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英雄と親友と令嬢と

学園への基準値(2)~公爵の1日~

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 ※三人称視点



 常識、もとい知識を集めるための観察は翌日、つまり今日から開始された。



 レイが寝泊りをしたのは公爵家の屋敷の一室。客用の部屋だ。

 その部屋は、来賓用らしく、下手をすれば公爵本人よりも豪華な部屋に寝る事態も有り得る。



 昨日、レイが男性と称していた人物こそ公爵当主で、名をステファニーという。

 早速、早朝のステファニーがまだ寝ている時間から、レイは観察を開始した。



 ・・・・勿論、不審な目で見られたのは気の所為のはずである。





 公爵家の朝は早い。



 太陽の昇る前に起きたステファニーは、すぐに身支度を整え、部屋から出て行った。

 残されたレイも、それに続くように部屋から出て、ステファニーの後ろに隠れるように歩き始めた。



「おはよう」

「おはようございます。旦那様」

『おはようございます』



 ステファニーが年長のメイドに挨拶をし、それを返したメイドに続いて周りのメイドも挨拶をした。

 この連携のような光景を見るのは初めてで、レイにとっては新鮮な出来事である。



 途中、執事らしき男性がステファニーの隣に着いて歩き始め、時折振り返ったりとしている。

 淡い緑の輝く瞳が一瞬見えて、次の瞬間には消えている。



 _魔眼か。



 魔眼とは、その名の通りに、魔力の篭った瞳のことを表す。

 神話の時代、この魔眼の種類は数百を越えており、多彩な使い道をされていた。

 中には隠蔽系の技能すら覆す強力な”眼”を持つ者もおり、レイは苦労したものだ。



 何よりも、魔眼は発動しない限りは感知出来ない。という性質が厄介であった。

 魔眼には、かつてのレイが苦戦するほどの可能性と力が秘められているのだ。



 _この時代にも、魔眼があるとは驚きだ。



 そう考えながら、手元の手帳に意見を書き込んでいく。



 _「執事は有能」



 続いてステファニーが向かったのは、屋敷の右側に位置する食堂だ。

 長い廊下を歩き終わる頃には、太陽が顔を覗かせている。



「おはよう」

『おはようございます』



 そう告げながらステファニーが入ると、四方から返事が返ってきた。

 それに満足したように頷いたステファニーは、そのまま正面の長テーブルの縦に座った。

 レイはその背後に立ち、食堂を見回していた。



 ある者は座り、ある者は控え、ある者は料理をしている。

 配膳をする者や、周囲に眼を光らせている者もいる。



 _賑やかな食堂だな。



 以前からは、想像も出来ない風景である。



 _こんなにも、平和なのは。



 此処にいる者の、その大半が心から幸せそうな顔をしている。

 その光景が、レイには酷く驚愕する光景でいた。



 胸の奥が、チリッ、と痛んだ気がした。



 食事事態は、かなり静かに進んだ。

 仮にも貴族であるため、賑やかな食卓は無いだろうと予想していたが、意外にも会話は飛び交っていた。

 少女は学園についてを語り、シュンは自身の冒険を話していた。



 ステファニーの隣に座っているのは、恐らくステファニーの妻であろう女性だ。

 成る程やはり、美しい姿をしている、とレイにも感じられた。

 一瞬、レイと視線が交差した気がしたが、それを確認する前に女性の視線は外れていた。



 首を傾げるレイは、だがしかし、ステファニーが食事を終えたことで考えは打ち消した。



 歩き始めたステファニーの後ろを、そのまま着いて行くと、ステファニーは執務室に入った。

 一緒に執事も入ったことから、この執事はかなり地位の高い執事だと分かる。

 気配を最大限に消したレイも、扉を透過して部屋に入った。



 _無魔法<透明><霊化>



 中では、ステファニーと執事の2人が書類を整理していた。

 机の上に積まれた山のような書類の束を見て、レイは眉を潜めて苦い顔になった。



 _ああ、貴族とは大変なのだな。



 そんな感想を抱いたレイとは別に、ステファニーは眉を潜めた。



「魔物の増加、か………やはり、報告が必要になったか。至急、王宮に通達せよ」



 ステファニーがそう言った直後、執事の姿は消えていた。

 執事の居た場所をレイが注視すると、光の粒子が消え始めていた。

 つまり、魔法が行使された、ということだ。



 _この時代の執事とは、此処まで有能なのか?以前でも空間魔法を扱える執事なんて少なかったぞ?



 執事の有能性に若干の疑問を残しながら、時間は過ぎていった。




 太陽の暮れる夕方。

 1日中を執務室の机の上で過ごしたステファニーは、やはり何処か疲れた様子だった。

 それもそのはず。



 今日一日だけで、王宮に報告すべき案件が4つも存在したのだ。



 _____________



 魔物による村1個体の全損について。



 高濃度の魔法反応について。



 外交について。



 迷宮より確認された異常について



 _____________



 全ての書類を捌き切ったのが、夕方という訳だ。

 立ち上がったステファニーの横に並ぶ執事の男性も、疲れの様子が見てとれる。



 _ふむ。なら、これくらいの労わりは必要だろう?



「草花の香 陽光の輝き 踊る妖精此処に在れ _<極上の心地>」



 光が2人を包んだ。

 同時に、ステファニーと男性の顔は心地良さに緩められた。

 例えるなら、冬の一仕事終えた後の露天風呂だろうか?それと、最高級ベッド。



 夕日が地平線に輝きを残して去り行く中、1日の終わりを感じた2人だった。
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