プリンセスソードサーガ

黒巻雷鳴

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第二章 ~ぶらり馬車の旅 リディアス国・王都篇~

秘密戦隊の少女

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 外はまだ昼間だったはずなのだが、この場所は暗くてとても寒い。
 まるで真冬の闇。
 いや、違う。目隠しをされているのだ。それに、手足も縛られている。

「あの……誰かいませんか? せめて、目隠しを取ってくださると──」

 言い終えるまえに、ハルの視界が明るくなった。
 視線の先に映るのは、吹き抜けの高い天井がある空間。そしてまわりには、自分を取り囲んで見下ろす黒衣の人物たちがいた。

「ありがとうございます」

 磔にされているというのに、ハルは誘拐犯にすら穏やかな笑顔をみせる。だが、周囲の人物の表情は黒衣のフードに隠されて影となっているためにわからない。

「あの、ここはどこなのでしょうか?」

 誰もなにも答えてはくれなかった。
 と、黒衣のひとりが輪を抜けて近づいてくる。

「……お姉さん、大丈夫かい?」
「はい?」
「顔、めっちゃ腫れてるし」

 心配そうな男の声。腫れているとは、なんのことだろうか。

「ほら、見てみなよ」

 今度は女性の声だ。手鏡をハルの顔に向ける。

「えへぇぇぇッ!?」

 自分の顔を見せられ、おかしな調子で絶叫するハル。
 それもそのはず、右の眉あたりが大きく青紫に腫れあがり──倉庫へ入った際にぶつけられた傷だ──口もとも乾いた血が──これはいつものヤツだ──べったりと付着していたからである。目隠しだと思っていた物は氷嚢で、寒気もそのせいだった。

「これは……ご心配をかけまして、すみませんでした」

 すぐに笑顔を取り戻したハルに、また別の黒衣の人物が近づいてきて話しかける。

「おまえは誰だ? なぜ我らの邪魔をする?」
「そんな、邪魔をするつもりはありません。ただ……今朝早く、謎の生命体に襲われて死んだかもしれない男性の身元と、唯一持っていた古い鍵の使い道が知りたかっただけで……あっ、ちなみに、その男性はカツラなんですよ! うふふ♪」
「…………そうか。おい、準備を進めろ」

 黒衣の男がそう冷淡に命ずれば、数人掛りで磔を床に立てて固定し始める。その最中、丈の短いプリーツスカートが乱れて下着パンツが見えそうになったり角度によっては丸見えだったのを、先ほどの女性が長い棒を使って押さえて優しくフォローしてくれた。

 まさに絶体絶命。

 このままでは槍で串刺しか、それとも火炙りにされてしまうのか──。

「ああっ、神さま……美人薄命って本当なのですね……ブハッ!」
「わーっ!? この女、血をいたぞー!」
「誰だ、勝手に攻撃をしたヤツは!?」
「なにもしてないぜ、オレたち!」

 盛大に吐血してうなだれるハルを中心に黒衣の集団が大騒ぎとなり、倉庫内がパニック状態となる。
 そんな様子を遠巻きで静かに見つめていた小柄な黒衣の人物は、壁際に積み上げられている大きな木箱に次々と俊敏に飛び移ると、周囲を楽に見渡せる最上段まであっという間に登りつめた。

「静まれ、静まれーいッ!」

 そして、片手を仰々しく前に突き出して叫ぶ。その声は、若い女のものだった。
 黒衣の集団のフードに隠された視線が大声の主へと一斉に集まる。

「なんだ? どうしたんだ、あいつ?」
「誰だよ、あれ?」
「あんな人……最初からいたかしら?」

 それぞれが謎の人物について喋りはじめる中で、ひとりだけ言葉を発さずにただ見つめる男がいた。その男の手には、異形の短刀が握り締められている。

「おまえたちの悪事、もはやここまで! 邪悪なる〈異形の民〉の末裔たちよ、おとなしく縛につけぇーいッ!」

 そう言い終えるや否や、漆黒のローブが勢いよく投げ捨てられる。次の瞬間姿を現したのは、顔のサイズに不釣り合いな大きい丸縁の眼鏡を掛けた少女だった。
 少女は、制帽と軍服のようなダブルブレストの上着を身につけているのだが、穿いていたのはガーター付きの黒いショートパンツで、剥き出しの両太股はその革ベルトで留められていた。左腕の麻帆布の腕章には〝秘密戦隊〟の文字が大きく刺繍されている。

「おまえは……誰だ?」

 短刀を隠し持つ黒衣の男が、凄みを利かせた声で問う。

「フフン! 知らなくて当然だが、特別に教えてやろう」

 右手中指で丸眼鏡を持ち上げた少女は、突然前屈みになって左腕を大きく後ろへと反らす。

「愛と平和を携えて、やって来ましたリディアス国。みんなのしあわせ守るため、ニ十四時間悪を成敗。きょうも世界を駆け巡る、勝利の女神に選ばれた完全無欠の聖なる戦士、その名も──」

 静止していた背筋を一気にただすと、今度は真剣な眼差しで右の手刀を水平に切ってみせる。そして……!

「秘密戦隊だろ? だって腕章に書いてあるもん」

 空気を読まない黒衣の誰かが、彼女に向けて指を差す。

「ズコーッ!」

 それを聞いた少女は、決めポーズの途中で盛大にずっこけた。

「とにかく、あいつも捕まえろ! 我々の邪魔をさせるな!」

 短刀を握る男が叫ぶのと同時に、黒衣の集団が積み上げられた木箱をめざして蟻のように群がる。体勢を整えた少女もそれに気づくが、なにも臆することなく、むしろ不敵に笑ってみせた。

「やれやれ、愚民どもめ」

 右手の指を拳銃ピストルの形にした少女は、片目を閉じて足もとのひとりに撃つ仕草をしてみせる。
 すると、どうであろう。
 ほんの一瞬だけ指先が光ると、まるで銃弾に撃ち抜かれたかのように、黒衣の襲撃者が後ろへ仰け反って倒れたではないか!

「ぶぐぉ!」
「おい、どうしたん……うわぁぁぁぁ!?」

 同じようにして、次々と黒衣の標的を冷静に撃ち抜いていく少女。その様子はまさに、狩りを無慈悲に楽しむ狙撃手スナイパーであった。

「こいつ……いったい何者だ……?」

 この勢いだと、殲滅されるのは時間の問題。
 男は震える手で異形の短刀を握り直し、仲間たちを見捨てて倉庫の置くへと姿を消した。

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