PRINCESS SWORD SAGA

黒巻雷鳴

文字の大きさ
上 下
32 / 68
第二章 ~ぶらり馬車の旅 リディアス国・王都篇~

出現、巨大スライム!

しおりを挟む
「ギィィィ!? ギャアアアアアアアアス!」

 侵入者を仕留めようと、縦横無尽に暴れまわっていた肌色の尻尾がブロードソードの鮮烈な一太刀で斬り落とされ、下水道の薄汚れた床に転げて跳ね飛ぶ。続けざまに脳天が真っ二つとなって、ハダカネズミは絶命した。
 レベッカの冷たい眼光が左から右へと移り、剣先を勢いよく縦に振るって鮮血を足もとへ飛ばす。
 これまで何匹ハダカネズミを殺したのか、ニ十匹を超えてから数えるのをやめたのでわからない。
 あたりが静寂の闇に還る。
 ランタンはもう、手もとには無かった。
 くしたわけでも汚水の川へ落としわけでもない。あかりに頼らずとも十分見えることに気づいたレベッカは、片手が必然的にふさがってしまう邪魔な存在を置いてきたのだ。
 その不可解な現象の理由に、心当たりはあった。
 この傷が──右太股につけられた傷が原因だろう、と。

ドブネズミですら・・・・・・・・ああなった・・・・・。人間はどう変わる・・・・・のかな……ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ!』

 あのときの言葉が脳裏によみがえり、ブロードソードを握る利き手に力と憎しみが強く込められる。

「もう出てこいよ。ネズミ退治にも飽きてきちまった。一緒に楽しいお喋りでもしないか?」

 レベッカは背中を向けたまま、ずっと自分をつけてきている気配に語りかける。
 しばらくすると、漆黒の闇を青白い輝きが急に照らし始め、人型の発光体がゆっくり近づいてきた。
 間近に迫ってきたその謎の人物は、軍帽と腕章、大きな丸縁眼鏡が特徴的な少女だった。ロセアである。

「……なんだ、バレてたのか。さすがはオーフレイムの血統」
「誰だ、おまえ?」
「フフン! 知らなくて当然だが、そこまで知りたいのなら特別に教えてやろう」

 目を閉じたロセアは、余裕の笑みをみせて眼鏡の位置を利き手の中指でただす。そして──。

「秘密戦隊」

 腕章の文字を見つめながら、口に出して読むレベッカ。

「ズコーッ!」

 それに応えるかのようにして、ロセアは盛大にずっこけた。
 秘密戦隊〈神撃〉……その名に聞き覚えがあった。リディアス国へ奉公に来る直前、次兄のブラッドがその隊員にどうかと、スカウトされたのだ。
 しかし、彼が入隊することはなかった。
 断ったわけではない。
 審査官に不適格と判断されたからである。

「アッハッハッハッハ!」

 レベッカは、楽しそうに笑った。純粋な思い出し笑いだ。

「わ、笑うなバカ!」

 立ち上がろうと四つん這いになっていたロセアが、自分を笑っていると誤解して眼鏡のずれた赤い顔を上げて怒鳴る。

「いや、これは違うから。ごめん、ごめん、謝るよ」

 ロセアに歩み寄り、笑顔を向けて手を差し出すレベッカ。思わぬかたちで有名人の子孫と触れられる結果となり、ロセアは心の中で〝ラッキー!〟と叫んだ。
 それから、改めて自己紹介をしたふたりは、ソンドレについても話をした。同じ敵を追っていると知ったレベッカは、お互いに共闘しないかと誘いをかける。

「えっ!? あっ……んー、オホン! そこまで頼まれては、仕方がないな」

 まさか、有名人の子孫と仲間になれるなんて──ロセアは心の中で〝よっしゃー!〟と叫んだ。

「ところで、あいつはこの下水道に今も潜んでるのかよ?」
「うむ、いい質問だな。きっとヤツは、もうここへは戻ってこないだろう。おそらく次の計画へと移ったはずだ」
「次の計画……か。ちなみに──」
「そこまでは知らん」

 遮られた言葉のあとはなにも続かず、ふたりの少女は、お互いに沈黙を守った。
 これ以上ここにいても全身が臭くなるだけだとレベッカが結論に達した頃、ロセアが全身から放っている青白い光が、彼女の頭上高くを屈折して反射させていることに気づく。
 それと同時に、その空間部分がうねるように伸びて軍帽にまで近づき、そのままロセアをすっぽりと包み込んだ。

「ロセア!」

 ニメートル以上はあろう巨大な半透明のスライムが、新しい仲間をいともたやすく飲み込んだ。レベッカは、これほどまでに大きなスライムを見たことがなかった。
 窒息死が先か、骨まで消化されるのが先か……いずれにせよ、急がねば死んでしまう。一刻も早く、捕らわれたロセアを傷つけずに巨大スライムを断ち斬らなければならない。

「うおおおおおおおッ!」

 ブロードソードが唸りをあげて、巨大スライムを縦に斬りつける。だが──。

 ムニュムニュ……ちゅるるん!

 傷口があっという間に塞がってしまった。ハダカネズミとは比べものにならない難敵の特殊な能力に、レベッカは歯を剥き出して怒りを露にする。

「クソッ!」

 飲み込まれたロセアも、先ほどからずっと溺れるようにもがいて電撃を放出させているのだが、この巨大スライムには効果がまるで無さそうだった。
 やがて、ロセアの青白い光が徐々に弱まっていく。それはまるで彼女の生命いのちの灯火のように思えてしまい、レベッカの心をさらに激しく掻き乱した。

畜生チクショウが! 今助けるからな、ロセア!」

 体内のロセアを傷つけてしまわないよう、絶妙な深さと角度で何度も斬りつけるレベッカではあったが、そのたびに巨大スライムは自己再生を繰り返して無傷の状態に戻ってしまう。
 そしてついに、下水道から光が消えた。

「ロセアァァァッッッ!」

 一瞬の出来事だった。
 強烈な閃光がロセアを中心に、闇の空間を真昼のように照らしだす。
 その刹那、巨大な単細胞の個体はプクプクと沸騰して湯気を放ちながら、一気に粉々になって四方八方へと弾け散った。

「うわっ──アチチチチッ!?」

 飛び散ってきた高温のゼリーを、レベッカはたまらず急いで払い落とす。襟巻きで顔を覆っていてよかったと、心底このときに思った。

「はっはっはっはっは! このぼくを飲み込むとは、なんて愚かな魔物ヤツなんだ!」

 勝ち誇った笑顔で腰に両手をあてるロセアの全身からは、燃えさかる松明たいまつのように青白いオーラが無尽蔵に湧き上がる。

「心配かけやがって……こいつ」
「助けてくれてありがとう、オーフレイム君」

 笑顔を真顔へすばやく変えたロセアは、感謝を込めて新しい仲間に挙手の敬礼をしてみせた。

「いや、あたしじゃ全然助けられなかったよ。お見事です、ロセア副隊長殿」

 レベッカも答礼で応えると、少女たちの明るい笑い声が、白煉瓦造りの暗い下水道の空間に吸い込まれていった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

デュランダル・ハーツ

創也慎介
ファンタジー
今は亡き師から“盗み”の技術を受け継ぎ、素性を隠しながらも“義賊”として活動する青年・リオンは、ある日、盗みに入った大富豪の邸宅にて、館の主が何者かに惨殺されている場面を発見する。 濡れ衣を着せられつつも脱出しようとするリオンだったが、その逃亡の果てに現れた一人の“女騎士”の存在が彼の運命を大きく変えていく。 城塞都市を守護する精鋭部隊『デュランダル』の一員にして、圧倒的実力を秘めた女性隊員・アテナは、なんとリオンの言葉をすべて信じ、彼を“富豪殺し”の真犯人を探すための協力者として招き入れる決断を下してしまう。 凛としていながらもどこか子供っぽいアテナと、彼女が率いる曲者揃いの精鋭集団たちに交じり、リオンは自身に濡れ衣を着せようとした真犯人を追い求め、奔走していく。 度重なる戦いの果てに待っていたのは、リオンの過去に深く根を生やした、ある一つのどす黒い“因果”であった。

サラリーマン、異世界で飯を食べる

ゆめのマタグラ
ファンタジー
異世界と日本を行ったり来たり、飯を食べるなら異世界で――。 なんの能力も無い、ただのサラリーマン「小田中 雄二郎」は今日も異世界へ飯を食べに行く。 そして異世界の住民もまた美味しい料理を食べることが大好きである。 女騎士と共に屋台でラーメンを食べ、海賊のお頭と一緒に回転寿司へと行き、魔王はなんか勝手に日本でカツ丼を食べている。 時には彼らと共に悩み、同じ鍋を囲み、事件に巻き込まれ、また新たな出会いが生まれる――。 そして小田中雄二郎は、今日も異世界で飯を食べるのだ。 ※「小説家になろう」「カクヨム」でも掲載中です。

恒久のリースペトラ~魔女は隻腕の剣士と出会う~

奈倉 蔡
ファンタジー
「お主は腕を治せる、我は魔力を確実に回復できる。ギブアンドテイクだ!」 腕を治したい剣士と魔力を回復したい魔女、二人の利害が一致したギブアンドテイクの関係。 しかし、そこに様々な目的を持つ者たちの意思が介入し……

女装令息と騎士令嬢

汐凪吟
恋愛
「ラウラ・マーティン侯爵令嬢って本当に女性なのかしら?騎士になんかなって......。血は争えないのかしら?親子共に野蛮だわ。魔法があるのだから剣なんか使う必要ないはずですのにね。」 私は令嬢ってガラじゃない。本当なら女騎士として生きていきたい。社交界なんか出たくない。剣と魔法を使いたい。戦いたい。父の影響で剣と魔法は何よりも身近なものだった。領地で、この国で生きていくために必要だったから磨いてきた。なのにその努力は報われない。周りには野蛮とか脳筋だとかいう人が多かった。でも一言言いたい。今頃騎士がいなかったらこの国はないから!父が功績を上げてしまったおかげ?で無事に子爵から侯爵に上がり苦しんでいます! この話はそんな女騎士と女装癖のせいで残念扱いされてる公爵子息のお話。    僕は可愛いものが好きだった。でも次期こうしゃく?だからって教育ばっかり。我慢する生活を強いられた。でもある時女性なのに騎士をやってる令嬢を見て理不尽な怒りが湧いてきたんだ。僕は我慢してるのに、自由なんかないのにって。周りに望まれるまま流されてきた僕とは違うって。 羨ましかったんだ。

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

死に戻り令嬢は婚約者を愛さない

まきお
恋愛
リアーナの最期の記憶は、婚約者によって胸を貫かれ殺されるという悲惨なものだった。 その記憶を持って過去に戻ってきた貴族令嬢のリアーナは、今生では決して婚約者からの愛を求めないことを心に誓う。 彼女が望むのは婚約者からの逃走と生存、そして失った矜持を取り戻すことだけだった。

謎の任務「なぜ私がこんな事を?」 女騎士 異世界キャバクラ勤務

 (笑)
恋愛
王国を守るために戦う若き騎士リーゼロッテは、謎の教団が古代の力を使い、世界に脅威をもたらそうとしていることを知る。仲間たちと共に彼女は教団の陰謀を阻止すべく、危険な冒険に身を投じるが、教団が企む真の目的は予想以上に恐ろしいものだった。数々の試練と戦いを乗り越えながら、リーゼロッテは自らの使命に立ち向かい、王国の未来を守るために奮闘する。

【完結】鋼の女騎士、はじめての領地経営で嫁に出会う

倉名まさ
ファンタジー
百合の華、異世界の小さな村に咲きほこる 騎士道小説をこよなく愛し、騎士への憧れが高じて宮廷騎士団に入隊した主人公、レイリア。 彼女は、小説の中のヒロインをマネして勇ましく振舞ううちに、いつしか“鋼鉄戦姫“とあだ名され、騎士団内で恐れられる存在となっていた。 レイリアはある時、王宮の宰相の陰謀で王都から遠く離れた田舎に左遷され、カナリオ村という小さな村の領主に任命されてしまう。 村人たちは内心レイリアのことを恐れながらも、表面上は彼女を領主として歓迎する。 ただ一人、美しい容姿の村娘、カレンだけは、レイリアに冷めたまなざしを向けていた。 ところが、村長の命令で、カレンはレイリアの世話係に任命され、ふたりは一緒に暮らすこととなる。

処理中です...