ポロポロと呆気なくヨロイゴキブリが剥がれ落ちた。
「キミがセクシーな声で鳴き声を上げるから、お姉さん思わず助けてあげちゃったわよ」
突然話しかけられたリオンは、声のしたほうへ顔を向ける。下半身が前垂れの白装束に身を包む、耳が長く尖った浅黒い肌の女が笑いかけていた。
「あ……あなたが助けてくれたんですか?」
そう言ってすぐに、なにかを思い出した様子のリオンは、となりの黒焦げの塊を急いで掻き分ける。その中から現れたのは、目を閉じたまま横たわるアリッサムだ。
「アリッサム、しっかりしろ!」
かすり傷は見受けられたが、とくに目立つような出血も怪我もしていなかった。リオンは、大きな安堵のため息をひとつ漏らす。
「あら? 彼女持ちかぁー。ざーんねん、助けて損しちゃった」
それは冗談なのか、それとも本心なのか。いずれにせよ、眉間に立て皺を寄せた表情には、濃い落胆の色がうかがえた。
「助けていただき、ありがとうございました。さっきのは魔法ですか?」
きびすを返そうとした女は、途中でそれをやめて視線をふたたびリオンに戻す。白装束のお尻部分は剥出しで、同じ純白生地のTバックを穿いていた。
「ええ、そうよ。あたしが使うのは精霊魔法。雷の、ね」
「あの、おれはリオンて言います。こっちで寝てるのは、アリッサム。お願いです! その力で魔物たちをやっつける手伝いをしてください!」
「……んー、それはあたしの仕事じゃないし、できない相談かな。別のお手伝いなら、特別にしてあげてもいいんだけどねー」
女の視線はリオンの股間に向けられていた。けれども、純朴な少年にはその意図がわからない。
「そう……ですか」
哀しみをみせた瞳に、蟲たちの死骸が映しだされる。
「あ、あの!」
急にリオンは、声を上げた。
「せめて、命の恩人の名前を教えてください!」
「え? あたしの名前? やだー、もう! そんな仔犬みたいな目で見つめられたら、なにも断れないじゃな~い♪」
そう言いながら女は、上機嫌なのか紅く染めた頬に両手を添えて腰を左右にくねらせる。
「……あたしの名前はサエッタ。雷解きのサエッタよ」
サエッタは「じゃあね」とつぶやいて広げた右手の指先をリズミカルに揺らしたかと思えば、一瞬にしてその姿を何処かへと消した。
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