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第二章 ~ぶらり馬車の旅 リディアス国・王都篇~
挿話 対決! 半額ハンター
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冒険の旅に出たとはいえ、初日の今現在、アシュリンたち少女騎士団は、想定外の出来事に足止めをされて王都からまだ一歩も離れてはいない。
このままだと再出発は、あす以降になる可能性が高いだろう。
(きょうは王都で宿屋に泊まるのかな? それなら、夕食は準備しなくても大丈夫……なはずだよね)
料理の支度も専属使用人であるアリッサムの仕事ではあるのだが、今夜の夕飯をなににするのか、まだ決めてはいなかった。
幌馬車の中でひとり膝を抱えて長考していたアリッサムは、やはり作れる準備くらいはしなくてはとの結論にいきつき、市場まで生鮮食品の買い物へと向かうことにした。
*
時は夕刻。〝リディアスの台所〟と比喩されるプラセボ市場。多くの行き交う買い物客や露店商たちの呼び声で活気づき、そのにぎにぎしさはまるで夜祭りのようだ。
そんな庶民の食生活の中心地に、貴石よりも美しく澄んだ碧眼と着丈の短いスカートが印象的なメイド服の少女が現れる。
アリッサムは、スズ竹で作られた市場かごを片手に、石畳の通路に沿って並べられている様々な野菜や果物、香辛料を眺めながら雑踏を鼻歌まじりに歩いた。
(うーん……献立がなかなか決まらないなぁ……どうしよう)
料理は苦手のアリッサムではあったが、冒険に向けて短期間のうちに独学で猛練習し、人並みには作れるようになっていた。美食四天王を倒したからには、それなりの、最低限の腕前が必要だったからである。今さらながら、とんでもない嘘をついたものだと、自分でも呆れてしまう。
「おっ! そこのかわいいメイドさん、朝採りトマト安くしとくぜ!」
「あら、お嬢ちゃん! そんなに痩せてちゃ、風に飛ばされちゃうわよ? この豚肉をいっぱい食べて、オバチャンみたく丈夫になりな!」
熟練の商人たちに話しかけられるたび、アリッサムは律儀に笑顔を返して会釈もした。すると、ひときわ大勢の買い物客が集まる露店に目が止まる。
「半額、半額、半額ぅ! ここに出ている商品、みんな全品半額だよぉ~!」
(えっ、半額?)
旅の資金が潤沢ではないので、なるべく質素倹約するようにと、何度もハルから強く念を押されていたアリッサムは、無意識に身体が反応をして人混みの中へ突入する。
「す、すみません……ちょっと通してくださ……きゃっ!? あっ! ご、ごめんなさい!」
胸やお尻を押し潰されながら進んだその先には、飛ぶように売れていく透明な個包装の商品──パンがあった。
(ここって、パン屋さんだったんだ! パンなら、あしたの朝でも食べられるし、それに、半額だなんて超お買い得で経済的!)
アリッサムは、にっこりと満面の笑顔をしながら木製のトレイを掴み取り、目の前にある小ぶりなジャガイモが丸ごとひとつ入った惣菜パンに手を伸ばす。
だが、それを一瞬のうちにほかの買い物客に横取りされてしまう。仕方なくあきらめて、今度はクロックムッシュに顔を向けるも、それもやはり瞬時にして幻のように消え失せた。
(ええっ!? みんな取るのがめちゃくちゃ速いよ……)
それを例えるなら、熟練の狩人の動き。
ほかの買い物客たちは無防備な獲物(半額パン)を容赦なく捕らえ、次々に会計を済ませる。チョココルネ、メロンパン、カレーパンに餡バターサンド……みるみるうちに、店頭からパンが無くなっていく。
(無理だよ、こんなの……この人たち、きっと達人なんだ。素人のわたしが勝てっこないよ……)
それでも、せめてなにかひとつくらいは買いたいと、アリッサムの視界は涙でにじむ。
そんなときである。
店頭の片隅で、ミニクロワッサンを見つけた。
いや、違う。見つめられていたのだ。
『ボクを買ってよ、アリッサムちゃん──』
アリッサムには、たしかにそう聞こえた。
しかし、トレイいっぱいに半額パンを乗せたとなりのオッチャンも、日に焼けた顔をそちらに向けていた。敵もミニクロワッサンに気づいたのだ。
負けたくない。
心から、そう思えた。
内向的でおとなしい性格の彼女に──真性ド変態でもあるけれど──立ち向かう勇気が芽生えた瞬間だった。
となりのオッチャンの太くて短い指先が、スローモーションでミニクロワッサンに伸びる。
そうはさせない。
アリッサムも細い指先を必死に伸ばす。
「てりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!」
市場の喧騒を突き破るような凄まじい叫び声。
オッチャンも思わず怯み、その手を引っ込める。
そして──!
グシャッ。
勢い余って、アリッサムはミニクロワッサンを握り潰してしまった。
「はわわわ……」
「ヘヘッ、かわいいメイドのお嬢ちゃん、そんなにガツガツしなくても、パンは逃げたりはしないぜ」
下卑た笑顔を浮かべたオッチャンが、謎の上から目線でそう言った。そして、口笛を吹きながら、悠然と会計の列に並ぶ。
悔し涙を浮かべるアリッサム。
戦利品は、自分が握り潰したミニクロワッサンのみ。
意気消沈した彼女の頭からは、夕飯のことなど完全に抜け落ちていた。
もう、コレだけ買って帰ろう。
そう決めたアリッサムは、会計の最後尾に並んだ。
このままだと再出発は、あす以降になる可能性が高いだろう。
(きょうは王都で宿屋に泊まるのかな? それなら、夕食は準備しなくても大丈夫……なはずだよね)
料理の支度も専属使用人であるアリッサムの仕事ではあるのだが、今夜の夕飯をなににするのか、まだ決めてはいなかった。
幌馬車の中でひとり膝を抱えて長考していたアリッサムは、やはり作れる準備くらいはしなくてはとの結論にいきつき、市場まで生鮮食品の買い物へと向かうことにした。
*
時は夕刻。〝リディアスの台所〟と比喩されるプラセボ市場。多くの行き交う買い物客や露店商たちの呼び声で活気づき、そのにぎにぎしさはまるで夜祭りのようだ。
そんな庶民の食生活の中心地に、貴石よりも美しく澄んだ碧眼と着丈の短いスカートが印象的なメイド服の少女が現れる。
アリッサムは、スズ竹で作られた市場かごを片手に、石畳の通路に沿って並べられている様々な野菜や果物、香辛料を眺めながら雑踏を鼻歌まじりに歩いた。
(うーん……献立がなかなか決まらないなぁ……どうしよう)
料理は苦手のアリッサムではあったが、冒険に向けて短期間のうちに独学で猛練習し、人並みには作れるようになっていた。美食四天王を倒したからには、それなりの、最低限の腕前が必要だったからである。今さらながら、とんでもない嘘をついたものだと、自分でも呆れてしまう。
「おっ! そこのかわいいメイドさん、朝採りトマト安くしとくぜ!」
「あら、お嬢ちゃん! そんなに痩せてちゃ、風に飛ばされちゃうわよ? この豚肉をいっぱい食べて、オバチャンみたく丈夫になりな!」
熟練の商人たちに話しかけられるたび、アリッサムは律儀に笑顔を返して会釈もした。すると、ひときわ大勢の買い物客が集まる露店に目が止まる。
「半額、半額、半額ぅ! ここに出ている商品、みんな全品半額だよぉ~!」
(えっ、半額?)
旅の資金が潤沢ではないので、なるべく質素倹約するようにと、何度もハルから強く念を押されていたアリッサムは、無意識に身体が反応をして人混みの中へ突入する。
「す、すみません……ちょっと通してくださ……きゃっ!? あっ! ご、ごめんなさい!」
胸やお尻を押し潰されながら進んだその先には、飛ぶように売れていく透明な個包装の商品──パンがあった。
(ここって、パン屋さんだったんだ! パンなら、あしたの朝でも食べられるし、それに、半額だなんて超お買い得で経済的!)
アリッサムは、にっこりと満面の笑顔をしながら木製のトレイを掴み取り、目の前にある小ぶりなジャガイモが丸ごとひとつ入った惣菜パンに手を伸ばす。
だが、それを一瞬のうちにほかの買い物客に横取りされてしまう。仕方なくあきらめて、今度はクロックムッシュに顔を向けるも、それもやはり瞬時にして幻のように消え失せた。
(ええっ!? みんな取るのがめちゃくちゃ速いよ……)
それを例えるなら、熟練の狩人の動き。
ほかの買い物客たちは無防備な獲物(半額パン)を容赦なく捕らえ、次々に会計を済ませる。チョココルネ、メロンパン、カレーパンに餡バターサンド……みるみるうちに、店頭からパンが無くなっていく。
(無理だよ、こんなの……この人たち、きっと達人なんだ。素人のわたしが勝てっこないよ……)
それでも、せめてなにかひとつくらいは買いたいと、アリッサムの視界は涙でにじむ。
そんなときである。
店頭の片隅で、ミニクロワッサンを見つけた。
いや、違う。見つめられていたのだ。
『ボクを買ってよ、アリッサムちゃん──』
アリッサムには、たしかにそう聞こえた。
しかし、トレイいっぱいに半額パンを乗せたとなりのオッチャンも、日に焼けた顔をそちらに向けていた。敵もミニクロワッサンに気づいたのだ。
負けたくない。
心から、そう思えた。
内向的でおとなしい性格の彼女に──真性ド変態でもあるけれど──立ち向かう勇気が芽生えた瞬間だった。
となりのオッチャンの太くて短い指先が、スローモーションでミニクロワッサンに伸びる。
そうはさせない。
アリッサムも細い指先を必死に伸ばす。
「てりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!」
市場の喧騒を突き破るような凄まじい叫び声。
オッチャンも思わず怯み、その手を引っ込める。
そして──!
グシャッ。
勢い余って、アリッサムはミニクロワッサンを握り潰してしまった。
「はわわわ……」
「ヘヘッ、かわいいメイドのお嬢ちゃん、そんなにガツガツしなくても、パンは逃げたりはしないぜ」
下卑た笑顔を浮かべたオッチャンが、謎の上から目線でそう言った。そして、口笛を吹きながら、悠然と会計の列に並ぶ。
悔し涙を浮かべるアリッサム。
戦利品は、自分が握り潰したミニクロワッサンのみ。
意気消沈した彼女の頭からは、夕飯のことなど完全に抜け落ちていた。
もう、コレだけ買って帰ろう。
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