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うなされながら、泣いている夜神を見て、ルードヴィッヒは軽く唇を塞ぐ。
一度、二度と塞ぐ回数が増えていく。勿論、塞ぐ時間も・・・・
そして、唇を離した時に、濡ている白いまつ毛が動いていく。綴じていた瞼から赤いルビーのような瞳が現れて、私の瞳をジッと見ていた。
夢から覚めた虚ろな眼差しだったが、段々と正気を取り戻していく。
逃げようとするが、そんな事、私は許可した覚えはない。華奢な体に跨って唇を塞いでいく。
伸し掛かり体重をかけて動きを封じて、愛らしい赤い唇を、熱い口内を貪り尽くす勢いで蹂躪する。

「ん、ンンっ」と鼻にかける声が堪らない。もっと聞いていたいし、それ以上の声も聞いていたいが、それは後の楽しみで取っておけばいい。

ローレンツが言葉遊びで言った「眠り姫ドルンレースヒェン」を私も使う。以外と気に入っているのだ。本当に凪ちゃんは眠り姫のように眠り、口付けで目覚めるのだから。

唇を離して、見下ろせば息苦しかったのか「ゼーゼー」と肩で息をしている。
相変わらず、口付けをしている時の息の仕方が下手くそで笑ってしまう。
自分を「王子」、凪ちゃんを「姫」と言って遊んでいく。
そして、凪ちゃんの様子をジッと見つめてしまう。
逃げようと、体を捻り、手首を動かし、「やだ」と、か細い声で訴える。
そんな可愛らしい抵抗で解放させてやるほど私は優しい男ではない。

「おはよう・・・・凪ちゃん。ところで凪ちゃんは喉は渇いていないかな?水があるけど欲しいかな?」
ふっと、ナイトテーブルの方に視線を向ける。
真っ白の陶器の水差しと、硝子のゴブレットが置いてある。その奥にはクローシュが見えるが、今はその存在は気にしない。
私の視線と、「水」に反応したのか、同じ様にナイトテーブルを見ると、「ゴクッ」と唾を飲み込んでいる。
包帯が巻かれた痛々しい喉が、嚥下する動きを見せている。それに笑ってしまう。
本当に欲しいのは「水」ではなく、別の「何か」だと分かっているが、ルードヴィッヒはそれを夜神自身に伝えるにはどうしたらいいか考えた。より深く絶望するには、悲しくなって泣いてしまうには、どうしたらいいか考えた。


一体、何処まで私は追い詰められればいいのだろう?
夢の中では軍服姿の自分は去っていった。もう、二度と袖を通すことも、腰に刀を下げることも出来ない。
そして、変わり果てた自分を見つめてしまった。
毒々しいほどの赤い色を纏い、目も口も爪も赤くなった。牙もあった。そして、首に現れた二つの痣・・・・人間だった頃は見えなかったものが、今ははっきりと見えている。
それは、無言で教えてくれている。自分は誰の所有物で、これが見えるのは一体何者なのかを・・・・・

考える余裕も、悲しむ暇も与えることなく目の前で笑っている男が憎い・・・・・
私から全て奪った憎い吸血鬼・・・・
人間まで奪っていった。一体、今度は何を奪われるの?考えただけでもゾッと、してしまう。
その吸血鬼は眠っている私の口を塞いで、起きたら「眠り姫」と分からないことを言ってくる。
手首を掴み拘束して、体に伸し掛かり動きを封じている。
そして、金色の瞳を楽しそうに歪めていく。それに合わせて縦に入った右目の傷も動く。

「水」と言う単語に引っかかる。そういえば酷く喉が渇いているんだった。飲みたくて、飲みたくて、早く喉を潤したい。
相手の視線と同じところを見てしまう。陶器の白い精巧な細工の水差しを凝視してしまう。

欲しい・・・・
飲みたい・・・・

ゴクッと唾を飲み込む。その音が伝わったのか、私を組敷いていた吸血鬼━━━皇帝、ルードヴィッヒ・リヒティン・フライフォーゲルは体を起こして、水差しを取りに行く。
ベッドを軋ませ行く姿を見ながら、自分自身も体を起こす。

水差しとゴブレットを持って近くまで来た皇帝から、並々と注がれた水の入ったゴブレットを恐る恐る受け取る。
体が反応してしまうのだ。こちらに対して必ず何か行動する。そして、こちらの反応をみて笑うのだ。
けど、特に何もする様子はなく、変に安心してしまう。

ゴブレットの水面が揺れ動く。それをジッと見つめていたが、酷い喉の渇きに負けてしまい口をつけてしまう。
すると、勢いよく喉に流し込んでいく。いつの間にか包帯が巻かれた喉が動く。
全部飲み切っても渇きが癒やされない・・・・・
すると、空になったゴブレットに再び水を注がれる。

「まだ、欲しそうだから注いであげるね?」
何かを含んだ笑みを浮かべて皇帝が水を注ぐ。一瞬、躊躇ったが、目の前の水に負けて再び飲んでいく。
空になったゴブレットを皇帝が無言で奪っていく。
「あっ・・・・・・」

足りない・・・・
あれだけ飲んだのに、喉の渇きが癒えない
それどころか増々、酷くなる
もっと飲みたいのに。もっと沢山飲みたい
飲みたい・・・・

飲み足りない不満をぶつけるように、皇帝の動きを凝視してしまう。
何かを含んだ笑いをする皇帝は、水差しをクローシュの近くに置くと、そのクローシュの取手を持って上に上げる。
そこにあったのはボルドー型のワイングラス注がれた赤い液体
グラスと中身の色からしてワインと見間違うが、間違いない・・・あれは・・・・

━━━━━━人の血だ

ゴクッ・・・・何故か唾を飲み込む
目が離せない。本来ならあれだけの血液を抜くのに、どれだけの痛みを、時間を与えたのか怒りが込み上げるのに、今、頭の中にある思いは全然違う。

美味しそう・・・・

何故、そんな事を思ったのか分からない。けど、凄く美味しそうに見える。目が離せない

細長いステム部分を掴み皇帝がこちらにやって来る。
夜神はふっと、我に返り逃げ出そうと背中を向けるが、皇帝の鎖によって動きを封じられる。
「いやぁ!!やめて!来ないで!!来ないでよ」
何か恐ろしい事がこれから起こる。間違いない。確実にある。

何とかして鎖を外そうと体を動かすがそれは意味がなく、藻掻いているうちに背中に体温と重みが同時にやって来る。
「っぅ・・・・・・」
ビクッと、体に緊張が走る。耳元ではクスクスと笑い声がする。
後ろから手を伸ばし、目の前にワイングラスが写り込む。

まるで誘うように赤い水面が揺れる
本来なら顔をしかめる鉄錆の匂いなのに、今はその香りさえもいい匂いに思ってしまう
「あっ・・・・・・」
可笑しい!可笑しい!
違う!違う!
まるで、これでは・・・・・

━━━━━吸血鬼じゃないか!!

「もう、理解しているんじゃないかな?今の自分の状況を・・・・目の前の物を見て何かを感じているのではないかな?凪ちゃん?」
優しく諭すように、けど、声色は愉悦を含んでいた。
そんな言葉を耳元で囁かれ、夜神は体をガクガクと震えさせた。
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