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第三章

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「遅くなって申し訳ございません」 

 ウォルターが戻ったのは、テオが皿の片付けを終え、イーサンが入浴まで済ませた頃だった。薄汚れた重い木綿生地の上着にズボンという格好は、いかにも労働者という風情で、この姿ならイーストエンドにも簡単に溶け込めただろう。

「先生、ウォルターにココアを」
「え、あ、はい、ただいま」

 これではまるで使用人だ。物申したい気持ちはあったが、疲れて帰ってきたウォルターに、自分でココアを入れろなんてとても言えない。テオは三人分の湯気の立つカップを持って、リビングに戻った。

「お待たせしました」
「申し訳ありません、テオ様に飲み物の用意をさせるなど」

 ウォルターは恐縮しており、テオが「お気になさらず」と言いかけるが、口を開く前からイーサンが答える。

「気遣いなど必要ない。それよりどうだった?」

 テオはさすがに文句のひとつも言ってやろうかと思ったけれど、彼もウォルターの冒険譚には興味を引かれていたので黙っていた。

「ジャービス氏の勤め先は、倉庫や工場が建ち並ぶ地域でした。出入り口は古びた長い煉瓦塀に囲まれており、狭い裏通りに面しておりました。私は早くから通りに立ち、仕事終わりの労働者を待ち構えていたのです」

 ウォルターはそこでココアを飲み、ホッとひと息つく。

「ポツポツと帰宅者が現れた頃を見計らい、何人かにジャービス氏について聞きますと、皆口を揃えて職長はいい人で、有能だという答えが返ってきました」
「職長?」
「最近親方に認められて、平の職工から昇進したんだそうです。昇給もして、その日は皆に酒を振る舞ったとか」

 であれば金回りが良くなった理由は、簡単に説明できる。妻のリネットがそれを知らないはずはないし、どうも話が食い違っているようだ。

「本人には会ったのか?」
「いえ、今日と明日は休暇を取っているそうです」
「そういうことはよくあるのか?」
「シーズンに一度、あるかないかくらいだと言っていました。今は何か特別な植物の開花期だからと、遠出して採取に行っているらしいです」

 カールは植物について、並々ならぬ情熱を燃やしているようだ。彼の部屋の道具類を思い出せば、熱心に研究しているのは伝わってくる。

「そんな人が、男娼なんてしますかね?」

 つい疑問が口を衝いて出てしまったが、イーサンはテオの発言に深くうなずく。

「先生の言うとおりだ。カールは思慮深く、親しみやすい、善良な一般市民でしかないよ。大多数の人がそう証言しているのだから、彼について全く違う印象を植え付けようとしている連中のほうこそ、間違っているのさ」

 その連中とは誰か、最早イーサンだけでなく、テオやウォルターにも見当がついていたのだった。
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