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第二章 ~ぶらり馬車の旅 リディアス国・王都篇~
〈世界同盟〉という組織
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この世界には、地球と同じように多種多様の文化や、たくさんの種族と国家が存在する。故に、隣国や種族間で長きに渡る血の歴史が繰り返されてもいた。
そんな争いに終止符を打つべく、共通の敵である魔物の駆逐と世界平和の名のもとに超大国が主導して誕生した組織が〈世界同盟〉である。
だが、加盟していない国や部族の割合が圧倒的に多く、しかも、大国の利益優先で活動をしているとしか思えない場面も多々あった。つまり、世界のために機能しているとは断言できない、一部の国家と地域を優遇するための都合のよい平和機関なのだ。
世界のどこかにある白亜の宮殿の薄暗い一室。
そこでは大勢の種族が円卓を囲んで着席し──ある者は耳の先が天を刺すように尖り、ある者は鱗で全身が覆われている。そして、獣のような牙と耳、尻尾の持ち主までいた──その中央で光り輝いて浮かぶ大きな球体を見上げていた。地球儀にも似たそれは、この世界を模した立体映像である。
「しかし」
円卓の上座に腰掛けている、長い白髭の人間の老人が語りだす。きらびやかな服装からして、かなり高位の身分なのだろう。
「今回は、古代文明の〝神器〟が絡んでおるんじゃろ? あのおてんば娘一匹で大丈夫かいの?」
老人は顎髭を何度も愛しそうに撫でながら、嫌悪で満たされた冷たい視線を斜め先に向ける。そこには、やはり高位の身分を思わせる服装をしたエルフの青年がすわっていた。綺麗に整えられた総髪と切れ長の目から、武人のように研ぎ澄まされた強い意思と気高さを感じられる。
「〈神撃〉のメンバーたちは、個々の戦闘力が強過ぎるので単独行動をしてもらわなくては困ります。一歩間違えれば、新たな戦の火種にも十分なり得ますしね。それに、彼女なら大丈夫でしょう。わたしが保証します」
老人をいっさい見ることなく、エルフの青年は立体映像の中のふたつの光りをただ見つめていた。
紫色をした小さな光りは〝変化の神像〟が放つ邪悪な気、そのすぐ近くで重なるようにきらめく青白い光りは、ロセア・ルチッカの魔力だ。
しばらくすると、誰かが両開きの大きな扉をゆったりとしたリズムで三回叩く。
ほどなくして、扉から室内へ日光が射し込み、円卓の誰かがつぶやいた。
「化物のお出ましだ」
重い扉の片側を押し開けたのは、碧色の長い髪と青白い肌の瞳を閉じた美女。ただし、身につけていた上着はダブルブレストの軍服で、その下はゴシック調のワンピース姿だった。左腕の腕章には〝秘密戦隊〟と刺繍されている。
「おお! マヤ隊長、久しいのう。ささ、こちらへどうぞ」
先ほどの老人が笑顔で手招きをしてみせる。すると、その場の数名から失笑が漏れた。マヤはなにかを察しつつ、円卓に歩み寄る。両目は閉じられたままだ。
「秘密戦隊〈神撃〉隊長、マヤ・ネニュファール。呼ばれた理由は、わかっているな?」
円卓の近くで仁王立ちをしていた蜥蜴族の屈強な大男が、今にも喰い殺さんとばかりに近寄って睨みつけるも、マヤは臆することなく「はい。〈異形の民〉の件と心得ております」と、野太い声がしたほうに瞼を向けた。
「あのよぉー、ロセアとかいう小娘の副隊長……無事に〝神器〟を持ち帰れるんだろうなぁ? アレが心善からぬ者たちの手に渡れば、この世は魔物であふれかえっちまうぞい」
小柄ながらも骨太な老人──ドワーフ族の大使が、しかめっ面で鼻の穴を右手の小指でほじりながら訊ねる。
「ロセア副隊長なら、必ずや任務を遂行いたします。もし不服ともうされるなら、わたくしが今すぐ代わって任務を引き継ぎますけれど……いかがいたしましょうか?」
その言葉に、円卓の一同が凍りつく。
マヤには彼らの様子を見ることはできないが、ほんのわずかだけ頬をゆるませた。
「いやいやいやいや! マヤ隊長にはここにいてもらい、状況を我らとともにうかがってほしい。最悪の場合になっても保険を用意してあるから、皆の者も安心せい」
白髭の老人はそう言い終える否や、愉快そうに声を上げて笑い始める。それに続き、円卓にすわる数名の大使たちも笑顔をつくってみせた。
だが、エルフの青年はなにも気にしない様子で、光りの球体を見つめながら、ピアノの鍵盤を奏でるように虚空に向けて両手の指を操る。球体がみるみるうちに形を変え、リディアス下水道全体の立体映像となった。
「ったく、異形の大神官め……おとなしく田舎で暮らしておればいいものを。まぁ、伝説の〝神器〟を見つけたことだけは、評価してやらんでもないがな」
ドワーフの大使はそう言い終えると、大きなあくびをひとつしてみせ、両腕を組みながら椅子の背もたれに上半身を深くあずけた。
立体映像の中では、相変わらず紫色の光りと青白い光りが輝き続けていたが、五分と経たずに、紫色の光りが青白い光りからどんどん離れていった。
「おやおや、逃げられてしまいましたわね」
獣人族の女大使がにやけ顔でそう言うと、エルフの青年は両手の指を止め、視線だけをマヤに向けた。
盲目の戦隊長は、ただじっと微動だにせず、その場に立っていた。
そんな争いに終止符を打つべく、共通の敵である魔物の駆逐と世界平和の名のもとに超大国が主導して誕生した組織が〈世界同盟〉である。
だが、加盟していない国や部族の割合が圧倒的に多く、しかも、大国の利益優先で活動をしているとしか思えない場面も多々あった。つまり、世界のために機能しているとは断言できない、一部の国家と地域を優遇するための都合のよい平和機関なのだ。
世界のどこかにある白亜の宮殿の薄暗い一室。
そこでは大勢の種族が円卓を囲んで着席し──ある者は耳の先が天を刺すように尖り、ある者は鱗で全身が覆われている。そして、獣のような牙と耳、尻尾の持ち主までいた──その中央で光り輝いて浮かぶ大きな球体を見上げていた。地球儀にも似たそれは、この世界を模した立体映像である。
「しかし」
円卓の上座に腰掛けている、長い白髭の人間の老人が語りだす。きらびやかな服装からして、かなり高位の身分なのだろう。
「今回は、古代文明の〝神器〟が絡んでおるんじゃろ? あのおてんば娘一匹で大丈夫かいの?」
老人は顎髭を何度も愛しそうに撫でながら、嫌悪で満たされた冷たい視線を斜め先に向ける。そこには、やはり高位の身分を思わせる服装をしたエルフの青年がすわっていた。綺麗に整えられた総髪と切れ長の目から、武人のように研ぎ澄まされた強い意思と気高さを感じられる。
「〈神撃〉のメンバーたちは、個々の戦闘力が強過ぎるので単独行動をしてもらわなくては困ります。一歩間違えれば、新たな戦の火種にも十分なり得ますしね。それに、彼女なら大丈夫でしょう。わたしが保証します」
老人をいっさい見ることなく、エルフの青年は立体映像の中のふたつの光りをただ見つめていた。
紫色をした小さな光りは〝変化の神像〟が放つ邪悪な気、そのすぐ近くで重なるようにきらめく青白い光りは、ロセア・ルチッカの魔力だ。
しばらくすると、誰かが両開きの大きな扉をゆったりとしたリズムで三回叩く。
ほどなくして、扉から室内へ日光が射し込み、円卓の誰かがつぶやいた。
「化物のお出ましだ」
重い扉の片側を押し開けたのは、碧色の長い髪と青白い肌の瞳を閉じた美女。ただし、身につけていた上着はダブルブレストの軍服で、その下はゴシック調のワンピース姿だった。左腕の腕章には〝秘密戦隊〟と刺繍されている。
「おお! マヤ隊長、久しいのう。ささ、こちらへどうぞ」
先ほどの老人が笑顔で手招きをしてみせる。すると、その場の数名から失笑が漏れた。マヤはなにかを察しつつ、円卓に歩み寄る。両目は閉じられたままだ。
「秘密戦隊〈神撃〉隊長、マヤ・ネニュファール。呼ばれた理由は、わかっているな?」
円卓の近くで仁王立ちをしていた蜥蜴族の屈強な大男が、今にも喰い殺さんとばかりに近寄って睨みつけるも、マヤは臆することなく「はい。〈異形の民〉の件と心得ております」と、野太い声がしたほうに瞼を向けた。
「あのよぉー、ロセアとかいう小娘の副隊長……無事に〝神器〟を持ち帰れるんだろうなぁ? アレが心善からぬ者たちの手に渡れば、この世は魔物であふれかえっちまうぞい」
小柄ながらも骨太な老人──ドワーフ族の大使が、しかめっ面で鼻の穴を右手の小指でほじりながら訊ねる。
「ロセア副隊長なら、必ずや任務を遂行いたします。もし不服ともうされるなら、わたくしが今すぐ代わって任務を引き継ぎますけれど……いかがいたしましょうか?」
その言葉に、円卓の一同が凍りつく。
マヤには彼らの様子を見ることはできないが、ほんのわずかだけ頬をゆるませた。
「いやいやいやいや! マヤ隊長にはここにいてもらい、状況を我らとともにうかがってほしい。最悪の場合になっても保険を用意してあるから、皆の者も安心せい」
白髭の老人はそう言い終える否や、愉快そうに声を上げて笑い始める。それに続き、円卓にすわる数名の大使たちも笑顔をつくってみせた。
だが、エルフの青年はなにも気にしない様子で、光りの球体を見つめながら、ピアノの鍵盤を奏でるように虚空に向けて両手の指を操る。球体がみるみるうちに形を変え、リディアス下水道全体の立体映像となった。
「ったく、異形の大神官め……おとなしく田舎で暮らしておればいいものを。まぁ、伝説の〝神器〟を見つけたことだけは、評価してやらんでもないがな」
ドワーフの大使はそう言い終えると、大きなあくびをひとつしてみせ、両腕を組みながら椅子の背もたれに上半身を深くあずけた。
立体映像の中では、相変わらず紫色の光りと青白い光りが輝き続けていたが、五分と経たずに、紫色の光りが青白い光りからどんどん離れていった。
「おやおや、逃げられてしまいましたわね」
獣人族の女大使がにやけ顔でそう言うと、エルフの青年は両手の指を止め、視線だけをマヤに向けた。
盲目の戦隊長は、ただじっと微動だにせず、その場に立っていた。
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