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「・・・・・・そうよ。簪でも何でも良かった。兎に角、攻撃しなければと、その時懐にあった簪を掴んで引き抜いた時は気が付かなかったけど、皇帝が目から血を流していた時は驚いた。けど、そんなことよりも先生の方が大事だったから皇帝なんてどうでもよかった」
本当に皇帝なんてどうでもよかった。私にとって大事なのは先生の安否のみ。
けど、その先生はもう、いない。
夜神の「どうでもいい」の言葉に、驚いたルードヴィッヒは喉で笑いながら、夜神の腰に回していた手に力を込める。

「「どうでもいい」か・・・・・・傷付く言葉だなぁ~凪ちゃん?その「どうでもいい」私に処女を奪われ、挙げ句人間まで奪われたのだから笑い話だね?」
「っ・・・・・・・・」
夜神の悔しそうな声が聞こえてくる。庵はこれ以上夜神の心を乱さない為に、無理矢理割り込んで話を続ける。

「まだ、続きがある。旅をしながら組織の拠点と武器を残していったが、自分いる国意外もある事を知ったアベルは世界に旅立ち、同じように組織を作り、その国ならではの武器を残しっていた。最後は再び日本に戻り、最初の始祖の力である「荊」を操れるように血の塊を残していった。使い方を書き、この一連の話を書き生涯を閉じたとなっている」
「随分最後は呆気ない終わりだね?」
馬鹿にしたような声に否定はできなかったが、本当の事だ。
言い訳に過ぎないがページの欠除が後半に行けば行くほど酷い有様だった。

それ以上に頭を悩ませたのは、ルルワとの出会いと別れを書いているページだった。
心情が分かるだけにこの有り様は納得出来た。
涙らしき跡、震える文字、筆を強く押し当てて滲んだもの、グチャグチャと書き殴ったもの
見ているこちらも心が抉られるものだった。

「本の後半に行くほど欠除が酷くて、訳して繋げていった結果がこうなった。間に何かあったのかもしれないが、こればっかりは仕方がない」
「そうか、ならば仕方がない。不明だったアベルとルルワのその後が分かって良かったよ。凪ちゃんもそう思うだろう?自分のご先祖様がどうなったのか分かって?」
皇帝の問いかけに答える気力もなく、けど、何かしらの態度で示さないといけないと分かっていたので考えた結果、軽く頷く程度に留め置く。
夜神の頷きを頭上から見ていたルードヴィッヒは顔を歪め、更に自分の方に夜神を寄せ付けると、笑いながら耳元で囁く。

「ルルワの力で扉が作られ、凪ちゃんの世界に繋がった。そこは我々にとってはまさに楽園のような所。そこを手に入れれば我々は飢えから解放される。最初の目的はルルワを見つけることだった。だから必死になって扉を開こうと努力した。そしてやっと扉の向こう側の世界に行くと・・・・ね?ルルワも大事だが、飢えに苦しむ国民を救うものが目の前にいたら、真っ先にする事は救うことだ。だから餌として連れて行き、扉を増やし更に餌を増やした」

夜神は耳を塞ぎたかった。確かに飢えに苦しむ人がいたら救いたいと思うのは当たり前だ。
それが国のトップ、皇帝と名乗るものならばその思いも人一倍だろう。

分かるが、それでも私達の生活を脅かし、人生を狂わせ、奪い、蹂躙するのを見過ごすことなど出来ない。
けど、その全ての元凶である祖先の末裔で、今でも脈々と血を受け継いでいる。
私が牙を剥き、攫っていった訳では無いが、罪は等しく同罪。
「・・・・・・・ルルワはそれでよかったのかな?」

大切な人を生かしたかった。逃がす為には記憶と寿命を差し出すことと引き換えにした。
記憶の中には大切な人との記憶もあるだろうに。
それでも、生きて欲しかったのかも知れない。

・・・・・・ルルワは本当にアベルの事が好きだったんだね・・・・・自分を差し出すほどに。
そんなに愛されていたアベルはアベルで、私達の世界を守る為、様々なことに手を打ってくれた。
軍や武器を作り、それを世界に残した。
そして、長い時間をかけて今の軍に発展して、私はそこに見を身を置いていた。

自分のような辛い人を一人でもなくすように
奴等吸血鬼に好き勝手させない為に・・・

「難しい顔をしているね?凪ちゃん?良かったじゃないか扉の向こう側・・・・・その後の人生が分かって・・・・・何を悩む?何を思う?アレコレ考えたとしても、それはどれも当てはまるし、当てはまらない。なら、「今」をどうするかだよ。幸い、私は皇帝、凪ちゃんは吸血鬼・・・・・庵海斗は囚われの身・・・・・どちらに従えば、この後の生活や人生が豊かになるのか・・・・・ね?」

ルードヴィッヒが立ち上がるのに、夜神もつられて立ち上がる。
仕方がないのだ。腰に手を回した状態で立ち上がったのだ。アシストされて立ち上がったようなものだ。
「楽しい、有意義なお茶会だったよ。私は仕事が残っているから失礼するよ。凪ちゃんも沢山話を聞いて疲れただろう?温室に案内するよ。凪ちゃんのお気に入りの場所で、ゆっくりと薔薇を見ながらお茶を楽しんでおいで。貴様は後で迎えを寄越すからそこで、一人お茶会でもしていろ」

庵を見下ろし、馬鹿にした、傲岸、不遜といった言葉がしっくりとくる態度と声で、庵に一方的に言うと歩き出す。
夜神もつられて歩き出す。顔は何度も何度も庵に向けて振り返る。首が回る限界まで。

庵も夜神達が立ち上がってから扉に向かうまで、見上げて見るしかなかった。
引き止めたかった
その手を払い除けて、自分の胸に寄せたかった
けど、それは全て無意味な事ぐらい承知している。
自分が出来るのは拳を強く握り、歯を食いしばり、腹に渦巻くドス黒い感情を抑え込むことだけだ。

皇帝が扉の所で立ち止まる。夜神もつられて立ち止まる。すると突然腰の手が強まり、皇帝の胸に倒れ込むような格好になる。
「!!なっ!」
頭を押さえ込まれ、髪を掴まれ、顔の動きの自由が奪われる。
驚く一瞬を突いて唇が塞がれる
「ん!んっん、ん゛━━━━━━!」
流れるように自然に、口内に滑るついた舌が侵入すると好き勝手に動き出す。

逃げる夜神の舌を執拗に追いかけ、絡め、押さえつける。
何の意味があるのか唾液を送り込まれる。飲み込むのが嫌でそのままにしていると、溢れて口の端から垂れてくる。量が多いのか首を汚し、鎖骨を汚す。
既に涙で滲んだ目を開いていくと、ぼんやりと霞んでいるが人が見える。

知っている。その人は私の大切な人・・・・・庵海斗だ。
見られたくないのに、食い入る様に見ている姿に絶望しかない。
「ん゛、んっんん!!」
必死になって舌を振り切ろうとするのに、経験差の差かなんなのか、全く振り切れない。
体を捻って、腕の枷から逃げようとするのに、全然出来なくて・・・・・

頭が痺れてきて、考えるのも億劫になってきて・・・・
立っているのも辛くなって、ガクガクとしてきた頃にやっと唇から、熱の塊が遠のいていく。
「はぁーはぁー・・・・・・」
そのまま皇帝の胸に顔を押さえつけられる。皇帝の常日頃から香ってくる匂いが、痺れてきた頭を更に可笑しくさせる。

「立っているのも辛そうだね?仕方がないサービスだよ?」
震える体が愛おしくて、背中を優しく何度も撫でていく。
白いエンパイヤドレスに隠された、白い肌はきっとほんのり赤く色づいているだろう。
それをここで晒しても構わないが、そうなると後々の事が厄介だろう。
仕事が残っているし、ローレンツが笑いながら、絶好調の毒舌を撒き散らし、尋常な量の書類を持ってくるだろう。
あの男ほど敵に回してはいけない男だ・・・・

ルードヴィッヒはそんな事を思いながら、夜神を横抱きにして、ずっとを耐えている庵を見る。
喜悦した目を向けると、唇を歪ませていく。
「では、また、庵海斗?」

軽蔑するような、小馬鹿にした声を出してルードヴィッヒ達は部屋を出て行く。
残された庵は、腹に渦巻く感情を少しでも無くしたくて、けど、どうするのが正解か分からなくてソファに拳を一つ沈めた。
「くっそっっ!!」
ルードヴィッヒに対してか、己に対してか、それとも夜神に対してか分からない憤りが溢れ出す。
けど、結局は何も出来ない己に一番、憤りがあるのかもしれない。
それをぶつけるように、ソファに拳を沈めた庵だった。
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