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英雄と王女。学園まで1ヶ月

学園への基準値(4)~令嬢の1日~

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 シュンとリィナが恋人になってから一週間が経った。

 その間、2人を周辺に周知したり、ステファニーに報告したりと、色々と動いていた。

 結果として、学園への期日が迫ってきている訳である。



 公爵家の次女であるリィナの朝は早い。

 いや、最近になって早くに起きるようになった。

 理由は単純だ。



 少しだけ期待したような、嬉しそうな足取りで廊下を進んだリィナは、1つの扉の前で立ち止まり、中へと入った。

 扉の先には、1つのベッドがあり、その上で1人の少年が気持ち良さそうに眠っていた。



 時刻は、朝食の時間よりも前。

 ちょうど、この時間に起きると心地良く朝食に迎える、と言われている時間帯だ。

 リィナは、眠っている少年、シュンに近づき、その耳元に口を近づけた。



「シュンさん。朝ですよ」



「~~~っん~~~んん~~?」



 甘く、蕩けるような声音で告げたリィナが顔を離すと、シュンは眠そうな雰囲気を隠そうともせずに瞳を開いた。これが、愛の力というものなのだろうか。



 そう。これこそが、リィナが最近早くに起きるようになった理由だ。

 シュンを、自分という目覚ましで起こしてあげるという。

 シュンもそれにすっかり甘えているため、段々とシュンの日常生活がリィナ無しでは無理になってきている予感がする。



 起き上がったシュンが着替え終わるまでは部屋の前で待ち、出て来たシュンと一緒にリィナは食堂へ向かった。

 途中、2人の関係は既に周知しているので、メイドや執事に微笑ましい目で見守られていた。




 食堂の食事でさえ、シュンはリィナに甘えている。



「はい。あ~ん♪」



「あ~ん♪」



 リィナからの料理を、嬉しそうに食べたシュン。



 _もう、片方がいなくなったら生きられないんじゃないか?



 そう考えずにはいられない。

 食事が終わると、シュンとリィナは一旦の別れを迎える。

 毎度、その度にリィナとシュンはキスをしているのだが、それはこの機会にするべきものなのだろうか。



 別れたリィナは、そのまま中庭に向かって歩き出した。

 以前は、この道中からシュンと俺の決闘に勃発したが、これからはそれも無い。

 規則正しい窓と日差しを浴びながら、中庭に到着した。



「…レイさん。お願いします」



「ん?あ、ああ」



 リィナの声が掛かったことにより、俺も観察だけの状態は終了だ。

 リィナに頼まれているのは、<魔法を覚える>ことだ。

 普段なら、何十年も掛かる可能性のある、そんな面倒な事はしないのだが、今回は奇跡的に、リィナには魔法の才能があった。



「じゃあ、何時も通りに……【防壁】」



「はい。『回れ回れ その種は火 その花は火薬 咲き誇れ 紅の花よ_【火炎花】』」



 リィナがそう唱えると、赤い粒子が手の平へと集まってきた。

 それが、段々と球体へと姿を変貌させる。



「行け」



 そうリィナが呟くと同時に、球体は放出された。

 空中で炎を纏い、魔力をその内側に押し込める。

 その球体が、的である壁に衝突した瞬間。爆発が起きた。



 _これは、成長が早いな。



 それを見てそう思った俺だが、リィナは少し不安の混ざった顔で此方を見ていた。



「大丈夫。これが本来の威力だ。今までは、リィナが無意識に魔力を抑えていたからだ」



「ッなら!」



「ああ。充分に合格だ」



 それを告げると、リィナは花が咲いたように喜び、笑顔になった。

 常人なら10年は掛かるような工程を、僅か1週間程度で覚えてしまうこの才能は異常だが、それも当然だ。



 勇者であるシュンの血が混じっているのだから。



 その高過ぎる魔力融合度が取り込まれ、リィナも魔法を簡単に使えるようになっているのだ。




 それからは、夕方まで、リィナの魔法の練習は続いた。



「お帰りなさい。シュンさん」



「ただいま!レイも、ありがとうね!」



 まだ終わるには早いが、リィナなら短時間で覚えられる上に、もっと大事なことがあったからだ。




 そう。シュンが返ってきたのである。

 そこからは、リィナとシュンの、ただただ甘い時間が流れていくだけであった。



 _まあ、これが正常だからな。



 その空間が、甘過ぎて数人のメイドが気絶したというのは、余談だろう。

 また、ステファニーも引き攣った笑みをしていた、というのも、余談だ。
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