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橘由希、28歳。
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三日月のかけら
9月上旬の土曜日、橘由希はまだ蒸し暑さの残る街を急ぎ足で歩いていた。
夏も終わりを迎えようとする中で蝉たちは残りわずかのその命を自ら燃え尽くすようにうるさく鳴いていて鬱陶しい。
流石に土曜の渋谷はどこもかしこも混み合っていて、少しでも気を抜けば、すぐに身体ごと人の波に飲まれそうだった。
この日は来月発売予定の新製品に関するプレゼンだった。遅刻なんて許されるはずもない。
人混みをかき分けて歩く中で、由希は公共の場で恥ずかしげもなく引っ付き合っているカップルに冷めた目線を送っていた。
「あんなの見えない場所でやればいいのに」まるでこの世に2人だけしか存在しないように、まるで周りが見えないかのように振る舞う彼らに思わず、心の中で毒づいてしまう。
その一方で現実を直視しない、いや直視しないでも許されることが正直に言えばすごく羨ましい。
今年28歳。
この程度の年齢になってくると仕方のないことではあるが、周りの友人たちの中にも結婚し出す者たちが増え、いつの間にか一人置いてかれていく感覚に陥る。
晩婚化が進んでいる世の中とはいえ、独身の友人が少なくなっていくことにはやはり寂しいものがある。
親友の菜穂子もその中の一人だった。菜穂子は由希と同じ大学時代の友人で、友人の数が決して多くない由希にとって、心を打ち明けることの出来る唯一の友人とも言えた。
そんな菜穂子も先日の記念日に付き合っていた彼氏にプロポーズされたというのだ。
もちろん、親友の結婚ほどめでたいことはなかなか無いが、親友の口から入籍したことを耳にした由希は、大切なものを誰かに取られてしまったような嫉妬心とはまた少し違った種類の負の感情に取り憑かれた。
そんな自分に対して自己嫌悪に陥ったことは言うまでも無い。
由希はつい卑屈になってしまう心を隠すように、歩く足に力を込めた。
物心がついた時から、由希がずっと思っていたことがある。皆、世の中を渡るのがすごく上手だということだ。
特別秀でている才能がないのだとしたら、むしろ要領がいいことが人生を生きる上で一番のアドバンテージではないか。
学生時代からテスト勉強をしているのにも関わらず、「していない~
」という友達の建前を鵜呑みにしてテストに挑んで撃沈したことが何度あるか。笑
その度に、周りに裏切られたような気持ちと自分の甘さに呆れる気持ちでいっぱいになっていたが、社会人になってからもそれは対して変わらない。勉学というステージから、人生というより大きなステージで成功を掴むためには要領の良さ、そしてあらゆる出来事を損得勘定で篩にかけていくある意味で狡猾さのようなものも必要だ。
学歴、経済的能力、そういったステータスを周りの人達が気にし出すようになったのはいつからだろうか。
9月上旬の土曜日、橘由希はまだ蒸し暑さの残る街を急ぎ足で歩いていた。
夏も終わりを迎えようとする中で蝉たちは残りわずかのその命を自ら燃え尽くすようにうるさく鳴いていて鬱陶しい。
流石に土曜の渋谷はどこもかしこも混み合っていて、少しでも気を抜けば、すぐに身体ごと人の波に飲まれそうだった。
この日は来月発売予定の新製品に関するプレゼンだった。遅刻なんて許されるはずもない。
人混みをかき分けて歩く中で、由希は公共の場で恥ずかしげもなく引っ付き合っているカップルに冷めた目線を送っていた。
「あんなの見えない場所でやればいいのに」まるでこの世に2人だけしか存在しないように、まるで周りが見えないかのように振る舞う彼らに思わず、心の中で毒づいてしまう。
その一方で現実を直視しない、いや直視しないでも許されることが正直に言えばすごく羨ましい。
今年28歳。
この程度の年齢になってくると仕方のないことではあるが、周りの友人たちの中にも結婚し出す者たちが増え、いつの間にか一人置いてかれていく感覚に陥る。
晩婚化が進んでいる世の中とはいえ、独身の友人が少なくなっていくことにはやはり寂しいものがある。
親友の菜穂子もその中の一人だった。菜穂子は由希と同じ大学時代の友人で、友人の数が決して多くない由希にとって、心を打ち明けることの出来る唯一の友人とも言えた。
そんな菜穂子も先日の記念日に付き合っていた彼氏にプロポーズされたというのだ。
もちろん、親友の結婚ほどめでたいことはなかなか無いが、親友の口から入籍したことを耳にした由希は、大切なものを誰かに取られてしまったような嫉妬心とはまた少し違った種類の負の感情に取り憑かれた。
そんな自分に対して自己嫌悪に陥ったことは言うまでも無い。
由希はつい卑屈になってしまう心を隠すように、歩く足に力を込めた。
物心がついた時から、由希がずっと思っていたことがある。皆、世の中を渡るのがすごく上手だということだ。
特別秀でている才能がないのだとしたら、むしろ要領がいいことが人生を生きる上で一番のアドバンテージではないか。
学生時代からテスト勉強をしているのにも関わらず、「していない~
」という友達の建前を鵜呑みにしてテストに挑んで撃沈したことが何度あるか。笑
その度に、周りに裏切られたような気持ちと自分の甘さに呆れる気持ちでいっぱいになっていたが、社会人になってからもそれは対して変わらない。勉学というステージから、人生というより大きなステージで成功を掴むためには要領の良さ、そしてあらゆる出来事を損得勘定で篩にかけていくある意味で狡猾さのようなものも必要だ。
学歴、経済的能力、そういったステータスを周りの人達が気にし出すようになったのはいつからだろうか。
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