プリンセスソードサーガ

黒巻雷鳴

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第二章 ~ぶらり馬車の旅 リディアス国・王都篇~

出現、巨大スライム!

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「ギィィィ!? ギャアアアアアアアアス!」

 侵入者を仕留めようと、縦横無尽に暴れまわっていた肌色の尻尾がブロードソードの鮮烈な一太刀で斬り落とされ、下水道の薄汚れた床に転げて跳ね飛ぶ。続けざまに脳天が真っ二つとなって、ハダカネズミは絶命した。
 レベッカの冷たい眼光が左から右へと移り、剣先を勢いよく縦に振るって鮮血を足もとへ飛ばす。
 これまで何匹ハダカネズミを殺したのか、ニ十匹を超えてから数えるのをやめたのでわからない。
 あたりが静寂の闇に還る。
 ランタンはもう、手もとには無かった。
 くしたわけでも汚水の川へ落としわけでもない。あかりに頼らずとも十分見えることに気づいたレベッカは、片手が必然的にふさがってしまう邪魔な存在を置いてきたのだ。
 その不可解な現象の理由に、心当たりはあった。
 この傷が──右太股につけられた傷が原因だろう、と。

ドブネズミですら・・・・・・・・ああなった・・・・・。人間はどう変わる・・・・・のかな……ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ!』

 あのときの言葉が脳裏によみがえり、ブロードソードを握る利き手に力と憎しみが強く込められる。

「もう出てこいよ。ネズミ退治にも飽きてきちまった。一緒に楽しいお喋りでもしないか?」

 レベッカは背中を向けたまま、ずっと自分をつけてきている気配に語りかける。
 しばらくすると、漆黒の闇を青白い輝きが急に照らし始め、人型の発光体がゆっくり近づいてきた。
 間近に迫ってきたその謎の人物は、軍帽と腕章、大きな丸縁眼鏡が特徴的な少女だった。ロセアである。

「……なんだ、バレてたのか。さすがはオーフレイムの血統」
「誰だ、おまえ?」
「フフン! 知らなくて当然だが、そこまで知りたいのなら特別に教えてやろう」

 目を閉じたロセアは、余裕の笑みをみせて眼鏡の位置を利き手の中指でただす。そして──。

「秘密戦隊」

 腕章の文字を見つめながら、口に出して読むレベッカ。

「ズコーッ!」

 それに応えるかのようにして、ロセアは盛大にずっこけた。
 秘密戦隊〈神撃〉……その名に聞き覚えがあった。リディアス国へ奉公に来る直前、次兄のブラッドがその隊員にどうかと、スカウトされたのだ。
 しかし、彼が入隊することはなかった。
 断ったわけではない。
 審査官に不適格と判断されたからである。

「アッハッハッハッハ!」

 レベッカは、楽しそうに笑った。純粋な思い出し笑いだ。

「わ、笑うなバカ!」

 立ち上がろうと四つん這いになっていたロセアが、自分を笑っていると誤解して眼鏡のずれた赤い顔を上げて怒鳴る。

「いや、これは違うから。ごめん、ごめん、謝るよ」

 ロセアに歩み寄り、笑顔を向けて手を差し出すレベッカ。思わぬかたちで有名人の子孫と触れられる結果となり、ロセアは心の中で〝ラッキー!〟と叫んだ。
 それから、改めて自己紹介をしたふたりは、ソンドレについても話をした。同じ敵を追っていると知ったレベッカは、お互いに共闘しないかと誘いをかける。

「えっ!? あっ……んー、オホン! そこまで頼まれては、仕方がないな」

 まさか、有名人の子孫と仲間になれるなんて──ロセアは心の中で〝よっしゃー!〟と叫んだ。

「ところで、あいつはこの下水道に今も潜んでるのかよ?」
「うむ、いい質問だな。きっとヤツは、もうここへは戻ってこないだろう。おそらく次の計画へと移ったはずだ」
「次の計画……か。ちなみに──」
「そこまでは知らん」

 遮られた言葉のあとはなにも続かず、ふたりの少女は、お互いに沈黙を守った。
 これ以上ここにいても全身が臭くなるだけだとレベッカが結論に達した頃、ロセアが全身から放っている青白い光が、彼女の頭上高くを屈折して反射させていることに気づく。
 それと同時に、その空間部分がうねるように伸びて軍帽にまで近づき、そのままロセアをすっぽりと包み込んだ。

「ロセア!」

 ニメートル以上はあろう巨大な半透明のスライムが、新しい仲間をいともたやすく飲み込んだ。レベッカは、これほどまでに大きなスライムを見たことがなかった。
 窒息死が先か、骨まで消化されるのが先か……いずれにせよ、急がねば死んでしまう。一刻も早く、捕らわれたロセアを傷つけずに巨大スライムを断ち斬らなければならない。

「うおおおおおおおッ!」

 ブロードソードが唸りをあげて、巨大スライムを縦に斬りつける。だが──。

 ムニュムニュ……ちゅるるん!

 傷口があっという間に塞がってしまった。ハダカネズミとは比べものにならない難敵の特殊な能力に、レベッカは歯を剥き出して怒りを露にする。

「クソッ!」

 飲み込まれたロセアも、先ほどからずっと溺れるようにもがいて電撃を放出させているのだが、この巨大スライムには効果がまるで無さそうだった。
 やがて、ロセアの青白い光が徐々に弱まっていく。それはまるで彼女の生命いのちの灯火のように思えてしまい、レベッカの心をさらに激しく掻き乱した。

畜生チクショウが! 今助けるからな、ロセア!」

 体内のロセアを傷つけてしまわないよう、絶妙な深さと角度で何度も斬りつけるレベッカではあったが、そのたびに巨大スライムは自己再生を繰り返して無傷の状態に戻ってしまう。
 そしてついに、下水道から光が消えた。

「ロセアァァァッッッ!」

 一瞬の出来事だった。
 強烈な閃光がロセアを中心に、闇の空間を真昼のように照らしだす。
 その刹那、巨大な単細胞の個体はプクプクと沸騰して湯気を放ちながら、一気に粉々になって四方八方へと弾け散った。

「うわっ──アチチチチッ!?」

 飛び散ってきた高温のゼリーを、レベッカはたまらず急いで払い落とす。襟巻きで顔を覆っていてよかったと、心底このときに思った。

「はっはっはっはっは! このぼくを飲み込むとは、なんて愚かな魔物ヤツなんだ!」

 勝ち誇った笑顔で腰に両手をあてるロセアの全身からは、燃えさかる松明たいまつのように青白いオーラが無尽蔵に湧き上がる。

「心配かけやがって……こいつ」
「助けてくれてありがとう、オーフレイム君」

 笑顔を真顔へすばやく変えたロセアは、感謝を込めて新しい仲間に挙手の敬礼をしてみせた。

「いや、あたしじゃ全然助けられなかったよ。お見事です、ロセア副隊長殿」

 レベッカも答礼で応えると、少女たちの明るい笑い声が、白煉瓦造りの暗い下水道の空間に吸い込まれていった。

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