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第二章 ~ぶらり馬車の旅 リディアス国・王都篇~
挿話 アリッサム・サピア
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「よい、しょっと!」
見た目よりも重たかった小さな宝箱を、なんとか持ち上げて隅に寄せたアリッサムは、続いて年季の入ったストーブも横にどかす。ほかのみんなが事件について調べに出ているうちに、荷台の中を綺麗に掃除しようとしていたからだ。
この幌馬車と様々な生活必需品は、馬や装備品以外が中古だった。なぜなら、冒険の軍資金はシャーロット王女の〝国内旅行予算〟の名目で計上されていたため、高価な武器や衣装をそろえるのにそのほとんどが消えてしまっていたからである。
「うわっ! なんの染みかな……これって、ブルーベリージャム?」
色あせた絨毯の下に隠れていたのは(そこはレベッカの特等席でもある)、床板に染み込んだ謎の汚れ。アリッサムは額に玉の汗を浮かばせて、濡れ雑巾で念入りに磨きあげる。
「ふー!」正座を崩した姿勢で小休止。
近くにある、重ねられた人数分の脱衣カゴを見る。冒険はまだ始まったばかりなので、洗濯物はもちろんひとつも無い。
シャーロット王女は武具の調達は念頭にあっても、生活用品については考えてもいなかった。それゆえ、アリッサムの助言をなんの抵抗もなく、彼女の希望どおりに了承してくれていた。
そう、衣装や下着についても──。
騎士団員の正装は当初、団長だけがミニスカートで、ほかの団員たちは〝動きやすい服装〟とだけしか決められてはいなかったのだが、それを変えたのがアリッサムだ。
『統率はまず服装からです。制服と同じで、視覚から仲間意識を芽生えさせるべきです』
シャーロット王女が、手帳を片手にペンを走らせながら何度もうなずく。
『長い冒険には、病や怪我がつきもの。下着は常に衛生的でなければなりません。清潔感あふれる木綿製の白地にしてください。扇情的なデザインなんてもってのほか……(わたし的には)外道です。騎士団は遊ぶ場所ではありません、(わたしが性的に満足するための)学びの場なのです』
学生手帳に書いてあった文言をそのまま引用した言葉ではあったが、なにも知らない王女は、真剣な眼差しでそれを一語一句、逃さず手帳に書き留める。
だが、本当の目的は、正装の露出が多ければ目の保養にもなるし、全員の下着が同じなら──さすがにシャーロット王女までは無理だった──アリッサムの倒錯した欲望渦巻く〝偉大なる計画〟がすべて完璧に遂行されるからである。
「うふふふ♡ ランランララ~ン♪」
薄紅色に染まった頬が、とても幸せそうに緩む。
純白のピナフォアで手を拭きながら立ち上がったアリッサムは、汚れきったバケツの水を変えようと、薄明かりの車内から光の世界へと鼻歌交じりに出ていった。
早朝の冷気とは違い、お昼が近い今の時間帯は暖かな陽光が天から降りそそいでいるため、外はぬくもりに満ちあふれている。絶好の洗濯日和だ。
アリッサムが教会の裏庭にある古井戸から水を汲み上げていると、若い修道女に話しかけられた。
「あの……よろしければ、なにかお手伝いを致しましょうか?」
「あっ、えーっとですね……今のところは簡単な雑用しかしていませんし、わたしひとりで大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
そう言って笑顔を見せるアリッサムにつられてなのか、修道女も微笑みを返す。
「そうですか。もしなにかほかにお困りでしたら、遠慮なさらずわたくしに声をかけてくださいね」
「はい。ありがとうございます」
「それでは、またのちほど……」
修道女は最後に「デア=リディアの御加護があらんことを」とつぶやき、教会へと歩きだした。
アリッサムは、去り行く彼女の後ろ姿を眺めながら──とくにヒップラインを見つめながら、人知れず舌なめずりをしていた。黒い衣服で隠されてはいるものの、とても扇情的な、自分好みの肉付きの良い形をしている。このときアリッサムは、あろうことか修道女を相手に視姦していた。まさに、神を冒涜する愚挙である。
ただし、こういった行いは彼女にすれば日常茶飯事の平常運転で、別段めずらしくもない変態行為のひとつでもあった。
「…………おっと! いけない、いけない」
アリッサムは我に返ると、井戸水で満たされたバケツを持って幌馬車へと戻る。
どんなに遅くとも、アシュリンたちが帰ってくるのは夕暮れ時になるだろう。それまでに荷台の清掃と、苦手ではあるが、夕食の下準備も済ませておきたいところだ。
「はぁ……お掃除はすぐに終わりそうだけど……お料理はどうしようかな……。なんとかうまく誤魔化せる方法を考えなきゃ……」
深いため息をつきながらバケツに浸した濡れ雑巾を両手で絞り、拭き掃除を再開させる。
先程まで好色でいっぱいだった脳内は、最大級の心配事で埋め尽くされていた。
「夕飯はカレーにしようかな……カレーなら、初心者のわたしでも失敗しなさそうだし……あっ……でも、お米かぁ……お米だよなぁ~、う~ん」
思考の波に合わせるように、手が動いては、また止まる。独り言も増えてゆく。
そんなことを繰り返しながら、時間は緩やかに、されど確実に、答えが導き出されないまま過ぎていった。
見た目よりも重たかった小さな宝箱を、なんとか持ち上げて隅に寄せたアリッサムは、続いて年季の入ったストーブも横にどかす。ほかのみんなが事件について調べに出ているうちに、荷台の中を綺麗に掃除しようとしていたからだ。
この幌馬車と様々な生活必需品は、馬や装備品以外が中古だった。なぜなら、冒険の軍資金はシャーロット王女の〝国内旅行予算〟の名目で計上されていたため、高価な武器や衣装をそろえるのにそのほとんどが消えてしまっていたからである。
「うわっ! なんの染みかな……これって、ブルーベリージャム?」
色あせた絨毯の下に隠れていたのは(そこはレベッカの特等席でもある)、床板に染み込んだ謎の汚れ。アリッサムは額に玉の汗を浮かばせて、濡れ雑巾で念入りに磨きあげる。
「ふー!」正座を崩した姿勢で小休止。
近くにある、重ねられた人数分の脱衣カゴを見る。冒険はまだ始まったばかりなので、洗濯物はもちろんひとつも無い。
シャーロット王女は武具の調達は念頭にあっても、生活用品については考えてもいなかった。それゆえ、アリッサムの助言をなんの抵抗もなく、彼女の希望どおりに了承してくれていた。
そう、衣装や下着についても──。
騎士団員の正装は当初、団長だけがミニスカートで、ほかの団員たちは〝動きやすい服装〟とだけしか決められてはいなかったのだが、それを変えたのがアリッサムだ。
『統率はまず服装からです。制服と同じで、視覚から仲間意識を芽生えさせるべきです』
シャーロット王女が、手帳を片手にペンを走らせながら何度もうなずく。
『長い冒険には、病や怪我がつきもの。下着は常に衛生的でなければなりません。清潔感あふれる木綿製の白地にしてください。扇情的なデザインなんてもってのほか……(わたし的には)外道です。騎士団は遊ぶ場所ではありません、(わたしが性的に満足するための)学びの場なのです』
学生手帳に書いてあった文言をそのまま引用した言葉ではあったが、なにも知らない王女は、真剣な眼差しでそれを一語一句、逃さず手帳に書き留める。
だが、本当の目的は、正装の露出が多ければ目の保養にもなるし、全員の下着が同じなら──さすがにシャーロット王女までは無理だった──アリッサムの倒錯した欲望渦巻く〝偉大なる計画〟がすべて完璧に遂行されるからである。
「うふふふ♡ ランランララ~ン♪」
薄紅色に染まった頬が、とても幸せそうに緩む。
純白のピナフォアで手を拭きながら立ち上がったアリッサムは、汚れきったバケツの水を変えようと、薄明かりの車内から光の世界へと鼻歌交じりに出ていった。
早朝の冷気とは違い、お昼が近い今の時間帯は暖かな陽光が天から降りそそいでいるため、外はぬくもりに満ちあふれている。絶好の洗濯日和だ。
アリッサムが教会の裏庭にある古井戸から水を汲み上げていると、若い修道女に話しかけられた。
「あの……よろしければ、なにかお手伝いを致しましょうか?」
「あっ、えーっとですね……今のところは簡単な雑用しかしていませんし、わたしひとりで大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
そう言って笑顔を見せるアリッサムにつられてなのか、修道女も微笑みを返す。
「そうですか。もしなにかほかにお困りでしたら、遠慮なさらずわたくしに声をかけてくださいね」
「はい。ありがとうございます」
「それでは、またのちほど……」
修道女は最後に「デア=リディアの御加護があらんことを」とつぶやき、教会へと歩きだした。
アリッサムは、去り行く彼女の後ろ姿を眺めながら──とくにヒップラインを見つめながら、人知れず舌なめずりをしていた。黒い衣服で隠されてはいるものの、とても扇情的な、自分好みの肉付きの良い形をしている。このときアリッサムは、あろうことか修道女を相手に視姦していた。まさに、神を冒涜する愚挙である。
ただし、こういった行いは彼女にすれば日常茶飯事の平常運転で、別段めずらしくもない変態行為のひとつでもあった。
「…………おっと! いけない、いけない」
アリッサムは我に返ると、井戸水で満たされたバケツを持って幌馬車へと戻る。
どんなに遅くとも、アシュリンたちが帰ってくるのは夕暮れ時になるだろう。それまでに荷台の清掃と、苦手ではあるが、夕食の下準備も済ませておきたいところだ。
「はぁ……お掃除はすぐに終わりそうだけど……お料理はどうしようかな……。なんとかうまく誤魔化せる方法を考えなきゃ……」
深いため息をつきながらバケツに浸した濡れ雑巾を両手で絞り、拭き掃除を再開させる。
先程まで好色でいっぱいだった脳内は、最大級の心配事で埋め尽くされていた。
「夕飯はカレーにしようかな……カレーなら、初心者のわたしでも失敗しなさそうだし……あっ……でも、お米かぁ……お米だよなぁ~、う~ん」
思考の波に合わせるように、手が動いては、また止まる。独り言も増えてゆく。
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