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第二章 ~ぶらり馬車の旅 リディアス国・王都篇~
発覚した起源
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時をさかのぼること、ニ時間ほど前──。
男の亡骸を調べ終えたアシュリンたちは、教会の裏庭に停めてある幌馬車に戻り各々準備を整えようとしていた。
「人が死んでいる。どんな危険が待ち受けているのかわからない以上、全員武器を持って情報を集めよう」
騎士団長であるアシュリンは、百合の花の美しい細工が施された鞘と柄のレイピアを腰の剣帯に携えていた。だがその一方で、三人の元侍女たちは常に丸腰だった。
そもそも、武器なんて触ったこともないドロシーは、ほかのふたりの様子を困惑の表情でうかがう。
ハルは相変わらずの穏やかな笑顔で横ずわりをし、絨毯の上に広げられた数々の武器の中から手のひらよりも大きな刀身の包丁を選び取って見つめていた。
(こわっ……いろんな意味で、こわっ……)
「あっ、ハル様! それは調理用なので使わないでくださいっ!」
それに気づいたアリッサムが、やわらかそうな頬っぺたを膨らませて抗議する。女の子ずわりをしているので、その姿はまさに〝生きている人形〟のようだ。
「あら? わたしも調理用に使おうかと──」
出刃包丁を握るハルはもう片方の手で頬を押さえると、困り顔をつくって小首をかしげた。
(こわっ……この人、やっぱりこわっ……)
ハルとアリッサムの一見すると頬笑ましくも見えるそんなやり取りから、今度は自分と向かい合うレベッカに視線を変える。
「うーん」
左目を瞑り、ブロードソードの刃渡りを入念に確認するレベッカ。片膝を立てた大股ですわっていたので、ミニスカートに隠されているはずの下着がバッチリ見えていた。
「レベッカさん、見えてますよ。あの……そんなことして、なにかわかるんですか?」
「ん? えーっとねぇ…………ドロッチのきょうのパンツは、白だな」
「なっ!」
まさか、剣の刃渡りが下着の色まで教えるというのであろうか。だとしても、ずいぶんとエッチで範囲の狭い御告げである。
「──って、みんなのパンツが白じゃないですか!」
確認作業を続けたまま薄ら笑いを浮かべたレベッカは、「よし」と満足そうにつぶやき、足もとに置いた鞘を掴んでブロードソードを納めた。
「レベッカはそれに決めたの? わたしはどうしようかしら……んー、迷っちゃう」
右手人差し指を顎につけながら、ハルは細長いパン切り包丁を笑顔で見下ろすが、アリッサムはそれを四つん這いの姿勢ですばやく掴み、首を激しく左右に振って〝これもダメです!〟と強く抵抗の意思表示をした。
「あのう、団長。そもそもわたしたち、武器をうまく扱えないんですけど……」
ドロシーは恐る恐る、目を閉じて紅茶の芳香を楽しんでいたアシュリンにその旨を伝える。
「ふむ。おまえやハルはそうかもしれんが、レベッカは剣の達人だぞ」
「えっ、剣の達人?」
「達人じゃねえよ」
「うふふ。レベッカのご先祖様は、あのレオンハルト・オーフレイムなのよ」
「…………えええええぇぇぇええッ!?」
ドロシーは驚きのあまり、即座にレベッカへすり寄る。
レベッカは髪を掻き上げながら、目の前の熱視線から顔を背けて舌打ちをした。
レオンハルト・オーフレイム……歴史上最強の聖騎士で〝美貌の剣聖〟としても名高い。
背中まで伸ばされた金色の髪と切れ長の目が中性的な魅力を存分に発揮し、細身ながら鍛え抜かれた身体が躍動するさまは、多くの絵画のなかで今もうかがうことができる。
もちろん、どの国の歴史教科書にもその活躍は大きく紹介され、数々の武勇伝が何人もの有名作家たちの手によって小説化されていた。彼を主役にした舞台も常に劇場を満員御礼にするほどの、世界的英雄なのだ。
ドロシーは四つん這いの姿勢のまま、その子孫であるレベッカの顔を食い入るように見つめる。
歴史の教科書に載っていたレオンハルトの肖像画に似ては…………いない。
いや、つり目なので、面影があるような気が段々としてきた。けれども、やっぱり気のせいのような、そうでもないような──さらに顔を近づけてドロシーは目を凝らす。やっぱり、似てはいなかった。
「なんだよ、もう!」
そんな珍獣を見るような扱いを受けて機嫌を損ねたのか、沈黙を保っていたレベッカが、とうとうブロードソードを片手に馬車を降りてしまった。
「あ……怒っ……た?」
「とっくに慣れているはずなんだけど、あなたには知られたくなかったのかしらねぇ?」
結局、武器として謎の指輪を選んだハルが、それを嵌めた指をうっとりと眺めながら答えた。
「ちょっと、レベッカさん!」
思わぬ展開に、ドロシーも急いで馬車を降りる。
そこにはもう、彼女の姿はなかった。
(教会の中かな? それとも──)
にぎやかな喧騒と肉の焼ける美味しそうなにおいが、通りのほうから風にのってやってくる。もしかしたらと、ドロシーは考えた。
(このにおい、あっちからだ!)
プリーツスカートを可憐にひるがえして向きを変えたドロシーは、そのまま迷うことなく通りをめざして駆け出していく。
香ばしいにおいだけを頼りに、レベッカの行方を追う。このときだけは、〝どうか食いしん坊でいてくれ〟と強く願っていた。
駆け出すドロシーが石造りの家屋に囲まれた小さな空き地にたどり着くと、そこに停まっていた屋台の前で、レベッカはどこか物欲しそうにして、ひとり佇んでいた。
「はぁ、はぁ、はぁ……ここに……いたんですね」
レベッカは無言のまま、なにも応えてはくれない。
しかたなくドロシーは、肉が焼ける煙を浴びながら屋台をのぞき込み、丸坊主の太った店主に訊ねた。
「ねえ、おじさん。これって鶏肉ですか?」
「おうよ! おれッチのカミさんの元旦那の実家のとなりにある農場で今朝絞めたばかりの、プリップリの新鮮肉でいッ!」
なにやら複雑な事情を持つ店主は、串に刺さった鶏モモ肉の塊を手際よく炭火で焼きながら、大声で答える。
「へー。だそうです」
はつらつとした笑顔をレベッカに向けてみせるも、彼女はなにも言葉を返さずに串焼きをじっと見ていた。その代わり、右手を並び立つドロシーに差し出し、金銭を要求した。
「あっ……えーっと、ちょっと待っててください……」
スカートと同じように着丈の短い上着の内ポケットから財布を取り出し、そこから銀貨一枚を手渡す。
レベッカはそれを無言で受け取ると、店主に片手の指をニ本立てて向けた。
「あいよッ、まいどありー!」
活気の良い声を聞きながら、ふたりは店主から串焼きをそれぞれ受け取る。鶏モモ肉の味付けは秘伝のハーブソルトらしく、最初は塩辛く感じたドロシーではあったが、食べ進むにつれ、塊肉にはちょうど良い濃さだと思えた。
チラリと、横目で立ち食い仲間の様子をうかがえば、鶏モモ肉を串から落とさないよう、真顔のままうまくかぶりついていた。
「レベッカさん、あの……さっきは、すみませんでした」
「……なにが?」
「その、動物園の珍獣を見るみたいなことをしちゃって」
「珍獣ねえ」
レベッカがそう言って豪快に噛みつけば、鶏肉の皮が一気に剥がれ、肉汁が地面に滴り落ちる。
「んー! もっふぁいへぇ!」
本気で悔しがる様子に、ドロシーは思わず声を上げて笑ってしまった。
「あ、ごめんなさい……」
「はむはむ……ドロッチさぁ、さっきからなにを謝ってんの?」
「えっ? だって──」
「立派過ぎるご先祖様のおかげで、あたしも有名人みたく扱われたりもするけどさ、もう慣れ過ぎてなにも感じないよ」
「……それじゃあ、さっきは怒って出て行ったんじゃないんですか?」
その問いかけを無視するかのように、レベッカは残りの肉に食らいつく。ドロシーは言葉を続けようとするも、それをやめて元気をなくした表情に変わり、冷めはじめた鶏モモ肉を噛じった。
「恥ずかしいだろ……見つめられると……」
先に食べ終えたレベッカが尖った串の先に向かってそうつぶやき、屋台のそばに置かれているゴミ箱へと上手に放り投げる。
「ふぇ? なにか言いまふぃふぁ?」
「なんでもねぇーよ! ほら、いつまで食ってんだよ、行くぞドロッチ!」
「あ! まっふぇー!」
塊肉に噛みついたままのドロシーは、不意に歩きだした背中を追いかけて走った。
「そういえば聞いてなかったけどさ、ドロッチはどこの出身?」
「もぐもぐ……実家は、アルボスの近くです」
「アルボスって、〝森林の迷宮〟で有名な? 結構遠くから来たんだな。それじゃあ、精霊魔法を使えるのか。エルフの友達はいる?」
「いますけど……わたし、魔法は全然使えません」
「えっ、なんで? あ、そうか……ゴメン」
「いいんです。謝らないでください」
ドロシーは元気よく笑ってみせるも、並んで歩くレベッカがその笑顔を見ることはなかった。
そこからずっとお互い無言のまま、ふたりは教会へたどり着く。
暖かな陽気に包まれる裏庭では、木に縛り付けられたアリッサムが、右のこぶしを大きく振り上げて襲いかかろうとするハルに泣きながら命乞いをしていた。
「げっ、マジかよ!?」
「ちょ……ハルさん!? アリッサムになにをしてるんですか!」
驚いて駆け寄るふたりを、聖母のように慈愛の満ちたハルの笑顔が出迎える。
「あら、おかえりなさい。なにって……〝実戦練習〟をちょっと」
「実戦!?」
ドロシーは、さらに驚きをみせる表情でハルが握り構える右手を見た。
よく目を凝らせば、嵌められた指輪から蜘蛛の糸のように細い針が五センチ以上伸びている。どうやら指輪の正体は暗殺用の武器で、針の先からは謎の液体が滴り落ちていた。
「助けてください助けてください助けてください助けてください助けてください助けてください助けてください助けてください──」
とうとう涙が枯れ果てたアリッサムは、瞬きもせずに遠くを見つめたまま、壊れてしまった〝お喋り人形〟のように、いつまでも命乞いを繰り返すのであった。
男の亡骸を調べ終えたアシュリンたちは、教会の裏庭に停めてある幌馬車に戻り各々準備を整えようとしていた。
「人が死んでいる。どんな危険が待ち受けているのかわからない以上、全員武器を持って情報を集めよう」
騎士団長であるアシュリンは、百合の花の美しい細工が施された鞘と柄のレイピアを腰の剣帯に携えていた。だがその一方で、三人の元侍女たちは常に丸腰だった。
そもそも、武器なんて触ったこともないドロシーは、ほかのふたりの様子を困惑の表情でうかがう。
ハルは相変わらずの穏やかな笑顔で横ずわりをし、絨毯の上に広げられた数々の武器の中から手のひらよりも大きな刀身の包丁を選び取って見つめていた。
(こわっ……いろんな意味で、こわっ……)
「あっ、ハル様! それは調理用なので使わないでくださいっ!」
それに気づいたアリッサムが、やわらかそうな頬っぺたを膨らませて抗議する。女の子ずわりをしているので、その姿はまさに〝生きている人形〟のようだ。
「あら? わたしも調理用に使おうかと──」
出刃包丁を握るハルはもう片方の手で頬を押さえると、困り顔をつくって小首をかしげた。
(こわっ……この人、やっぱりこわっ……)
ハルとアリッサムの一見すると頬笑ましくも見えるそんなやり取りから、今度は自分と向かい合うレベッカに視線を変える。
「うーん」
左目を瞑り、ブロードソードの刃渡りを入念に確認するレベッカ。片膝を立てた大股ですわっていたので、ミニスカートに隠されているはずの下着がバッチリ見えていた。
「レベッカさん、見えてますよ。あの……そんなことして、なにかわかるんですか?」
「ん? えーっとねぇ…………ドロッチのきょうのパンツは、白だな」
「なっ!」
まさか、剣の刃渡りが下着の色まで教えるというのであろうか。だとしても、ずいぶんとエッチで範囲の狭い御告げである。
「──って、みんなのパンツが白じゃないですか!」
確認作業を続けたまま薄ら笑いを浮かべたレベッカは、「よし」と満足そうにつぶやき、足もとに置いた鞘を掴んでブロードソードを納めた。
「レベッカはそれに決めたの? わたしはどうしようかしら……んー、迷っちゃう」
右手人差し指を顎につけながら、ハルは細長いパン切り包丁を笑顔で見下ろすが、アリッサムはそれを四つん這いの姿勢ですばやく掴み、首を激しく左右に振って〝これもダメです!〟と強く抵抗の意思表示をした。
「あのう、団長。そもそもわたしたち、武器をうまく扱えないんですけど……」
ドロシーは恐る恐る、目を閉じて紅茶の芳香を楽しんでいたアシュリンにその旨を伝える。
「ふむ。おまえやハルはそうかもしれんが、レベッカは剣の達人だぞ」
「えっ、剣の達人?」
「達人じゃねえよ」
「うふふ。レベッカのご先祖様は、あのレオンハルト・オーフレイムなのよ」
「…………えええええぇぇぇええッ!?」
ドロシーは驚きのあまり、即座にレベッカへすり寄る。
レベッカは髪を掻き上げながら、目の前の熱視線から顔を背けて舌打ちをした。
レオンハルト・オーフレイム……歴史上最強の聖騎士で〝美貌の剣聖〟としても名高い。
背中まで伸ばされた金色の髪と切れ長の目が中性的な魅力を存分に発揮し、細身ながら鍛え抜かれた身体が躍動するさまは、多くの絵画のなかで今もうかがうことができる。
もちろん、どの国の歴史教科書にもその活躍は大きく紹介され、数々の武勇伝が何人もの有名作家たちの手によって小説化されていた。彼を主役にした舞台も常に劇場を満員御礼にするほどの、世界的英雄なのだ。
ドロシーは四つん這いの姿勢のまま、その子孫であるレベッカの顔を食い入るように見つめる。
歴史の教科書に載っていたレオンハルトの肖像画に似ては…………いない。
いや、つり目なので、面影があるような気が段々としてきた。けれども、やっぱり気のせいのような、そうでもないような──さらに顔を近づけてドロシーは目を凝らす。やっぱり、似てはいなかった。
「なんだよ、もう!」
そんな珍獣を見るような扱いを受けて機嫌を損ねたのか、沈黙を保っていたレベッカが、とうとうブロードソードを片手に馬車を降りてしまった。
「あ……怒っ……た?」
「とっくに慣れているはずなんだけど、あなたには知られたくなかったのかしらねぇ?」
結局、武器として謎の指輪を選んだハルが、それを嵌めた指をうっとりと眺めながら答えた。
「ちょっと、レベッカさん!」
思わぬ展開に、ドロシーも急いで馬車を降りる。
そこにはもう、彼女の姿はなかった。
(教会の中かな? それとも──)
にぎやかな喧騒と肉の焼ける美味しそうなにおいが、通りのほうから風にのってやってくる。もしかしたらと、ドロシーは考えた。
(このにおい、あっちからだ!)
プリーツスカートを可憐にひるがえして向きを変えたドロシーは、そのまま迷うことなく通りをめざして駆け出していく。
香ばしいにおいだけを頼りに、レベッカの行方を追う。このときだけは、〝どうか食いしん坊でいてくれ〟と強く願っていた。
駆け出すドロシーが石造りの家屋に囲まれた小さな空き地にたどり着くと、そこに停まっていた屋台の前で、レベッカはどこか物欲しそうにして、ひとり佇んでいた。
「はぁ、はぁ、はぁ……ここに……いたんですね」
レベッカは無言のまま、なにも応えてはくれない。
しかたなくドロシーは、肉が焼ける煙を浴びながら屋台をのぞき込み、丸坊主の太った店主に訊ねた。
「ねえ、おじさん。これって鶏肉ですか?」
「おうよ! おれッチのカミさんの元旦那の実家のとなりにある農場で今朝絞めたばかりの、プリップリの新鮮肉でいッ!」
なにやら複雑な事情を持つ店主は、串に刺さった鶏モモ肉の塊を手際よく炭火で焼きながら、大声で答える。
「へー。だそうです」
はつらつとした笑顔をレベッカに向けてみせるも、彼女はなにも言葉を返さずに串焼きをじっと見ていた。その代わり、右手を並び立つドロシーに差し出し、金銭を要求した。
「あっ……えーっと、ちょっと待っててください……」
スカートと同じように着丈の短い上着の内ポケットから財布を取り出し、そこから銀貨一枚を手渡す。
レベッカはそれを無言で受け取ると、店主に片手の指をニ本立てて向けた。
「あいよッ、まいどありー!」
活気の良い声を聞きながら、ふたりは店主から串焼きをそれぞれ受け取る。鶏モモ肉の味付けは秘伝のハーブソルトらしく、最初は塩辛く感じたドロシーではあったが、食べ進むにつれ、塊肉にはちょうど良い濃さだと思えた。
チラリと、横目で立ち食い仲間の様子をうかがえば、鶏モモ肉を串から落とさないよう、真顔のままうまくかぶりついていた。
「レベッカさん、あの……さっきは、すみませんでした」
「……なにが?」
「その、動物園の珍獣を見るみたいなことをしちゃって」
「珍獣ねえ」
レベッカがそう言って豪快に噛みつけば、鶏肉の皮が一気に剥がれ、肉汁が地面に滴り落ちる。
「んー! もっふぁいへぇ!」
本気で悔しがる様子に、ドロシーは思わず声を上げて笑ってしまった。
「あ、ごめんなさい……」
「はむはむ……ドロッチさぁ、さっきからなにを謝ってんの?」
「えっ? だって──」
「立派過ぎるご先祖様のおかげで、あたしも有名人みたく扱われたりもするけどさ、もう慣れ過ぎてなにも感じないよ」
「……それじゃあ、さっきは怒って出て行ったんじゃないんですか?」
その問いかけを無視するかのように、レベッカは残りの肉に食らいつく。ドロシーは言葉を続けようとするも、それをやめて元気をなくした表情に変わり、冷めはじめた鶏モモ肉を噛じった。
「恥ずかしいだろ……見つめられると……」
先に食べ終えたレベッカが尖った串の先に向かってそうつぶやき、屋台のそばに置かれているゴミ箱へと上手に放り投げる。
「ふぇ? なにか言いまふぃふぁ?」
「なんでもねぇーよ! ほら、いつまで食ってんだよ、行くぞドロッチ!」
「あ! まっふぇー!」
塊肉に噛みついたままのドロシーは、不意に歩きだした背中を追いかけて走った。
「そういえば聞いてなかったけどさ、ドロッチはどこの出身?」
「もぐもぐ……実家は、アルボスの近くです」
「アルボスって、〝森林の迷宮〟で有名な? 結構遠くから来たんだな。それじゃあ、精霊魔法を使えるのか。エルフの友達はいる?」
「いますけど……わたし、魔法は全然使えません」
「えっ、なんで? あ、そうか……ゴメン」
「いいんです。謝らないでください」
ドロシーは元気よく笑ってみせるも、並んで歩くレベッカがその笑顔を見ることはなかった。
そこからずっとお互い無言のまま、ふたりは教会へたどり着く。
暖かな陽気に包まれる裏庭では、木に縛り付けられたアリッサムが、右のこぶしを大きく振り上げて襲いかかろうとするハルに泣きながら命乞いをしていた。
「げっ、マジかよ!?」
「ちょ……ハルさん!? アリッサムになにをしてるんですか!」
驚いて駆け寄るふたりを、聖母のように慈愛の満ちたハルの笑顔が出迎える。
「あら、おかえりなさい。なにって……〝実戦練習〟をちょっと」
「実戦!?」
ドロシーは、さらに驚きをみせる表情でハルが握り構える右手を見た。
よく目を凝らせば、嵌められた指輪から蜘蛛の糸のように細い針が五センチ以上伸びている。どうやら指輪の正体は暗殺用の武器で、針の先からは謎の液体が滴り落ちていた。
「助けてください助けてください助けてください助けてください助けてください助けてください助けてください助けてください──」
とうとう涙が枯れ果てたアリッサムは、瞬きもせずに遠くを見つめたまま、壊れてしまった〝お喋り人形〟のように、いつまでも命乞いを繰り返すのであった。
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