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第1章 その男、革命教師。
手違いから生まれた争い
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黒檀の木箸だけでビーフストロガノフを忙しなく食べていると、先ほどまで花が座っていた隣の席に、派手な化粧とプラチナブロンドの髪色をした女子生徒が現れる。
彼女は、唐揚げ定食が乗ったトレイを勢いよく置いて浅く腰掛けるが、その反動で貴重なメイン食材がひとつ、長机の天板に転げ落ちた。
「チッ! ついてへんわ!」
転がった唐揚げに気づいた派手な女子生徒は、あからさまに舌打ちをしてから中腰になり、ひょいと摘まんで遠くの席にめがけて放り投げてしまった。
もったいないことを……三秒ルールなら、間に合ったはずだ。
投げた唐揚げがほかの生徒に直撃したのを見届けた彼女は、身体を斜めに向けた姿勢でふたたび浅く着席する。長机の下では、極限まで短く裾上げされたプリーツスカートが、組まれた太股をより扇情的に魅せていた。
やがて彼女は、スパイラルパーマのミディアムヘアを無造作に掻き上げながら、大声で愚痴をこぼし始める。
「唐揚げ一個損したやん、もーっ! ビフガノが正解やったんか……あー、クソッ!」
こちらも唐揚げ定食がよかったと、心の中で愚痴を述べる。すると同時に、隣から強い視線を感じた。
横目で見れば、派手な化粧の女子生徒が、口を大きく開けたまま私を睨みつけているではないか。
「ピッポー?」
「〝どうした?〟ちゃうわ! オッサンなぁ、なんでビフガノを箸で喰うとんねん?」
理由を訊ねられても、手違いとしか答えようがない。
「ピッポ、プルピッポー」
「はぁ!? 手違いちゃうわ! 箸違いやろ!」
箸ではなくて〝匙違い〟のほうがまだ上手いような気がするが……そんなことで言い争っても仕方がない。私は不慣れな関西弁で〝すんまへん〟と謝った。
だが、それがかえって彼女の怒りを買ってしまう。
「ああッ!? オッサン、殺されたいんか!? そないなド下手な大阪弁使うて生きて帰れると思うなよ、ド阿呆が!」
長机を両手で強く叩いて立ち上がる女子生徒。それを合図に、離れて座っていたガラの悪そうな男子生徒数名が、こちらへ続々と集まってくる。
私の周りに座っていた生徒たちは危険を察知し、それぞれトレイを持って離れていく。代わりに、集まってきた男子生徒たちが下卑た笑みを浮かべながら、空いた席へ次々に座った。
気がつけば、隣にいたはずの女子生徒は長机の端のほうへ移動を済ませ、腕組みをしながら高みの見物を決め込んでいた。
「へへっ、美味そうやん、これ」
相変わらず下卑た笑い顔をみせる男子生徒の一人が、私のビーフストロガノフに唾を吐く。
それを見ていた派手な化粧の女子生徒が笑い顔をつくろうとした次の瞬間──一気に血の気が引いて、顔面蒼白になっていくのが見えた。
なぜなら、唾を吐いた男子生徒がその直後に凄まじい勢いで天高く宙を舞い、床へと叩きつけられたからだ。
何事が起きたのかと、成り行きを静観していた遠巻きの生徒たちがざわつく。
「えっ……なんなん!?」
「なんや!? なにが起きてん!?」
「ピャーッと飛んだで! ピャーッと!」
「嘘やろ!? 全然見えへんかったわぁ!」
皆口々に、なにがあったのかを確認しようとしているのが聞こえてくる。
だが、誰もその答えを知らない。
そのはずだ。
これは、目で見えるものではないからだ。
「こっ、この野郎ッ!」
別の仲間が殴りかかってくる。
しかし、今度もその生徒は私に触れることなく、顔面を激しく揺らしてからテラス席側の大きな窓まで一直線に吹き飛んだ。強化ガラスなのか、音はすれども窓は無傷だった。
それでも、騒ぎは窓の向う側にも伝わったようで、テラス席を陣取っていた生徒会全員がこちらを一斉に見る。
静かだった。
私に襲いかかろうとする者はもう誰もおらず、食器を洗う音が聞こえるほど、学食内は静まりかえっていた。
「何事だ、おまえら!?」
そんな静寂を破ったのは、生徒会の腕章をつけた男子生徒だった。黒縁眼鏡を右手中指で直しながら彼が駆け寄ってくると、まるで蜘蛛の子を散らしたように、遠巻きで見ていた生徒たちは我先にと自分が座っていた席へ戻っていった。
場が鎮まるのを確認した黒縁眼鏡の生徒は、私を気にしながらテラス席へ足早に戻っていく。大きな窓の向こう側では、ほかの生徒会役員も私のことを見ていた。
*
昼食後、二階教員用トイレの洗面所で歯を磨いていると、腕時計型通信機に着信反応が出た。
通信機を目の前の鏡に向け、側面のスイッチを押す。文字盤から光線が放射されて、鏡一面に人影が揺らめきながら浮かび上がってくる。
『現状を報告せよ、ミスターX』
洗面所の鏡には、七三分けの髪型にサングラスをかけた黒スーツの中年男性──私の直属の上司にあたる、革命教師の幹部が映し出された。
コードネームを呼ばれる間柄なので、もちろん、彼の名前は知らない。私は心の中で彼を〝七三黒メガネ〟と呼んでいる。
「プポ……ぐふっ! プピ……ポ……ぶふっ!」
『なんだ、歯磨き中か。では、そのままで構わんから追加情報を聞いてくれたまえ』
七三黒メガネによると、生徒会が学園内の不良生徒を一掃すべく、独断で不良生徒狩りを強行するらしい。
それが実現・成功すれば私の出番は無さそうなのだが、花が教えてくれたように、この学園の生徒会は権力を持ち過ぎているため、やはり〝革命〟が必要とのことだった。
『ミスターX』
「プポぶっ!」
『これは未確認情報なのだが、倍尾連洲学園に反逆塾のメンバーが潜り込んでいる可能性がある』
その報せに思わず驚き、私は口に含んでいた歯磨き粉を一気に飲み込んでしまった。
反逆塾……それは、凶悪なテロリストを秘密裏に養成する国際犯罪組織。
世界中の学校施設に潜り込み、素質を見出だした生徒を洗脳して各国のテロ組織へと勧誘して連れ去るのだ。しかも厄介なことに、奴らも我々と同じ特殊装置を使用する。
それについては追々、時が来れば皆さんに話すとしよう。
彼女は、唐揚げ定食が乗ったトレイを勢いよく置いて浅く腰掛けるが、その反動で貴重なメイン食材がひとつ、長机の天板に転げ落ちた。
「チッ! ついてへんわ!」
転がった唐揚げに気づいた派手な女子生徒は、あからさまに舌打ちをしてから中腰になり、ひょいと摘まんで遠くの席にめがけて放り投げてしまった。
もったいないことを……三秒ルールなら、間に合ったはずだ。
投げた唐揚げがほかの生徒に直撃したのを見届けた彼女は、身体を斜めに向けた姿勢でふたたび浅く着席する。長机の下では、極限まで短く裾上げされたプリーツスカートが、組まれた太股をより扇情的に魅せていた。
やがて彼女は、スパイラルパーマのミディアムヘアを無造作に掻き上げながら、大声で愚痴をこぼし始める。
「唐揚げ一個損したやん、もーっ! ビフガノが正解やったんか……あー、クソッ!」
こちらも唐揚げ定食がよかったと、心の中で愚痴を述べる。すると同時に、隣から強い視線を感じた。
横目で見れば、派手な化粧の女子生徒が、口を大きく開けたまま私を睨みつけているではないか。
「ピッポー?」
「〝どうした?〟ちゃうわ! オッサンなぁ、なんでビフガノを箸で喰うとんねん?」
理由を訊ねられても、手違いとしか答えようがない。
「ピッポ、プルピッポー」
「はぁ!? 手違いちゃうわ! 箸違いやろ!」
箸ではなくて〝匙違い〟のほうがまだ上手いような気がするが……そんなことで言い争っても仕方がない。私は不慣れな関西弁で〝すんまへん〟と謝った。
だが、それがかえって彼女の怒りを買ってしまう。
「ああッ!? オッサン、殺されたいんか!? そないなド下手な大阪弁使うて生きて帰れると思うなよ、ド阿呆が!」
長机を両手で強く叩いて立ち上がる女子生徒。それを合図に、離れて座っていたガラの悪そうな男子生徒数名が、こちらへ続々と集まってくる。
私の周りに座っていた生徒たちは危険を察知し、それぞれトレイを持って離れていく。代わりに、集まってきた男子生徒たちが下卑た笑みを浮かべながら、空いた席へ次々に座った。
気がつけば、隣にいたはずの女子生徒は長机の端のほうへ移動を済ませ、腕組みをしながら高みの見物を決め込んでいた。
「へへっ、美味そうやん、これ」
相変わらず下卑た笑い顔をみせる男子生徒の一人が、私のビーフストロガノフに唾を吐く。
それを見ていた派手な化粧の女子生徒が笑い顔をつくろうとした次の瞬間──一気に血の気が引いて、顔面蒼白になっていくのが見えた。
なぜなら、唾を吐いた男子生徒がその直後に凄まじい勢いで天高く宙を舞い、床へと叩きつけられたからだ。
何事が起きたのかと、成り行きを静観していた遠巻きの生徒たちがざわつく。
「えっ……なんなん!?」
「なんや!? なにが起きてん!?」
「ピャーッと飛んだで! ピャーッと!」
「嘘やろ!? 全然見えへんかったわぁ!」
皆口々に、なにがあったのかを確認しようとしているのが聞こえてくる。
だが、誰もその答えを知らない。
そのはずだ。
これは、目で見えるものではないからだ。
「こっ、この野郎ッ!」
別の仲間が殴りかかってくる。
しかし、今度もその生徒は私に触れることなく、顔面を激しく揺らしてからテラス席側の大きな窓まで一直線に吹き飛んだ。強化ガラスなのか、音はすれども窓は無傷だった。
それでも、騒ぎは窓の向う側にも伝わったようで、テラス席を陣取っていた生徒会全員がこちらを一斉に見る。
静かだった。
私に襲いかかろうとする者はもう誰もおらず、食器を洗う音が聞こえるほど、学食内は静まりかえっていた。
「何事だ、おまえら!?」
そんな静寂を破ったのは、生徒会の腕章をつけた男子生徒だった。黒縁眼鏡を右手中指で直しながら彼が駆け寄ってくると、まるで蜘蛛の子を散らしたように、遠巻きで見ていた生徒たちは我先にと自分が座っていた席へ戻っていった。
場が鎮まるのを確認した黒縁眼鏡の生徒は、私を気にしながらテラス席へ足早に戻っていく。大きな窓の向こう側では、ほかの生徒会役員も私のことを見ていた。
*
昼食後、二階教員用トイレの洗面所で歯を磨いていると、腕時計型通信機に着信反応が出た。
通信機を目の前の鏡に向け、側面のスイッチを押す。文字盤から光線が放射されて、鏡一面に人影が揺らめきながら浮かび上がってくる。
『現状を報告せよ、ミスターX』
洗面所の鏡には、七三分けの髪型にサングラスをかけた黒スーツの中年男性──私の直属の上司にあたる、革命教師の幹部が映し出された。
コードネームを呼ばれる間柄なので、もちろん、彼の名前は知らない。私は心の中で彼を〝七三黒メガネ〟と呼んでいる。
「プポ……ぐふっ! プピ……ポ……ぶふっ!」
『なんだ、歯磨き中か。では、そのままで構わんから追加情報を聞いてくれたまえ』
七三黒メガネによると、生徒会が学園内の不良生徒を一掃すべく、独断で不良生徒狩りを強行するらしい。
それが実現・成功すれば私の出番は無さそうなのだが、花が教えてくれたように、この学園の生徒会は権力を持ち過ぎているため、やはり〝革命〟が必要とのことだった。
『ミスターX』
「プポぶっ!」
『これは未確認情報なのだが、倍尾連洲学園に反逆塾のメンバーが潜り込んでいる可能性がある』
その報せに思わず驚き、私は口に含んでいた歯磨き粉を一気に飲み込んでしまった。
反逆塾……それは、凶悪なテロリストを秘密裏に養成する国際犯罪組織。
世界中の学校施設に潜り込み、素質を見出だした生徒を洗脳して各国のテロ組織へと勧誘して連れ去るのだ。しかも厄介なことに、奴らも我々と同じ特殊装置を使用する。
それについては追々、時が来れば皆さんに話すとしよう。
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