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第四章
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私たちは龍星の家の、ウッドデッキに出られる掃き出し窓の側で、息を潜めていた。
カーテンの隙間から見えるサッカーボールは、直人が用意したもの。
今は何事もないかのように転がっている。
「本当に来るのかな?」
「ぜってー来る。ちゃんと町内会長には電話しといたし、集会の参加者にも連絡してくれって言っといたから」
直人は自信満々に言い、集中力を切らすことなくサッカーボールを見つめている。
普段の授業でも、そのくらいの集中してれば、もう少し成績は上がるだろうに。
「ふぁあぁぁ」
時刻はそろそろ0時にさしかかる頃だ。
普段ならとっくに布団の中だから、私はついつい欠伸をしてしまう。
「真琴、眠いのか?」
「ううん、大丈夫」
私が目をこすったところで、窓の外に動きがあった。
誰かが入ってきた!
皆に緊張が走り、私も思わず拳を握りしめる。
侵入者は小さなペンライトを掲げて、サッカーボールを探しているみたいだ。
ペンライトの光がサッカーボールに当たり、手袋をした腕が伸ばされたところで、直人が最大光量の懐中電灯を向けた。
「お前が、犯人かぁっ!」
「ぅあっ?」
驚きの声を上げ、眩しそうに手をかざした男。
それは私たちのよく知る人物、町内会長その人だった。
「なん、で……」
「これは、どういうことですか?」
龍星のパパやママも怒りを通り越して、ただただ驚いている。
まさか町内会長が不法侵入者だったなんて、誰も想像していなかったのだ。
皆が見守る中で、サッカーボールに手を出そうとした町内会長は、もはや言い逃れはできない。
町内会長は観念したらしく、その場に座り込んでぽつりぽつりと話し始めた。
「道路で遊ぶ子どもたちを、以前からよく思っていなくてね。注意しても聞かないし、悩んでいたんだよ」
確かに道路は遊び場じゃない。
声が騒がしかったり、壁や車に傷が付いたら、と心配する人もいるだろう。
「そりゃあ少しは迷惑をおかけしていたかもしれませんが、それとこれとは話が違うでしょう?」
だんだん落ち着いてきたからか、龍星のママの声が怒っている。
家に勝手に入られたんだから、怒って当然だとは思うけど。
「反省、してます。私もここまでするつもりじゃ、なかった。ただ偶然縞野の奥さんを見かけて」
突然丈一の母親の話が出て、私たちは思わず顔を見合わせた。
「奥さんも同じように悩んでたのか、こっそりお宅のサッカーボールに、穴を開けているのを見てしまったんです」
だから、ボタンが落ちていたのだ。
きっと指の絆創膏も、球状のサッカーボールに、針をうまく刺せなかったから。
謎は解けた。解けたけれど、私たちに笑顔はなかった。
丈一の母親は、そこまでするほど悩んでいたのだ。
「そのとき、ふと思ったんだ。今ならサッカーボールに不調があっても、自分のせいにはならないんじゃないかって」
魔が差す、という言葉がある。
誰にだって出来心というものがあって、丈一の母親の行為が、結果としてより大きな事件を、引き起こすことになってしまったのだ。
「それで重りの入ったサッカーボールを用意して、交換することにしたんだよ。うまく蹴れないなら、路上サッカーに飽きるんじゃないかと思ってね」
そこから先は知っての通りだ。
龍星たちは知らずにサッカーボールを蹴って、予想外の方向に飛んでいき、危うく大事故になるところだった――。
「わかってるんですか? あなたがしたことは、人の命を左右したかもしれないってこと」
龍星のパパが問いかけ、町内会長はうなだれたまま「はい」と言った。
「とりあえず、うちの子のサッカーボールは返してください。事故については、被害者の方も交えて、また後日相談しましょう」
そこでいったん解散となり、龍星の両親は私たちにお礼を言ってくれた。
時間も遅いし、それぞれの家に送ろうかと提案されたけど、黙って出てきていることもあり、私たちは自分で帰宅することにした。
カーテンの隙間から見えるサッカーボールは、直人が用意したもの。
今は何事もないかのように転がっている。
「本当に来るのかな?」
「ぜってー来る。ちゃんと町内会長には電話しといたし、集会の参加者にも連絡してくれって言っといたから」
直人は自信満々に言い、集中力を切らすことなくサッカーボールを見つめている。
普段の授業でも、そのくらいの集中してれば、もう少し成績は上がるだろうに。
「ふぁあぁぁ」
時刻はそろそろ0時にさしかかる頃だ。
普段ならとっくに布団の中だから、私はついつい欠伸をしてしまう。
「真琴、眠いのか?」
「ううん、大丈夫」
私が目をこすったところで、窓の外に動きがあった。
誰かが入ってきた!
皆に緊張が走り、私も思わず拳を握りしめる。
侵入者は小さなペンライトを掲げて、サッカーボールを探しているみたいだ。
ペンライトの光がサッカーボールに当たり、手袋をした腕が伸ばされたところで、直人が最大光量の懐中電灯を向けた。
「お前が、犯人かぁっ!」
「ぅあっ?」
驚きの声を上げ、眩しそうに手をかざした男。
それは私たちのよく知る人物、町内会長その人だった。
「なん、で……」
「これは、どういうことですか?」
龍星のパパやママも怒りを通り越して、ただただ驚いている。
まさか町内会長が不法侵入者だったなんて、誰も想像していなかったのだ。
皆が見守る中で、サッカーボールに手を出そうとした町内会長は、もはや言い逃れはできない。
町内会長は観念したらしく、その場に座り込んでぽつりぽつりと話し始めた。
「道路で遊ぶ子どもたちを、以前からよく思っていなくてね。注意しても聞かないし、悩んでいたんだよ」
確かに道路は遊び場じゃない。
声が騒がしかったり、壁や車に傷が付いたら、と心配する人もいるだろう。
「そりゃあ少しは迷惑をおかけしていたかもしれませんが、それとこれとは話が違うでしょう?」
だんだん落ち着いてきたからか、龍星のママの声が怒っている。
家に勝手に入られたんだから、怒って当然だとは思うけど。
「反省、してます。私もここまでするつもりじゃ、なかった。ただ偶然縞野の奥さんを見かけて」
突然丈一の母親の話が出て、私たちは思わず顔を見合わせた。
「奥さんも同じように悩んでたのか、こっそりお宅のサッカーボールに、穴を開けているのを見てしまったんです」
だから、ボタンが落ちていたのだ。
きっと指の絆創膏も、球状のサッカーボールに、針をうまく刺せなかったから。
謎は解けた。解けたけれど、私たちに笑顔はなかった。
丈一の母親は、そこまでするほど悩んでいたのだ。
「そのとき、ふと思ったんだ。今ならサッカーボールに不調があっても、自分のせいにはならないんじゃないかって」
魔が差す、という言葉がある。
誰にだって出来心というものがあって、丈一の母親の行為が、結果としてより大きな事件を、引き起こすことになってしまったのだ。
「それで重りの入ったサッカーボールを用意して、交換することにしたんだよ。うまく蹴れないなら、路上サッカーに飽きるんじゃないかと思ってね」
そこから先は知っての通りだ。
龍星たちは知らずにサッカーボールを蹴って、予想外の方向に飛んでいき、危うく大事故になるところだった――。
「わかってるんですか? あなたがしたことは、人の命を左右したかもしれないってこと」
龍星のパパが問いかけ、町内会長はうなだれたまま「はい」と言った。
「とりあえず、うちの子のサッカーボールは返してください。事故については、被害者の方も交えて、また後日相談しましょう」
そこでいったん解散となり、龍星の両親は私たちにお礼を言ってくれた。
時間も遅いし、それぞれの家に送ろうかと提案されたけど、黙って出てきていることもあり、私たちは自分で帰宅することにした。
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