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第三章
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「ッハァ、疲れたー」
直人が芝生に座り込み、丈一が半分ほど切れたサッカーボールを持ち上げる。
「やっぱりこれ、普通のボールじゃないな」
「どういうこと?」
私が尋ねると、丈一はボールの中から、ゴムの塊みたいなものを取り出す。
「ほらこれ、ウエイトが入ってる。この重りがあるせいで、真っ直ぐサッカーボールが飛ばないんだ」
「マジか……。じゃあ本当に、ボールはすり替えられてたんだな」
立ち上がった直人は、深刻な顔をして重りを手に取る。
丈一の仮説が真実だったのが、ショックなのだろう。
私だって、それは同じだ。
「問題は誰が、どんな目的で、そんなことをしたかだよね?」
「サッカーボールを盗むなら、まだわかるんだよな。でもわざわざ、代わりを置いてくって、どういうつもりなんだ?」
「だよね。しかも、こんな細工してあるサッカーボールを」
私と直人の話を横で聞いていた丈一が、苦しそうな表情でつぶやく。
「……道路で騒ぐ龍星たちを、よく思っていなかったのかもしれない」
「どういうこと?」
「サッカーボールの調子が悪ければ、龍星たちも他の遊びをするだろ。家の中でテレビゲームとか」
「でもそれなら、直接言えばいーだろ? こんなまだるっこしいことしなくてもさ」
直人の言うことはもっともだが、丈一は暗い顔のまま言った。
「言ったのかもしれない。状況がよくならないから、思い切った手段に出たんだろう」
確かに龍星たちはよく騒いでいた。
私が家にいても、ふたりの声が聞こえていたくらいだ。
「けど、やっていいことと悪いことがあるでしょ? 危うく大事故になるとこだったんだよ?」
「多分母さんも、そこまでは考えてなかったんだと思う」
今、なんて?
私は聞き間違いかと思って直人を見たが、彼もあっけにとられた顔をしている。
丈一は私と直人の顔を交互に見ながら、泣きそうな様子で言った。
「母さんが、犯人かもしれない」
私たちが何も言えないでいると、丈一がうつむいたままで続ける。
「ずっと龍星たちのこと、不満だったみたいなんだ。俺が勉強してるから、静かにしてって注意もしてた」
どうして丈一が、あんなにもこの事故にこだわっていたのか。
今やっと理由がわかった。丈一は母親を疑っていたのだ。
「まだ、そんな、わかんねーだろ?」
直人が丈一を勇気づけるように言い、私も慌てて言葉を付け加える。
「そうだよ。ちゃんと、調べよう。丈一の誤解かもしれない」
私はいつも持ってるネタ帳を取り出し、白紙のページを開いた。
まずはもっと正確に、状況を整理しなければ。
「サッカーボールが交換された時間は大体わかってるんだから、丈一のお母さんがその間他のことをしていれば、無実だって証明できるでしょ?」
「おぉ、アリバイってヤツだな!」
感嘆の声を上げる直人を無視して、私は丈一の顔を見る。
しかし丈一は残念そうに首を左右に振った。
「……わからない。俺は塾に行ってたから」
「えと、じゃあ、あのサッカーボールは、どこで手に入れたのかな? 普通のボールじゃないし、そのへんじゃ買えないよね?」
フォローのつもりで言ったのに、丈一はたんたんと答える。
「ネットショップなら、普通に誰でも買えるよ」
丈一は深く大きなため息をついてから、静かに言った。
「母さん、指に絆創膏巻いてるんだ」
「龍星の家に侵入するときに、ケガしたってのか?」
「ちょっと!」
私は直人をたしなめようとするが、丈一は何も言わない。
丈一自身も直人と同じことを、考えているのだ。
「やめようよ、証拠もないのに。ほら、その、とりあえず龍星君たちに、報告してあげよ? サッカーボールがおかしかったこと」
半分に切られたサッカーボールを見たら、ふたりはびっくりするだろうけど、彼らの言葉が正しかったと証明されたわけだから喜ぶだろう。
「……そうだな。アイツらも気にしてるだろ」
直人は軽く丈一の肩を叩き、三人で龍星の家に行くことにした。
直人が芝生に座り込み、丈一が半分ほど切れたサッカーボールを持ち上げる。
「やっぱりこれ、普通のボールじゃないな」
「どういうこと?」
私が尋ねると、丈一はボールの中から、ゴムの塊みたいなものを取り出す。
「ほらこれ、ウエイトが入ってる。この重りがあるせいで、真っ直ぐサッカーボールが飛ばないんだ」
「マジか……。じゃあ本当に、ボールはすり替えられてたんだな」
立ち上がった直人は、深刻な顔をして重りを手に取る。
丈一の仮説が真実だったのが、ショックなのだろう。
私だって、それは同じだ。
「問題は誰が、どんな目的で、そんなことをしたかだよね?」
「サッカーボールを盗むなら、まだわかるんだよな。でもわざわざ、代わりを置いてくって、どういうつもりなんだ?」
「だよね。しかも、こんな細工してあるサッカーボールを」
私と直人の話を横で聞いていた丈一が、苦しそうな表情でつぶやく。
「……道路で騒ぐ龍星たちを、よく思っていなかったのかもしれない」
「どういうこと?」
「サッカーボールの調子が悪ければ、龍星たちも他の遊びをするだろ。家の中でテレビゲームとか」
「でもそれなら、直接言えばいーだろ? こんなまだるっこしいことしなくてもさ」
直人の言うことはもっともだが、丈一は暗い顔のまま言った。
「言ったのかもしれない。状況がよくならないから、思い切った手段に出たんだろう」
確かに龍星たちはよく騒いでいた。
私が家にいても、ふたりの声が聞こえていたくらいだ。
「けど、やっていいことと悪いことがあるでしょ? 危うく大事故になるとこだったんだよ?」
「多分母さんも、そこまでは考えてなかったんだと思う」
今、なんて?
私は聞き間違いかと思って直人を見たが、彼もあっけにとられた顔をしている。
丈一は私と直人の顔を交互に見ながら、泣きそうな様子で言った。
「母さんが、犯人かもしれない」
私たちが何も言えないでいると、丈一がうつむいたままで続ける。
「ずっと龍星たちのこと、不満だったみたいなんだ。俺が勉強してるから、静かにしてって注意もしてた」
どうして丈一が、あんなにもこの事故にこだわっていたのか。
今やっと理由がわかった。丈一は母親を疑っていたのだ。
「まだ、そんな、わかんねーだろ?」
直人が丈一を勇気づけるように言い、私も慌てて言葉を付け加える。
「そうだよ。ちゃんと、調べよう。丈一の誤解かもしれない」
私はいつも持ってるネタ帳を取り出し、白紙のページを開いた。
まずはもっと正確に、状況を整理しなければ。
「サッカーボールが交換された時間は大体わかってるんだから、丈一のお母さんがその間他のことをしていれば、無実だって証明できるでしょ?」
「おぉ、アリバイってヤツだな!」
感嘆の声を上げる直人を無視して、私は丈一の顔を見る。
しかし丈一は残念そうに首を左右に振った。
「……わからない。俺は塾に行ってたから」
「えと、じゃあ、あのサッカーボールは、どこで手に入れたのかな? 普通のボールじゃないし、そのへんじゃ買えないよね?」
フォローのつもりで言ったのに、丈一はたんたんと答える。
「ネットショップなら、普通に誰でも買えるよ」
丈一は深く大きなため息をついてから、静かに言った。
「母さん、指に絆創膏巻いてるんだ」
「龍星の家に侵入するときに、ケガしたってのか?」
「ちょっと!」
私は直人をたしなめようとするが、丈一は何も言わない。
丈一自身も直人と同じことを、考えているのだ。
「やめようよ、証拠もないのに。ほら、その、とりあえず龍星君たちに、報告してあげよ? サッカーボールがおかしかったこと」
半分に切られたサッカーボールを見たら、ふたりはびっくりするだろうけど、彼らの言葉が正しかったと証明されたわけだから喜ぶだろう。
「……そうだな。アイツらも気にしてるだろ」
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