上 下
8 / 20

第8話 アイドルだった私、置いて行かれる

しおりを挟む
「ああ、アルフレッド様、こちらですわ!」

 店の入り口からやってきたのは、リーシャを捨て、アイリーンとの婚約を決めたアルフレッド・ダリルその人である。

「アイリーン!」
 アイリーンの姿を見るや、パッと顔を輝かせ駆け寄る。
「会いたかったよ、アイリーン!」
「私もですわ」
 手を握り合って見つめ合う二人。

 アルフレッド・ダリルはダリル伯爵家の次男である。グレイがかった髪に深い緑の瞳。歳はリーシャと同じ十七歳だ。いかにも貴族の次男といった風体で、優男である。
「……なんで俺まで」
 アルフレッドの後ろからのそりと顔を出したのは長身の男。ランス・ダリル。ダリル家の長男である。年はアルフレッドの二つ上。精悍な顔立ちだが、少々当たりがきつい。クールといえば聞こえはいいが、愛嬌がないのだ。

「ランス様! ご足労おかけして申し訳ありません。お会い出来て嬉しゅうございます」
 恭《うやうや》しくお辞儀をする。

「お前らの婚約披露パーティーだろ? 衣装なんか勝手に決めればいいだろうに」
 ダルそうに頭を掻くランス。
「そう仰らずに、一緒にドレスを選んでいただきたいのです! 一生に一度の、晴れの舞台ですもの!」
 目を瞬かせ、目一杯のお願いポーズを決める。ランスは大きく息を吐き出すと、店の中へと入って行った。アイリーンがクス、と笑い、ランスに声を掛ける。

「ランス様、奥の更衣室にランス様用の衣装も用意しておりますのよ。是非、着てみてくださらない?」
「俺の?」
「ええ! 私が見立ててみましたの!」
 あまり興味もなかったが、どの道ここまで連れてこられたのだ。黙って女の買い物に付き合うよりはマシかもしれない、と、ランスは考える。
「きっとランス様にピッタリだと思います」
「……ああ、」

 着るものなど何でもいいだろうに…、とも言えず、ランスは奥の更衣室へと向かう。途中、誰にも会わないのだが、店員は何処にいるのか?

 閉まっていた更衣室のカーテンを一気に引く、ランス。

「……へっ?」
「……え?」
 そこには、下着姿で鏡に向かってポーズを決め込んでいる女性がいた。

 ……そう、それは私。

 っていうか、え? なに?

 私、いきなりカーテンを開けられ、フリーズした。それは単に驚いたからっていうだけのフリーズ。でも、目の前に突如現れた長身の男性は、見る見る間に顔を真っ赤にしてわなわなと震え出した。

「あの……、大丈夫ですか?」
 私、思わず声を掛けてしまう。
「あ、あ、失礼した!!」
 シャッ、とカーテンを元に戻すと、
「どうなっているんだっ」
 と怒った風に声に出し、走り去る音。あ、途中でコケた音したけど大丈夫かな?

 駆け出しのアイドルなんて衝立一枚隔てただけの場所で衣装を着替えたり、意味不明なほど露出の多い衣装を着せられたり、プロデューサーにニヤニヤした視線向けられたりなんて当たり前だから、この程度で動揺したりはしない。

 握手会だってそう!

 ほとんどのシートルファンはちゃんとしてるよ? でも中にはさ……あわよくば体を触ってやろう的なセクハラじみたことする人だっている。そんなのに慣れちゃってる私、下着姿とは言え、大した露出じゃないし、何よりリーシャ、スタイルがいいからどっちかって言うと『私を見て!』っていう気持ちになっちゃうのよねぇ。
 この世界ではダメなんだろうけどさ、こんな格好で人前に、しかも嫁入り前の伯爵令嬢が。

 ま、どうせもう会わない人だろうし、忘れよう、うん。

 ……それにしても採寸いつまで待たせるんだろう、遅いな……って思ったけど、やっと気付いた。ああ、これも嫌がらせの一環なんだ。私、嵌められてるんだ、って。

「下着姿を男の人に見られて、もうお嫁に行けない~、ってさめざめと泣くとでも思ったのかしら?」
 私は脱がされたドレスにもう一度袖を通し、更衣室から出た。

 「あれ?」

 フロアに戻って辺りを見渡す。が、店にアイリーンの姿はない。
「……あんのガキッ」
 思わず悪態をついてしまう。

 店員に話を聞くと、アイリーンはここでアルフレッドと待ち合わせをしていたらしい。そして二人は仲良くどこかに出掛けて行きましたとさ。

 って!?

「私、どうやって帰るのよっ」
 こんなことされたら、リーシャだったら泣くかな? それともじっと堪えてやり過ごすのかな。
「冗談じゃないわっ!」

 私は、店員を捕まえると動きやすい服、歩きやすい靴を見繕ってもらい、着替えた。どうせ料金はツケが利くのだ。どれだけ買ったって問題はないはず。

 私は久しぶりのショッピングを楽しみつつ、考える。どうせ置いてけぼりを食ったのだし、ここからは自由時間だ。知らない世界を探検するのもまた一興。

 そうと決まれば!

 私は図々しくも、店員に申し出た。
「大変申し訳ありませんが、少々用立てていただけません?」
「は?」
 さすがに変な顔をされたけど、私のせいじゃないしね。

 完全に開き直った私はにっこり笑って
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

醜いと蔑まれている令嬢の侍女になりましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます

ちゃんゆ
恋愛
男爵家の三女に産まれた私。衝撃的な出来事などもなく、頭を打ったわけでもなく、池で溺れて死にかけたわけでもない。ごくごく自然に前世の記憶があった。 そして前世の私は… ゴットハンドと呼ばれるほどのエステティシャンだった。 とある侯爵家で出会った令嬢は、まるで前世のとあるホラー映画に出てくる貞◯のような風貌だった。 髪で顔を全て隠し、ゆらりと立つ姿は… 悲鳴を上げないと、逆に失礼では?というほどのホラーっぷり。 そしてこの髪の奥のお顔は…。。。 さぁ、お嬢様。 私のゴットハンドで世界を変えますよ? ********************** 『おデブな悪役令嬢の侍女に転生しましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます』の続編です。 続編ですが、これだけでも楽しんでいただけます。 前作も読んでいただけるともっと嬉しいです! 転生侍女シリーズ第二弾です。 短編全4話で、投稿予約済みです。 よろしくお願いします。

悪役令嬢に転生したので、やりたい放題やって派手に散るつもりでしたが、なぜか溺愛されています

平山和人
恋愛
伯爵令嬢であるオフィーリアは、ある日、前世の記憶を思い出す、前世の自分は平凡なOLでトラックに轢かれて死んだことを。 自分が転生したのは散財が趣味の悪役令嬢で、王太子と婚約破棄の上、断罪される運命にある。オフィーリアは運命を受け入れ、どうせ断罪されるなら好きに生きようとするが、なぜか周囲から溺愛されてしまう。

悪役令嬢は婚約破棄したいのに王子から溺愛されています。

白雪みなと
恋愛
この世界は乙女ゲームであると気づいた悪役令嬢ポジションのクリスタル・フェアリィ。 筋書き通りにやらないとどうなるか分かったもんじゃない。それに、貴族社会で生きていける気もしない。 ということで、悪役令嬢として候補に嫌われ、国外追放されるよう頑張るのだったが……。 王子さま、なぜ私を溺愛してらっしゃるのですか?

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

破滅ルートを全力で回避したら、攻略対象に溺愛されました

平山和人
恋愛
転生したと気付いた時から、乙女ゲームの世界で破滅ルートを回避するために、攻略対象者との接点を全力で避けていた。 王太子の求婚を全力で辞退し、宰相の息子の売り込みを全力で拒否し、騎士団長の威圧を全力で受け流し、攻略対象に顔さえ見せず、隣国に留学した。 ヒロインと王太子が婚約したと聞いた私はすぐさま帰国し、隠居生活を送ろうと心に決めていた。 しかし、そんな私に転生者だったヒロインが接触してくる。逆ハールートを送るためには私が悪役令嬢である必要があるらしい。 ヒロインはあの手この手で私を陥れようとしてくるが、私はそのたびに回避し続ける。私は無事平穏な生活を送れるのだろうか?

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

えっ、これってバッドエンドですか!?

黄昏くれの
恋愛
ここはプラッツェン王立学園。 卒業パーティというめでたい日に突然王子による婚約破棄が宣言される。 あれ、なんだかこれ見覚えがあるような。もしかしてオレ、乙女ゲームの攻略対象の一人になってる!? しかし悪役令嬢も後ろで庇われている少女もなんだが様子がおかしくて・・・? よくある転生、婚約破棄モノ、単発です。

処理中です...