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序章 ~お姫さまが旅立つまでのお話~
待機部屋の侍女たち
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異世界より召喚されし伝説の勇者が邪神を倒してから、十八年の歳月が流れた現在。ここ小国リディアスは、辺境の緑豊かな山岳部に守られるようにして、平穏無事に栄えていた。
そのにぎやかな王都の中心部で悠然とそびえ立つ城には、一粒種のうら若き姫君シャーロット・アシュリン・クラウザー王女が住んでいる。〝リディアスの生きた宝石〟と讃えられるほど、シャーロット王女の美しい容姿は近隣諸国でも有名ではあったが、王女は生まれながらの奇病を患っているため公の場に姿を現すことは滅多になく、その姿を実際に見た貴族ですら、ほんの一握りだけだった。
そんな美麗の王女に仕えるべく、遠路はるばる山をいくつも越えて同盟国から行儀見習いで奉公にやって来たドロシー・ケイ・ウインドハイムではあったのだが、侍女専用の待機部屋のドアを開けた途端、数秒ほど動けずに固まってしまっていた。
待機部屋はなぜか、和室の四畳半で窓ひとつ見あたらない。その狭さも相まって、牢獄のような圧迫間が充満している。しかも、小部屋の中央で鎮座する年季が入ったちゃぶ台の壊れた脚は、あろうことかガムテープで粗末にグルグル巻きで補修されていた。城内の絢爛豪華な調度品の数々とは、まるで大違いである。
(うっわ……もう最悪じゃんこれ……。王女付きの侍女の待機部屋って、どこのお城もこんな感じなのかな……? もしかして、わたしハズレ引いちゃった?)
あきらめの表情で小さなため息をつき、三和土に革のローファーを脱いできれいに向きを揃えると、ドロシーは前ボタンのミモレ丈スカートの裾が汚れないかを気にしつつ、くたびれた座布団の上で横ずわりになった。
「気にすんなよ、新入りぃー。あしたまでには、このブタ箱にもすっかり慣れるからさ。つか、慣れろ」
少しだけかたむく天板に片肘をつき、手の甲で顎を支えてくつろいでいた同じ服装の先輩侍女が、視線をいっさい合わさずに冷たく言い放つ。
ブルネットのショートヘアがよく似合う少しつり目の彼女は、先ほどからずっと熱心に文庫本を読んでいた。背表紙の題名から察するに、どうやら恋愛小説のようだ。
「あっ……はい……どうもです」
とりあえず返事をしてはみたものの、彼女から次の言葉が発せられる気配はなく、それ以上ふたりの会話は続きそうになかった。
やがて、狭い空間が沈黙に包まれる。
午前中は、もうひとりの先輩侍女──笑顔がよく似合う、おっとりとした性格の東洋人女性──が城内各所の説明や挨拶まわりに同行してくれていた。休憩時間になって、やっと解放されたかと思えば、これである。
ドロシーは視線を泳がせつつ、己の思考をフル回転させた。
(あちゃー……どうしよう……めっちゃ気まずいよ、この状態……。なにか話題をつくりたいけど……)
この無愛想な先輩侍女とは、これから付き合いが長くなるはず。なんとかして会話の糸口を探して親しくなりたいドロシーは、彼女が黙々と読んでいる本について訊ねてみることにした。
「あの、いま読んでるそれって恋愛小説ですよね? わたしも、たまに読むんですよー。どんな内容なんですか?」
はつらつに笑顔で話しかけるドロシーを先輩侍女はまたもや見ることなく、「ウザい後輩侍女が出てこない話」とだけ、一本調子で素っ気なく答えた。
そして、ふたたび長い沈黙が、狭い待機部屋を支配する。
(無理無理無理無理無理……こんな人、絶対無理だから!)
早くもうひとりの優しい先輩侍女が戻ってこないか、天板のなにか食べ物をこぼしたような染みを見つめながら、ドロシーは必死に心の中で神に祈った。
が、祈ったところで現状は打開されない。
ふとそのとき、自己紹介がまだだったのを思い出し、笑顔をみせて「あの、わたしドロシーって言います!」と、懲りずに声高らかに話しかけた。それでも、やはり先輩侍女は見向きもせず、読書を続けながら「あたしはレベッカぁ」とだけ、小さな声で力無く応えてはくれた。
ドロシーは、苦虫を噛み潰したような顔になりながら人知れずこぶしをつくり、それを見下ろす。そして、両目を閉じて深いため息をついた。
(なんなのよ、この人!? いったいどんな教育を受けてきたのよ!? そっちがその気なら、こっちも同じように……って、ううん、ダメダメ! それじゃ、わたしも同じような人間に──)
「なぁ、新入りぃ」
「……えっ? は、はい!」
突然話しかけられ、驚いたドロシーの声色は裏返る。
「おまえ、歳いくつ?」
いつの間にか文庫本を閉じたレベッカが、まっすぐドロシーの顔を見つめていた。
「えーと、もうすぐ十五歳になります……」
「あたしは十七だ」
レベッカは、まばたきもせずにニヤリと白い歯を見せつけるようにして笑うと、文庫本をひろげて読書を再開した。
「と、年上のお姉さんなんですね~♡ いろいろと教えてくださいよ、レベッカさん♡」
「あのさ、あたしにつくり笑いはしなくていいから。愛想を振りまくなら、仕事中だけにしときなよ。もっとも、あたしは仕事中でも笑わないけどね」
ドロシーはそう聞いてすぐに〝ですよね〟と思ったが、口にはもちろん出さなかった。
そのにぎやかな王都の中心部で悠然とそびえ立つ城には、一粒種のうら若き姫君シャーロット・アシュリン・クラウザー王女が住んでいる。〝リディアスの生きた宝石〟と讃えられるほど、シャーロット王女の美しい容姿は近隣諸国でも有名ではあったが、王女は生まれながらの奇病を患っているため公の場に姿を現すことは滅多になく、その姿を実際に見た貴族ですら、ほんの一握りだけだった。
そんな美麗の王女に仕えるべく、遠路はるばる山をいくつも越えて同盟国から行儀見習いで奉公にやって来たドロシー・ケイ・ウインドハイムではあったのだが、侍女専用の待機部屋のドアを開けた途端、数秒ほど動けずに固まってしまっていた。
待機部屋はなぜか、和室の四畳半で窓ひとつ見あたらない。その狭さも相まって、牢獄のような圧迫間が充満している。しかも、小部屋の中央で鎮座する年季が入ったちゃぶ台の壊れた脚は、あろうことかガムテープで粗末にグルグル巻きで補修されていた。城内の絢爛豪華な調度品の数々とは、まるで大違いである。
(うっわ……もう最悪じゃんこれ……。王女付きの侍女の待機部屋って、どこのお城もこんな感じなのかな……? もしかして、わたしハズレ引いちゃった?)
あきらめの表情で小さなため息をつき、三和土に革のローファーを脱いできれいに向きを揃えると、ドロシーは前ボタンのミモレ丈スカートの裾が汚れないかを気にしつつ、くたびれた座布団の上で横ずわりになった。
「気にすんなよ、新入りぃー。あしたまでには、このブタ箱にもすっかり慣れるからさ。つか、慣れろ」
少しだけかたむく天板に片肘をつき、手の甲で顎を支えてくつろいでいた同じ服装の先輩侍女が、視線をいっさい合わさずに冷たく言い放つ。
ブルネットのショートヘアがよく似合う少しつり目の彼女は、先ほどからずっと熱心に文庫本を読んでいた。背表紙の題名から察するに、どうやら恋愛小説のようだ。
「あっ……はい……どうもです」
とりあえず返事をしてはみたものの、彼女から次の言葉が発せられる気配はなく、それ以上ふたりの会話は続きそうになかった。
やがて、狭い空間が沈黙に包まれる。
午前中は、もうひとりの先輩侍女──笑顔がよく似合う、おっとりとした性格の東洋人女性──が城内各所の説明や挨拶まわりに同行してくれていた。休憩時間になって、やっと解放されたかと思えば、これである。
ドロシーは視線を泳がせつつ、己の思考をフル回転させた。
(あちゃー……どうしよう……めっちゃ気まずいよ、この状態……。なにか話題をつくりたいけど……)
この無愛想な先輩侍女とは、これから付き合いが長くなるはず。なんとかして会話の糸口を探して親しくなりたいドロシーは、彼女が黙々と読んでいる本について訊ねてみることにした。
「あの、いま読んでるそれって恋愛小説ですよね? わたしも、たまに読むんですよー。どんな内容なんですか?」
はつらつに笑顔で話しかけるドロシーを先輩侍女はまたもや見ることなく、「ウザい後輩侍女が出てこない話」とだけ、一本調子で素っ気なく答えた。
そして、ふたたび長い沈黙が、狭い待機部屋を支配する。
(無理無理無理無理無理……こんな人、絶対無理だから!)
早くもうひとりの優しい先輩侍女が戻ってこないか、天板のなにか食べ物をこぼしたような染みを見つめながら、ドロシーは必死に心の中で神に祈った。
が、祈ったところで現状は打開されない。
ふとそのとき、自己紹介がまだだったのを思い出し、笑顔をみせて「あの、わたしドロシーって言います!」と、懲りずに声高らかに話しかけた。それでも、やはり先輩侍女は見向きもせず、読書を続けながら「あたしはレベッカぁ」とだけ、小さな声で力無く応えてはくれた。
ドロシーは、苦虫を噛み潰したような顔になりながら人知れずこぶしをつくり、それを見下ろす。そして、両目を閉じて深いため息をついた。
(なんなのよ、この人!? いったいどんな教育を受けてきたのよ!? そっちがその気なら、こっちも同じように……って、ううん、ダメダメ! それじゃ、わたしも同じような人間に──)
「なぁ、新入りぃ」
「……えっ? は、はい!」
突然話しかけられ、驚いたドロシーの声色は裏返る。
「おまえ、歳いくつ?」
いつの間にか文庫本を閉じたレベッカが、まっすぐドロシーの顔を見つめていた。
「えーと、もうすぐ十五歳になります……」
「あたしは十七だ」
レベッカは、まばたきもせずにニヤリと白い歯を見せつけるようにして笑うと、文庫本をひろげて読書を再開した。
「と、年上のお姉さんなんですね~♡ いろいろと教えてくださいよ、レベッカさん♡」
「あのさ、あたしにつくり笑いはしなくていいから。愛想を振りまくなら、仕事中だけにしときなよ。もっとも、あたしは仕事中でも笑わないけどね」
ドロシーはそう聞いてすぐに〝ですよね〟と思ったが、口にはもちろん出さなかった。
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