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第二章 ~ぶらり馬車の旅 リディアス国・王都篇~
少女騎士団の晩餐(1)
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負傷したレベッカは、アシュリン主導のもと王家専属の名医に治療を施され、今は病院のベッドの上で穏やかな寝顔をみせて眠りについていた。
「レベッカの傷は浅いそうだ。とくに心配はいらないらしい」
病室を出たアシュリンは、長椅子にすわって待っていたドロシーとハルに診断結果を告げる。ふたりの表情には、悲しみと安堵の色が透けて見えた。
「あの、アシュリン団長……これから……どうしますか? 冒険の旅はいったん延期でもいいんじゃないかなって……その、わたしは思います」
ドロシーとしては、正直もう冒険を中止にしてほしかった。意地悪ではあるけれど、どこか憎めない仲間の命が危険にさらされたのだ。
「少なくとも、レベッカはもう連れて行かずに、このままお城へ戻されては?」
いつもの笑顔ではない、眉根を寄せた神妙な面持ちでハルも続けて提案をする。大量の薬草が効いたのか、顔の傷はほとんど癒えて目立たなくなっていた。
ふたりの進言にしばらく目を閉じて考えこんだアシュリンは、「きょうは休もう」とだけ言い残し、病院の廊下をひとり先に歩いていってしまった。すわっていたドロシーたちも急いで立ち上がり、騎士団長の華奢な背中を追う。
無言のまま三人は、教会をめざしていた。
もう外は日暮れ。なんの知らせも受けてはいないアリッサムが心配しているはずだ。
「今夜は、お城に帰られるのですか?」
ドロシーが力無く歩きながら訊ねる。
「いや……王都を離れてはいないが、これでも冒険の最中だ。城には戻らない」
「では、今夜はどちらにお泊まりを? あのう、今から宿を探してまいりましょうか?」
笑顔ではあるけれど、困った様子のハルがそう訊ねたのを最後に、会話はそこから途切れてしまった。
*
教会の裏庭にたどり着いた頃には夕陽が沈みきる直前で、お互いの顔もよく見えなくなっていた。
薄闇の中で、教会の建物と幌馬車だけが白く浮かぶ。
「あっ、お帰りなさいませ!」
人の気配を感じたアリッサムが、幌馬車の中から急いで顔を出す。口もとにはなにかパンくずのような物が付いているのだが、薄暗くて三人からはそれが見えなかった。
さりげなくそれを指先で拭いつつ、荷台から降りて少女騎士たちに小走りで近づいたアリッサムは、両手を前に組んだ姿勢でペコリと頭を下げる。
それからすぐに頭を上げてにこやかに笑ってみせるのだが、三人の表情はどこか暗く沈んで見えた。きっとそれは、夕闇のせいだけではないだろう。
「あのっ、簡単な物ですけど夕飯の下準備はできていますので、少々お待ちいただきますが、すぐにお出しできますです」
そんな雰囲気が伝わった影響からか、妙な言葉づかいになってしまったアリッサムは、慌ててもう一度同じ姿勢で頭を下げると、近くに設置しておいた焚き木にしゃがみ込む。
カチン、カチン、カチン!
火打石を叩きつけ始めるが、何度強く叩きつけても、火花が飛ぶだけで着火しない。
カチン、カチン、カチン!
カチン、カチン、カチン!
カチン! カチン! カチン!
「アリッサム……もういい。今夜は外食にしよう。せっかく用意してくれたのに、すまない」
自分の肩に優しく置かれた手を、アリッサムは涙目で見つめ返す。
「……はい。すみません、アシュリン団長」
小鼻をすすりながら謝るメイドを慰めながら立たせたアシュリンは、みんなを連れて夜の王都へと向かった。
もう陽が落ちているというのに、大通りにはまだ人の影が昼間と変わらずに目立っていた。様々な店舗の灯りが夜道に彩りを添え、とくに飲食店から漏れるそれや、客たちのにぎわいが通行人を店内へと誘う。
「今夜は馬車で眠るから、宿はとらなくていい。その分、夕食は豪華にいきたいものだな」
物珍しそうにあたりを見まわしたいのを我慢しつつ、アシュリンは凛々しい表情を崩さずに騎士団長として先頭を歩き続ける。早朝から夜、同じはずなのに変わる街並み。王都を一日経験できたのだと、内心はとても嬉しかった。
「うーん、わたしは王都に来たばかりだから、グルメ情報とか詳しくはないんですよねー。ハルさん、どこかオススメのお店ってあります?」
レベッカが抜けてしまった今、空気をいつもの明るいものに変えたいドロシーは、となりを歩くハルに訊ねてみるが、答えの代わりに穏やかな笑顔を左右に振られてしまった。
「ねえ、アリッサムちゃんは知らないかな?」
それならと振り返れば、最後尾のアリッサムは気落ちした表情を地面に向けて歩いていた。
ドロシーはそんな彼女を元気づけようと、お互いの肩を軽く何度もぶつけておどけてみせる。
「えっ? あの、ドロシーさま?」
「あーん、もう! いつまでも落ち込んでないで、お腹いっぱい美味しいご飯を食べましょうよ、ね?」
「あ…………はい! ありがとうございます!」
頬を紅く染めて笑顔を取り戻したアリッサムの様子に、ドロシーも満面の笑みで応える。いつの間にかふたりは、ころころと笑いながらお喋りを始めていた。
「いらっしゃいませ~♪ モンモン食堂、本日はお客様感謝の日で~す♪」
しばらくすると、人々の頭上を飛び越えて、若い女性の呼び込む声が四人の耳にまで届く。
先頭を歩いていたアシュリンが吸い寄せられるようにしてそちらへ向かったので、ハルが「団長!」と叫び、慌ててあとを追いかけて人の波に消えた。
「ちょっ……待ってください、ハルさん!」
「アシュリン団長、ハルさまぁ~!」
やがてすぐに、残されたドロシーとアリッサムも慌てて走りだす。
人混みを掻き分けて追い着いた先には、正面が開け放たれてやけに騒がしい大きな酒場があった。
看板には、エプロン姿の下にビキニの水着を身につけた若い女性が派手に描かれている。店名からも察するに、きっとここは〝大人のお店〟なのだろう。
「……アシュリン団長、さあ行きましょうか。この先にもっといいお店がモンモンするほどあるはずですよ」
笑顔をひきつらせたハルが、我らが騎士団長をいかがわしい店から遠ざけようと強く手を引く。
「えっ? ああ、そうだな」
純粋な好奇心で気にはなったが、その場を連れられて去ろうとしたアシュリンを引き止めたのは、後ろでドロシーと並び立って店内を見つめていたアリッサムの表情だった。
「──待て、ハル! 待ってくれッ!」
あの熱い眼差し……真剣な顔……美食四天王を倒したアリッサムが気にかけるのだから、ここの店はきっと美味しいのではないだろうか?
騎士団長として英断が迫られる瞬間だと、アシュリンは勝手にそう解釈する。しかし実際の彼女は、店内を行き交う女性店員たちの揺れる水着のお尻をスケベ心で眺めていただけであった。
「今宵の夕食は、この店に決めた!」
「はい?………………ブハッ!」
その決断に吐血して倒れるハル。握られていた手を振り解いたアシュリンは、店先の女性店員に近づきなにやら話しかける。
「はいは~い♪ 団長一名様に団員がニ名様、それとメイドさん一名様ご案内で~す♪」
「いらっしゃいませ~♪」
大勢の返事が木霊する店内へと、すばやくきびすを返して一行を誘導する女性店員。アシュリンのすぐ目の前で、水着に包まれた形の良いお尻が歩くたびに悩ましく軽快に揺れ動く。
(本当にこのお店でよかったのかな……ううん、きっと大丈夫よ!)
そう自分に言い聞かせながら、アシュリンは無意識に自分のお尻を両手で押さえていた。
「レベッカの傷は浅いそうだ。とくに心配はいらないらしい」
病室を出たアシュリンは、長椅子にすわって待っていたドロシーとハルに診断結果を告げる。ふたりの表情には、悲しみと安堵の色が透けて見えた。
「あの、アシュリン団長……これから……どうしますか? 冒険の旅はいったん延期でもいいんじゃないかなって……その、わたしは思います」
ドロシーとしては、正直もう冒険を中止にしてほしかった。意地悪ではあるけれど、どこか憎めない仲間の命が危険にさらされたのだ。
「少なくとも、レベッカはもう連れて行かずに、このままお城へ戻されては?」
いつもの笑顔ではない、眉根を寄せた神妙な面持ちでハルも続けて提案をする。大量の薬草が効いたのか、顔の傷はほとんど癒えて目立たなくなっていた。
ふたりの進言にしばらく目を閉じて考えこんだアシュリンは、「きょうは休もう」とだけ言い残し、病院の廊下をひとり先に歩いていってしまった。すわっていたドロシーたちも急いで立ち上がり、騎士団長の華奢な背中を追う。
無言のまま三人は、教会をめざしていた。
もう外は日暮れ。なんの知らせも受けてはいないアリッサムが心配しているはずだ。
「今夜は、お城に帰られるのですか?」
ドロシーが力無く歩きながら訊ねる。
「いや……王都を離れてはいないが、これでも冒険の最中だ。城には戻らない」
「では、今夜はどちらにお泊まりを? あのう、今から宿を探してまいりましょうか?」
笑顔ではあるけれど、困った様子のハルがそう訊ねたのを最後に、会話はそこから途切れてしまった。
*
教会の裏庭にたどり着いた頃には夕陽が沈みきる直前で、お互いの顔もよく見えなくなっていた。
薄闇の中で、教会の建物と幌馬車だけが白く浮かぶ。
「あっ、お帰りなさいませ!」
人の気配を感じたアリッサムが、幌馬車の中から急いで顔を出す。口もとにはなにかパンくずのような物が付いているのだが、薄暗くて三人からはそれが見えなかった。
さりげなくそれを指先で拭いつつ、荷台から降りて少女騎士たちに小走りで近づいたアリッサムは、両手を前に組んだ姿勢でペコリと頭を下げる。
それからすぐに頭を上げてにこやかに笑ってみせるのだが、三人の表情はどこか暗く沈んで見えた。きっとそれは、夕闇のせいだけではないだろう。
「あのっ、簡単な物ですけど夕飯の下準備はできていますので、少々お待ちいただきますが、すぐにお出しできますです」
そんな雰囲気が伝わった影響からか、妙な言葉づかいになってしまったアリッサムは、慌ててもう一度同じ姿勢で頭を下げると、近くに設置しておいた焚き木にしゃがみ込む。
カチン、カチン、カチン!
火打石を叩きつけ始めるが、何度強く叩きつけても、火花が飛ぶだけで着火しない。
カチン、カチン、カチン!
カチン、カチン、カチン!
カチン! カチン! カチン!
「アリッサム……もういい。今夜は外食にしよう。せっかく用意してくれたのに、すまない」
自分の肩に優しく置かれた手を、アリッサムは涙目で見つめ返す。
「……はい。すみません、アシュリン団長」
小鼻をすすりながら謝るメイドを慰めながら立たせたアシュリンは、みんなを連れて夜の王都へと向かった。
もう陽が落ちているというのに、大通りにはまだ人の影が昼間と変わらずに目立っていた。様々な店舗の灯りが夜道に彩りを添え、とくに飲食店から漏れるそれや、客たちのにぎわいが通行人を店内へと誘う。
「今夜は馬車で眠るから、宿はとらなくていい。その分、夕食は豪華にいきたいものだな」
物珍しそうにあたりを見まわしたいのを我慢しつつ、アシュリンは凛々しい表情を崩さずに騎士団長として先頭を歩き続ける。早朝から夜、同じはずなのに変わる街並み。王都を一日経験できたのだと、内心はとても嬉しかった。
「うーん、わたしは王都に来たばかりだから、グルメ情報とか詳しくはないんですよねー。ハルさん、どこかオススメのお店ってあります?」
レベッカが抜けてしまった今、空気をいつもの明るいものに変えたいドロシーは、となりを歩くハルに訊ねてみるが、答えの代わりに穏やかな笑顔を左右に振られてしまった。
「ねえ、アリッサムちゃんは知らないかな?」
それならと振り返れば、最後尾のアリッサムは気落ちした表情を地面に向けて歩いていた。
ドロシーはそんな彼女を元気づけようと、お互いの肩を軽く何度もぶつけておどけてみせる。
「えっ? あの、ドロシーさま?」
「あーん、もう! いつまでも落ち込んでないで、お腹いっぱい美味しいご飯を食べましょうよ、ね?」
「あ…………はい! ありがとうございます!」
頬を紅く染めて笑顔を取り戻したアリッサムの様子に、ドロシーも満面の笑みで応える。いつの間にかふたりは、ころころと笑いながらお喋りを始めていた。
「いらっしゃいませ~♪ モンモン食堂、本日はお客様感謝の日で~す♪」
しばらくすると、人々の頭上を飛び越えて、若い女性の呼び込む声が四人の耳にまで届く。
先頭を歩いていたアシュリンが吸い寄せられるようにしてそちらへ向かったので、ハルが「団長!」と叫び、慌ててあとを追いかけて人の波に消えた。
「ちょっ……待ってください、ハルさん!」
「アシュリン団長、ハルさまぁ~!」
やがてすぐに、残されたドロシーとアリッサムも慌てて走りだす。
人混みを掻き分けて追い着いた先には、正面が開け放たれてやけに騒がしい大きな酒場があった。
看板には、エプロン姿の下にビキニの水着を身につけた若い女性が派手に描かれている。店名からも察するに、きっとここは〝大人のお店〟なのだろう。
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笑顔をひきつらせたハルが、我らが騎士団長をいかがわしい店から遠ざけようと強く手を引く。
「えっ? ああ、そうだな」
純粋な好奇心で気にはなったが、その場を連れられて去ろうとしたアシュリンを引き止めたのは、後ろでドロシーと並び立って店内を見つめていたアリッサムの表情だった。
「──待て、ハル! 待ってくれッ!」
あの熱い眼差し……真剣な顔……美食四天王を倒したアリッサムが気にかけるのだから、ここの店はきっと美味しいのではないだろうか?
騎士団長として英断が迫られる瞬間だと、アシュリンは勝手にそう解釈する。しかし実際の彼女は、店内を行き交う女性店員たちの揺れる水着のお尻をスケベ心で眺めていただけであった。
「今宵の夕食は、この店に決めた!」
「はい?………………ブハッ!」
その決断に吐血して倒れるハル。握られていた手を振り解いたアシュリンは、店先の女性店員に近づきなにやら話しかける。
「はいは~い♪ 団長一名様に団員がニ名様、それとメイドさん一名様ご案内で~す♪」
「いらっしゃいませ~♪」
大勢の返事が木霊する店内へと、すばやくきびすを返して一行を誘導する女性店員。アシュリンのすぐ目の前で、水着に包まれた形の良いお尻が歩くたびに悩ましく軽快に揺れ動く。
(本当にこのお店でよかったのかな……ううん、きっと大丈夫よ!)
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