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 わたしの肩が、揺さぶられる。
 まだ眠っていたい。どうか起こさないで。
 でも胸が、お腹が、膝が痛い。
 固くて痛いし、カビ臭い。
 どうやらわたしは、コンクリートの床の上にうつ伏せで寝ているようだ。

 ──コンクリートの床?
 部屋のベッドじゃなくて?

「あの、しっかりしてください。大丈夫ですか?」

 揺さぶりながら、誰かがわたしに声をかける。
 細くて華奢な指の感触と淀みない澄んだ声。おそらくは少女だろうその人が、わたしを眠りから呼び戻そうとしていた。

「死んでるんじゃないの、そいつ。触らない方がいいって。どうすんのよ、変な病気に感染したら」

 少し離れたところから聞こえてくる薄情な女の声にも覚えがない。それに、わたしは死んでないし、風邪すらも引いていない健康体だ。

「この人、ちゃんと生きてます! 身体はあたたかいし、呼吸もしてますよ!」

 わたしの肩に触れたまま、少女が女に抗議する。

「熱は……とくに無さそうね。きっと、気を失っているだけだわ」

 少女とはまた別の手が、わたしの額にやさしく触れた。とても心地よい刺激に、なんだかまた眠りに落ちてしまいそうだ。

「ひっく、うっ……ううう……あああ……」

 誰かが泣いている。ひどく怯えるその泣き声も女性だった。一体なにがあったんだろう?

「チッ! ねー、あのさぁ、泣いてなんとかなるなら、あたしも泣くけど?」

 薄情な女の声が移動する。行き先は多分、泣いている人のところかもしれない。

「ねー……おまえさぁ、ずっと泣いてて、なんか変わった? 変わんないでしょ? あ? 変わんねぇーよな、おい!」
「ヒッ!?」
「ちょ、ちょっと……!」
「やめなさい、あなた!」

 わたしの肩から少女の手が離された直後、辺りが急に騒がしくなる。女性たちが──聞こえた声の数から察した限り四人の──彼女たちが、なにやら揉めているようだ。

「イライラして不安を感じてるの、あなただけじゃないんです! わたしもそうだし、とっても怖い! でも、いまは我慢してください! こんな時だからこそ、冷静でいないとダメだと思います!」
「アアッ!? なに優等生ぶってんだよ、ガキが! 偉そうにあたしに説教すんじゃねーよ!」
「あなただってまだ子供でしょ!? 年下のこの子の方が全然しっかりしてるじゃないの! 八つ当たりする余裕があるなら、少しは状況を考えておとなしくしなさい!」

 本当になにが起きているのか、わたしにはまるで事態が呑み込めない。ただ、わたしたち全員が危機的な──なにか良からぬことに巻き込まれていることだけは、ハッキリとわかった。
 言い争いは続く。
 泣いていた女性が、また嗚咽する。
 わたしの体温はコンクリートに奪われ、身体はすっかりと冷えきってしまっていた。

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