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第三章

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「今後は自身の店を持つ、というお考えはあるのですか?」
「いえいえ、私は自ら楽しむだけで十分ですよ」

 マーリブルック男爵は大げさに手を振って続ける。

「兄君の商才はなかなかのものです。『ジャイルズ』は有名人の社交場になりつつありますからね。芸術家や作家に愛好され、音楽家や知識人の客も増えていますよ」
「兄とは、以前から親しかったのですか?」
「はい。何を隠そう、私に夜の楽しみ方を教えてくれたのは、彼なのです」

 どうやらエヴァンズが、マーリブルック男爵を悪の道に誘った張本人らしい。イーサンは申し訳なさそうな顔でわずかに頭を下げた。

「それは少々、責任を感じてしまいますね」
「何をおっしゃいます。私は兄君に心底感謝しているのですよ。彼の頼みであれば、できる限り答えたいと思っています」

 マーリブルック男爵は酷く真剣に語った。エヴァンズはある種の人間を心酔させる、特別な能力でも持っているようだ。

「しかし先日、レスター・スクエアの劇場やクリーブランド・ストリートの男娼宿で、数人の紳士が逮捕されたでしょう? 羽目を外しすぎるのも、考えものですね」
「もちろん、心得ています。兄君もその辺りの対策は、講じておられると思いますよ」
「とは言え、店は客を選べないでしょう? 労働者階級の男性や男娼が集まれば、揉め事のひとつやふたつあるものです」

 まるで決めつけるかのようなイーサンの物言いに、マーリブルック男爵は憤慨する。

「労働者階級だからと言って、皆が皆、無学無教養というわけではありませんよ」
「これは失礼。そのようなつもりで言ったのではないのです。確かマーリブルック男爵のパートナーは、鉱物に興味を持ち、熱心に研究しているのでしたね?」

 マーリブルック男爵は大きな瞳を、キョロキョロとさまよわせた。何度か瞬きしたあと、口角を上げて答える。

「え、あぁ、そうです。彼は博物学に造詣が深くて」
「素晴らしいですね。学びたいと思う気持ちに、貧富の差はありませんから」

 イーサンがにっこり笑うと、マーリブルック男爵は安堵した様子で力強くうなずいた。

「『ジャイルズ』の客筋は良いのです。兄君のことがご心配なのでしょうが、ご安心なさって大丈夫ですよ。私は今後も贔屓にするつもりですから」
「ありがとうございます。兄もさぞかし喜ぶことでしょう」

 終始和やかな雰囲気で会合を終え、マーリブルック男爵は上機嫌でふたりを見送ってくれた。屋敷を十分に離れてから、テオはイーサンに話しかける。

「カールの興味対象は、植物では?」
「鎌を掛けたんだよ。きっとエヴァンズから、適当に話を合わせるよう言われていたんだろう。マーリブルック男爵の愛人は、カールじゃない」
「じゃあいかさまをしているのは、誰なんです?」

 イーサンは小首をかしげ、「さぁ」と言って続ける。

「そもそも、そんな人物、いないのかもしれないな」
「え?」
「マーリブルック男爵は、エヴァンズに惚れ込んでいる。あれだけ『ジャイルズ』を持ち上げておいて、賭け事の内情を愛人にバラすなんてことをすると思うか? 店の評判を落とすだけだぞ?」

 確かにその通りだ。マーリブルック男爵の愛人なら、お小遣いくらいたんと貰っているだろうし、わざわざ危ない橋を渡る必要もない。

 だとしたら、エヴァンズの誤解、なのだろうか? テオは考え込むが、イーサンはまるで全てわかっているかのように言った。

「さぁ次は、カール・ジャービスと面会しよう」
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