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第三章

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 翌朝、アパートに予期せぬ来客があった。イーサンの兄、エヴァンズだ。

「久しぶりだな、弟よ」

  エヴァンズは上質なウールの上着と共布のベストに懐中時計の鎖を付け、縞のコールパンツを履いていた。まるで彼こそがここの主人であるかのような格好だ。

 日本には『大上段に構える』という言葉があると聞く。頭上に竹刀を振りかざし、相手を威圧するような態度で接することらしい。テオは竹刀など見たことはないが、エヴァンズが場を支配しようと、仕掛けてきているのはわかる。

「なんのご用です、兄上?」

 一方イーサンはと言うと、ツイードのジャケットを着ていた。主導権を握ることに、服装は関係ないとでも言いたげだ。兄の手にはのらないという意思表示なのだろう。

「つれなくするなよ。ようやく決まったという、弟の家庭教師に会いに来たのさ」

 冷静なイーサンを見て、エヴァンズは媚びるような笑顔を向けた。
 すぐに頭を切り替え、戦略を変えたらしい。『一族の面汚し』だろうが、それなりに機転は利き、頭だって悪くはないようだ。

「彼がそうですよ」

 イーサンがこちらに視線をよこしたので、テオは軽く頭を下げた。

「テオ・ウィルソンと言います。よろしくお願いいたします」

 エヴァンズは初めて会ったときのイーサン同様、ジロジロと無作法な眼差しを向けてきた。こういうところは、兄弟よく似ている。

「思ったより若いんだな。まぁイーサンと歳が近いほうがいいのかもしれん。弟は世間知らずでね。いろいろ教えてやってくれ」
「心得ております」

 テオが聞き分けよく答えると、イーサンが素っ気なく言った。

「ではもうご用はお済みになられましたね。お帰りはあちらですよ」

 エヴァンズは苦々しく笑いながら、テオに話しかける。

「この通り、ボクは弟に嫌われていてね」

 返答に困っていると、イーサンが代わりに答えてくれた。

「父上からも、関わらないように言われていますから」
「そう言うな。たったふたりきりの兄弟じゃないか」

 情に訴えかけるような声色に、イーサンはため息をついた。

「兄上がこれまで、どれだけの損害をグランチェスター家に与えてきたと思っているんです? 農場をやるとか小型貨物船を就航させるとか言って、将来性のない事業に何度も資金援助をさせて」
「もちろん父上には、感謝しているよ」

 そこで謝罪や反省の言葉が出ないのが、エヴァンズなのだろう。彼の厳かな笑みを見れば、貰った小遣いはその日に使ってしまうタイプだとわかる。

「感謝は結構ですから、いい加減大人しくしていただけませんか?」
「静かで穏やかな、決まり切った日常を過ごすなんて、ボクには到底無理だ。イーサンになら、わかってもらえると思うがね」

「……どういう意味です?」
「そのままの意味さ」

 腹に一物ありげな顔つき。イーサンのイーストエンド通いを、知っているんだと言わんばかりだ。

「ご結婚でもなさったらどうです? 少しは落ち着くと思いますが」

 エヴァンズの揺さぶりにも関わらず、イーサンは動揺を見せない。どっしりと構え、狼狽える気配もなかった。

「ボクに相応しい相手がいれば、すぐにでも結婚するつもりだよ」

 飄々と答えたエヴァンズは、意味深な目配せをした。

「それよりも今は新しい事業が楽しくてね」
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