名前のないその感情に愛を込めて

にわ冬莉

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つまらない見合い

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「まったく、一時はどうなるかと思ったわ」
 母、吉宮佳子が溜息をつきながら佐久造を睨んだ。
「いやぁ、すまん」
 大したことはなかったとはいえ、療養中に酒を飲み、病状が悪化したなど、佳子にしてみれば心配を通り越して怒りに近い。

「あずさに来てもらって正解だったわね」
「まぁ、お役に立てたならよかったわ」
 あずさは大袈裟にそう言っておどける。

 土曜の朝。
 つまり、今日は見合い当日である。

「お昼はお蕎麦取ることにしてるから、それでいいわよね?」
「いいんじゃない?」
「柊さんはお一人で来られるってことだから、あまり堅苦しくしないようにしてくださいね、
 佳子が父である佐久造にそう、念を押す。ここで実父を『会長』と呼ぶあたり、やはりこの結婚話は二人にとって事業計画の一環なのだな、とあずさは改めて身につまされる思いだった。

 そうこうしているうちに玄関のチャイムが鳴り、佳子がそそくさと出迎えに出る。あずさも慌てて後を追った。

 玄関を開けると、そこに立っていたのは、見るからにいいところのお坊ちゃんタイプ……と言えばいいのだろうか。清潔感溢れる明るめのスーツ姿に文句なしの笑顔。しかし、その顔を見てあずさの心臓が跳ねた。……彼を、知っているのだ。

「あずさ、こちらが柊俊也《ひいらぎとしや》さん。俊也さんのお爺様とうちの会長が学生時代の同級生で、俊也さんはお爺様の会社で営業部長をしているんですって! 俊也さん、こっちが娘のあずさです」
 紹介されて、あずさは軽く頭を下げる。
「初めまして、ではないんですよね、あずささん」
 おどけたようにそう口にする俊也を見て、あずさはやっぱり、と思った。どこかで見た顔だと思った。そしてそれが外れていたらいいのに、とも。しかし、どうやら外れではないようだ。

「あら、あなたたち知り合いだったの?」
 佳子が嬉しそうに声を上げる。
「知り合いではないわ、お母さん」
「ええ、実は私、あずささんの会社に何度も行ったことがありまして。私はあずささんを存じ上げておりました」
 お見合いだと言っていたのに、あずさは佳子から写真の類は一切見せてもらっていなかった。しかし、俊也は知っていたということか。

 よりによって、あずさの後輩である奥田里美が思いを寄せている男性とお見合いをすることになるとは。あずさは重たかった気持ちがさらに重たくなっていくのを感じていた。

「こんなところじゃなんだから、さ、どうぞ上がって!」
 佳子に促され、俊也が『お邪魔します』と屋敷に上がり込んだ。居間で待っていた佐久造に挨拶をし、そこからしばらく俊也の祖父と佐久造の昔話に花を咲かせる。俊也は三兄弟の末っ子で、家に縛られる必要もなかったのでこの見合いに乗り気であること、結婚したらあずさには家庭に入って支えてほしいことなどをざっくばらんに話す。今時専業主婦なんて、とあずさは思っているが、佳子や佐久造は俊也の意見に肯定的であると知り、少し驚いた。

「今は女性の社会進出が当たり前、なんて言うけど、子供を生み、育てることを考えるとねぇ。そんなに簡単な話じゃないわ。体の負担だって大きいし、何より子供は母親と一緒にいる方が幸せですものね」
 お決まりの話である。

「ですよね! 自分も、子供の頃に母親が『お帰り』と出迎えてくれるのが当たり前の環境だったもので、出来ればそういう環境で子供を育てたいんですよね」
 聞きながらあずさは、
(それって育てたい、んじゃなくて、育ててほしい、ってだけなんじゃ?)
 などとひねくれたことを考えていた。

 俊也は世渡り上手だな、とあずさは思っていた。佳子や佐久造相手に物怖じせず、上手く会話を回している。あずさが疎外感を味わわないようになのか、時々声を掛けて会話に参加させるよう仕向けたりもする。

 お昼を挟み、時間はあっという間に流れて行った。佳子も佐久造も大満足だったようで、帰り際ギリギリまであずさをよろしく、と、まるでもうこの話が決まったかのような扱いだ。
「あ、そうだあずささん」
 玄関で靴を履きながら、俊也が声を掛ける。
「はい?」
「明日はお時間ありますか? もしよろしければ、どこかに出掛けませんか?」
 早速デートの誘いである。

「あ~、」
 答えあぐねていると、
「あらいいわね! 行ってきなさいよ、あずさ!」
 と佳子が促す。佐久造もその向こうで大きく頷いていた。これでは断れない。
「……わかりました。じゃあ」
「ああ、よかった! じゃ、また夜にでも連絡しますので!」
 満面の笑みでそう言うと、来たとき同様、爽やかに去って行った。

 俊也を見送った最初の言葉は、
「いい人じゃない」
「よかったな、あずさ」
 であった。
 あずさは顔を曇らせ、
「まだ結婚するかはわからないじゃない」
 と、口にしたが、二人からは『あんないい人いない』『断る理由がない』など散々文句を言われてしまった。

 適当に相槌をして居間を後にすると、
「ちょっと散歩してくる」
 と屋敷を出た。

 雪光に、無性に会いたくなっていた。
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