プリンセスソードサーガ

黒巻雷鳴

文字の大きさ
上 下
23 / 68
第二章 ~ぶらり馬車の旅 リディアス国・王都篇~

挿話 きらめく風の記憶(2)

しおりを挟む
「げっ。縦穴って……ここなの?」

 怪訝そうにつぶやいたクラリスが眺めているのは、草が生い茂る岩壁にできたニメートル程度の高さと、子供がやっと通れる横幅の亀裂だった。

「そうだよ。さ、行こうか」

 今度は、自分が先頭を進む番だ。そう確信した表情で先を行こうとするレベッカの腕を、

「ちょっと待ってよ、馬鹿バカ!」

 クラリスは物凄い力で引っ張り、

「うわっ!?」

 レベッカはそれに抗えず、無様に転がって倒れる。

ってーな!」
「こんな狭い穴を通ったら、お洋服がボロボロになっちゃうじゃないの!」
「おまえ……ここまで来て洋服の心配かよ? でもまあ、探検だからしゃーないって」

 地面に胡座あぐらをかいたまま、午前中の探索で岩肌に引っかけて破れてしまったシャツの脇腹部分に視線を落とす。
 つい数日前にもズボンの膝を破いたばかりで、こっぴどく祖母に叱られたうえに、ムチまでお尻に受けていた。今度は何回打たれるのやら……。

「嫌なら帰るか? オレは行くぜ」

 ゆっくりと立ち上がったレベッカは、なにも怖れる様子をみせずに縦穴の中へ消えていった。

「えっ、ちょっと……うう……」

 クラリスは、あらためて縦穴を見つめる。
 吸い込まれるような暗闇。
 服の汚れが気になると言ったのは口実で、本当は怖くなったから拒絶したのだ。
 もしかしたら、けものの巣なのかもしれないし、違うかもしれない。ひょっとしたら、ものすごい宝箱が隠されているかもしれないし、あったとしても空っぽかもしれない。
 好奇心と恐怖心のはざまで、涙目になったクラリスは深呼吸を繰り返す。そして──。


     *


「おい、足もとに気をつけろよな」
「わ……わかってるわよ、もう」

 途中までは姿勢を変える必要のなかったひんやりと冷たい真っ暗な空間も、今では前屈みでもキツいくらいに天井が低くなっていた。
 固かった地面の感触が急に軟らかくなってきたのは、大量のコウモリのフンを踏んでいたからなのだが、暗い穴の中ではそれに気づけるはずもない。もっとも、気づいたところで、クラリスが絶叫するだけで終わるだろう。

「ひゃっ!」
「キャー!? どうしたのレベッカ!?」
「水溜まりに足を入れちゃたから、靴がずぶ濡れに……」
「そんなことで大声を出さないでよね、馬鹿バカッ!」

 目が慣れてきたとはいえ、ふたりは暗闇のなかを進むだけで精一杯だった。どうしてロウソクの一本くらい持って来なかったのかと後悔するレベッカの前に、うっすらと青白い光の帯が見えてくる。

「うわぁ……」
「えっ、あれって宝石? 綺麗きれい……」

 花崗岩かこうがんのゴツゴツとした壁には、まるで誰かが素手で塗りたくったような、乱雑で幾何学的な模様が青白く発光していた。
 そして、さらに奥へと続く道は二股に別れ、一方は真っ暗闇、もう一方はここと同じように青白い通路となって歩みをうながす。

「どうするの、レベッカ?」

 幼馴染みの不安な眼差しが痛い。
 きっとこの先には〝なにか〟があるだろう。
 それも十ニ歳の、まだ若い自分たちが探検ごっことして進むには不釣り合いな〝なにか〟が。

「……ここまで来たんだ。もう少しだけ進もう」
「う、うん」

 レベッカには、強い自信があった。
 狼や熊の一匹やニ匹なら、腰に携えた模造刀でも──勝ち負けは別として──十分に戦える、と。 
 ふたりは迷わず、青白い光をめざして進んだ。
 そこは、窮屈で落盤の恐怖もあった闇の道程を忘れさせてしまうほど快適で広く、おとぎ話の中に出てくるような幻想的空間だった。
 街の教会よりも高い天井からは、猛獣の牙を彷彿ほうふつとさせる大きくて長い鍾乳石しょうにゅうせきが無数に垂れ、地面からもたくさんの石筍せきじゅんが侵入者の行く手を遮る。この光景を例えるならば、〝青白く輝いた怪物の口〟ではなかろうか。

「すごーい! これって、全部宝石なのかな?」

 感激のあまり、鍾乳洞の中央まで走ったクラリスをレベッカは落ち着いた歩調であとを追う。

「いや……多分、光苔ひかりごけの仲間じゃないかな」
「えーっ? コケって、あの緑のモサモサの?」

 唇を尖らせたクラリスは、続けざまに頬をめいっぱい膨らませて不機嫌な表情へと変える。それは、彼女が本気で怒ったときの癖だった。

「宝箱はどこ? 妖精さんのお友だちは?」
「妖精に会いたかったのかよ? だったら洞窟じゃなくて、花畑や森に行けよな。とりあえず、この先にもいくつか通れそうな道が続いてるけど、きょうはもうやめて外で遊ぼうぜ」

 だが──レベッカの判断は遅かった。
 石筍が死角となり、周囲に迫りくる危機を感知することができなかったのだ。

「えっ」
「ん? どうしたクラリス?」
「なんか……足音が聞こえたような……」

 その言葉に、レベッカの利き手が模造刀にれる。
 どうか気のせいであってくれと、心のどこかで自分がつぶやく。

「あっ! あそこ!」

 クラリスが指差すのと同時に、レベッカもそちらを鋭い眼光で見る。青白い光の手前で、小さな人影が左右に揺れながら、こちらへと近づいて来ていた。

「もしかして……妖精さん?」
ウソだろ……マジかよ……」

 小さな人影は、ゆっくりではあったけれど、ふたりに向かって確実に近づいて来る。ひとり、またひとりと、その数が増えていく。小さな人影たちの手には、なにかが握られていた。
 棍棒だ。
 人影の顔が確認できる距離まで近づいた頃には、レベッカとクラリスはすでに囲まれていた。


 ゴブリン。その数、ざっと三十体。


 幼子ほどの背丈の体格は腹が出っ張っていて、着衣は腰蓑こしみの以外は身につけていない。毛髪のない頭からは、短いツノが一本だけ生えている者や先が欠けている者、ニ本生えている者など様々だ。共通して言えるのは、肌が緑色で棍棒を持ち、凄まじい殺気を放っていることだろう。

「あ…………い、いや……助けて……」
「クラリス……まだ動くなよ」

 ゆっくりと静かに模造刀を抜きつつ、幼馴染みの盾となる。レベッカの腕を掴む細い指からは、恐怖と絶望のリズムが止めどなく伝わってくる。
 ふたりがやって来た道には、より多くのゴブリンが立ち塞がっていた。どうやら、ある程度の知能はあるらしい。
 では、ほかの逃げ道はどうか。
 レベッカはゴブリンに注意を払いながら、視線と勘を駆使して周囲を探る。

 ──あった!

「クラリス、走れ!」

 利き手には模造刀、もう片方の手にはクラリスの手を強く握り締め、レベッカは威嚇と自身を鼓舞する意味で、雄叫びを上げながら全速力で走った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります

竹桜
ファンタジー
 武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。  転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。  

婚約破棄? ではここで本領発揮させていただきます!

昼から山猫
ファンタジー
王子との婚約を当然のように受け入れ、幼い頃から厳格な礼法や淑女教育を叩き込まれてきた公爵令嬢セリーナ。しかし、王子が他の令嬢に心を移し、「君とは合わない」と言い放ったその瞬間、すべてが崩れ去った。嘆き悲しむ間もなく、セリーナの周りでは「大人しすぎ」「派手さがない」と陰口が飛び交い、一夜にして王都での居場所を失ってしまう。 ところが、塞ぎ込んだセリーナはふと思い出す。長年の教育で身につけた「管理能力」や「記録魔法」が、周りには地味に見えても、実はとてつもない汎用性を秘めているのでは――。落胆している場合じゃない。彼女は深呼吸をして、こっそりと王宮の図書館にこもり始める。学問の記録や政治資料を整理し、さらに独自に新たな魔法式を編み出す作業をスタートしたのだ。 この行動はやがて、とんでもない成果を生む。王宮の混乱した政治体制や不正を資料から暴き、魔物対策や食糧不足対策までも「地味スキル」で立て直せると証明する。誰もが見向きもしなかった“婚約破棄令嬢”が、実は国の根幹を救う可能性を持つ人材だと知られたとき、王子は愕然として「戻ってきてほしい」と懇願するが、セリーナは果たして……。 ------------------------------------

悪役令嬢は大好きな絵を描いていたら大変な事になった件について!

naturalsoft
ファンタジー
『※タイトル変更するかも知れません』 シオン・バーニングハート公爵令嬢は、婚約破棄され辺境へと追放される。 そして失意の中、悲壮感漂う雰囲気で馬車で向かって─ 「うふふ、計画通りですわ♪」 いなかった。 これは悪役令嬢として目覚めた転生少女が無駄に能天気で、好きな絵を描いていたら周囲がとんでもない事になっていったファンタジー(コメディ)小説である! 最初は幼少期から始まります。婚約破棄は後からの話になります。

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

処理中です...