12 / 13
11
しおりを挟む
「チャオ、お前とは長いようで短い間やったけどそれなりに楽しく仕事さしてもろた。今まで世話んなったな」
「ライ、そんなこと、そんなこと口にしないでくださいよっ」
「せやけど、聞こえるやろ? ホイムの足音や。もうすぐあの穴ん中からわらわらとホイムたちが取り立てに来んねんで? わしら結局ネズミ見つけてへんのや」
「……はい」
「千景も今ごろは男子チームとデートや」
「ですね」
「わしらは寂しく強制送還あーんど解雇や」
「……ああっ、」
チャオがガックリと膝を着いた。その肩にライがそっと手を乗せる。
「そう落ち込まんでもええ。クビんなったかてなんとかなるやろ」
「ライ~、」
ほにゃほにゃふにゅふにゅわらわらへにょへにょもにゅもにゅみゃらみゃら、へんちくりんな音は次第に大きくなってくる。ライもチャオも、ぎゅっと目を瞑り来るべき時に備えた。と、
「お待たせっ!」
バン! と勢いよく扉を開き入ってきたのは千景。肩で息をし、髪振り乱し、その手の中には小さな箱。
「千景、」
「千景さん……」
ほにゃほにゃふにゅふにゅわらわらへにょへにょもにゅもにゅみゃらみゃら……、
「って、なに? この音……」
聞いたこともないような奇妙な音に千景は顔をしかめた。
「ホイムや。ホイムが来たんや」
体を震わせ、ライ。
「ホイムがっ?」
いよいよ対決のときだ。千景はキュッと唇を噛み締めた。恐怖心より、泉のように湧き出でる好奇心の方が勝っていた。
「来た!」
チャオが目を覆う。バン! という音と共に穴に被せられていた鉄板が飛ばされ、巨大な緑色のサッカーボールが飛び出してくる。
「なっ、ななななにこれっ?」
緑色の珠たちはポンポンとポップコーンのように穴から飛び出し、いつしか千景達を取り囲むように円陣を組んでいた。ライとチャオは千景の足にへばりついてガタガタと震えている。
「……でっかいマリモ……」
と、一匹のマリモ……いや、ホイムがずいっと転がって一歩前へ出た。
「○☆*¥℃※△?」
思った通り、わからない。千景はチャオを突付くと尋ねた。
「何だって?」
「注文の品はどうしたか? と、」
「おっけー」
千景は手にしていた箱の中からあるものを取り出し、掲げた。
「さぁ、これがあんた達の依頼した金色のネズミ、ゴールデンハムスターよ!!」
千景の手の中で、ハムスターはクンクン匂いを嗅ぎながらせわしなく動いていた。
「……ち…かげ?」
「……千景さん?」
きょとん、とそれを見上げるライとチャオ。
「金色やないやんかっ!」
「これは一体……、」
二人の動揺をよそに、千景は尚も続けた。
「これこそが金色のネズミ。だってゴールデンハムスターですものっ。さっ、これを持って依頼人の所に行きなさい!」
そっと、目の前にいるホイムに差し出す。ホイムたちはほよほよとお互い囁き合っていた。ネズミをどうすべきか、悩んでいるように見えた。
「◎℃¥※&%☆!」
ホイムがネズミを受け取った。そして、一斉に千景に向かってお辞儀をした。……ただ転がっただけにも見えたが……。
ほにゃほにゃふにゅふにゅわらわらへにょへにょもにゅもにゅみゃらみゃら……、
ホイムたちは順序よく穴の中へと戻って行った。ポンポンと、弾む足取りで。……いや、あれが彼らの歩き方なのかもしれないが。そしてあっという間に辺りは静寂に包まれたのだ。何事もなかったかのような静かな、元の廃ビルに。
「……行ったみたいね」
最初に口を開いたのは千景。うっすらと滲んだ汗を右手で拭う。チャオは千景の言葉に反応するかのように、その場にペタッと尻餅をついた。ライは、
「どっ、どっ、どういうことやねん千景っ!」
いきり立っていた。
「なに?」
「なに? じゃあらへんっ。お前が持ってきたネズミ、ちーとも金色してへんかったやんけっ。なんであれがっ、なんでホイムたちはおとなしゅう帰ったんやっ?」
「んー、だから言ったじゃない。あのネズミ『ゴールデンハムスター』っていうの。それって金色のネズミって事でしょ?」
「……ほんまかぁ?」
「わかんない。でも、納得してたじゃない」
えへへ、と千景が笑った。
「よく見つけてきましたね、千景さん」
チャオが千景を見上げ、言った。
「うん。偶然なんだけどね。お父さんが教えてくれた、って感じかな?」
「なんや? それ。お前の父親、死んだんちゃうんか?」
「んとね、」
千景はさっきの出来事を二人に話して聞かせた。ただの偶然かもしれない。でも、千景にはそうは思えなかったのだ。
「とにかく、これで二人とも首が繋がったのよね? よかったよかった」
「これも全て千景さんのおかげですっ」
「……ま、ようやった」
ポンとライが千景の足を叩いた。本当は肩を叩きたかったのだが、届かないのである。
「あは。ライに誉められちゃった。……あ、そだ、二人にお土産買って来たよ」
一旦外に出て、急いで戻る。手にしているのはふわふわのわたあめが入った袋。ここに向かう途中に、急いで買ってきたのだ。
「……なんや? この物体」
「ちょっとホイムっぽい……」
「やだなぁ、わたあめっていうお菓子よ。美味しいんだからっ」
がさがさと袋を開け、小さくちぎって二人に手渡す。警戒しながらわたあめを握っていた二人であったが、千景が食べる様を見て安心したのか、口に運んだ。
「おおっ、」
「これは!」
「どう?」
「美味しい!」
「うまいやんっ」
やっと二人の顔に笑顔が戻った。千景はそんな二人の顔を見ながら、一仕事終えた充実感に酔いしれたのであった。
「ライ、そんなこと、そんなこと口にしないでくださいよっ」
「せやけど、聞こえるやろ? ホイムの足音や。もうすぐあの穴ん中からわらわらとホイムたちが取り立てに来んねんで? わしら結局ネズミ見つけてへんのや」
「……はい」
「千景も今ごろは男子チームとデートや」
「ですね」
「わしらは寂しく強制送還あーんど解雇や」
「……ああっ、」
チャオがガックリと膝を着いた。その肩にライがそっと手を乗せる。
「そう落ち込まんでもええ。クビんなったかてなんとかなるやろ」
「ライ~、」
ほにゃほにゃふにゅふにゅわらわらへにょへにょもにゅもにゅみゃらみゃら、へんちくりんな音は次第に大きくなってくる。ライもチャオも、ぎゅっと目を瞑り来るべき時に備えた。と、
「お待たせっ!」
バン! と勢いよく扉を開き入ってきたのは千景。肩で息をし、髪振り乱し、その手の中には小さな箱。
「千景、」
「千景さん……」
ほにゃほにゃふにゅふにゅわらわらへにょへにょもにゅもにゅみゃらみゃら……、
「って、なに? この音……」
聞いたこともないような奇妙な音に千景は顔をしかめた。
「ホイムや。ホイムが来たんや」
体を震わせ、ライ。
「ホイムがっ?」
いよいよ対決のときだ。千景はキュッと唇を噛み締めた。恐怖心より、泉のように湧き出でる好奇心の方が勝っていた。
「来た!」
チャオが目を覆う。バン! という音と共に穴に被せられていた鉄板が飛ばされ、巨大な緑色のサッカーボールが飛び出してくる。
「なっ、ななななにこれっ?」
緑色の珠たちはポンポンとポップコーンのように穴から飛び出し、いつしか千景達を取り囲むように円陣を組んでいた。ライとチャオは千景の足にへばりついてガタガタと震えている。
「……でっかいマリモ……」
と、一匹のマリモ……いや、ホイムがずいっと転がって一歩前へ出た。
「○☆*¥℃※△?」
思った通り、わからない。千景はチャオを突付くと尋ねた。
「何だって?」
「注文の品はどうしたか? と、」
「おっけー」
千景は手にしていた箱の中からあるものを取り出し、掲げた。
「さぁ、これがあんた達の依頼した金色のネズミ、ゴールデンハムスターよ!!」
千景の手の中で、ハムスターはクンクン匂いを嗅ぎながらせわしなく動いていた。
「……ち…かげ?」
「……千景さん?」
きょとん、とそれを見上げるライとチャオ。
「金色やないやんかっ!」
「これは一体……、」
二人の動揺をよそに、千景は尚も続けた。
「これこそが金色のネズミ。だってゴールデンハムスターですものっ。さっ、これを持って依頼人の所に行きなさい!」
そっと、目の前にいるホイムに差し出す。ホイムたちはほよほよとお互い囁き合っていた。ネズミをどうすべきか、悩んでいるように見えた。
「◎℃¥※&%☆!」
ホイムがネズミを受け取った。そして、一斉に千景に向かってお辞儀をした。……ただ転がっただけにも見えたが……。
ほにゃほにゃふにゅふにゅわらわらへにょへにょもにゅもにゅみゃらみゃら……、
ホイムたちは順序よく穴の中へと戻って行った。ポンポンと、弾む足取りで。……いや、あれが彼らの歩き方なのかもしれないが。そしてあっという間に辺りは静寂に包まれたのだ。何事もなかったかのような静かな、元の廃ビルに。
「……行ったみたいね」
最初に口を開いたのは千景。うっすらと滲んだ汗を右手で拭う。チャオは千景の言葉に反応するかのように、その場にペタッと尻餅をついた。ライは、
「どっ、どっ、どういうことやねん千景っ!」
いきり立っていた。
「なに?」
「なに? じゃあらへんっ。お前が持ってきたネズミ、ちーとも金色してへんかったやんけっ。なんであれがっ、なんでホイムたちはおとなしゅう帰ったんやっ?」
「んー、だから言ったじゃない。あのネズミ『ゴールデンハムスター』っていうの。それって金色のネズミって事でしょ?」
「……ほんまかぁ?」
「わかんない。でも、納得してたじゃない」
えへへ、と千景が笑った。
「よく見つけてきましたね、千景さん」
チャオが千景を見上げ、言った。
「うん。偶然なんだけどね。お父さんが教えてくれた、って感じかな?」
「なんや? それ。お前の父親、死んだんちゃうんか?」
「んとね、」
千景はさっきの出来事を二人に話して聞かせた。ただの偶然かもしれない。でも、千景にはそうは思えなかったのだ。
「とにかく、これで二人とも首が繋がったのよね? よかったよかった」
「これも全て千景さんのおかげですっ」
「……ま、ようやった」
ポンとライが千景の足を叩いた。本当は肩を叩きたかったのだが、届かないのである。
「あは。ライに誉められちゃった。……あ、そだ、二人にお土産買って来たよ」
一旦外に出て、急いで戻る。手にしているのはふわふわのわたあめが入った袋。ここに向かう途中に、急いで買ってきたのだ。
「……なんや? この物体」
「ちょっとホイムっぽい……」
「やだなぁ、わたあめっていうお菓子よ。美味しいんだからっ」
がさがさと袋を開け、小さくちぎって二人に手渡す。警戒しながらわたあめを握っていた二人であったが、千景が食べる様を見て安心したのか、口に運んだ。
「おおっ、」
「これは!」
「どう?」
「美味しい!」
「うまいやんっ」
やっと二人の顔に笑顔が戻った。千景はそんな二人の顔を見ながら、一仕事終えた充実感に酔いしれたのであった。
10
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜
菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。
まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。
なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに!
この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

聖女のわたしを隣国に売っておいて、いまさら「母国が滅んでもよいのか」と言われましても。
ふまさ
恋愛
「──わかった、これまでのことは謝罪しよう。とりあえず、国に帰ってきてくれ。次の聖女は急ぎ見つけることを約束する。それまでは我慢してくれないか。でないと国が滅びる。お前もそれは嫌だろ?」
出来るだけ優しく、テンサンド王国の第一王子であるショーンがアーリンに語りかける。ひきつった笑みを浮かべながら。
だがアーリンは考える間もなく、
「──お断りします」
と、きっぱりと告げたのだった。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

麗しのラシェール
真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」
わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。
ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる?
これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。
…………………………………………………………………………………………
短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる