仕事クレ屋ものがたり ~金色のネズミを探して~

にわ冬莉

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「チャオ、お前とは長いようで短い間やったけどそれなりに楽しく仕事さしてもろた。今まで世話んなったな」
「ライ、そんなこと、そんなこと口にしないでくださいよっ」

「せやけど、聞こえるやろ? ホイムの足音や。もうすぐあの穴ん中からわらわらとホイムたちが取り立てに来んねんで? わしら結局ネズミ見つけてへんのや」
「……はい」

「千景も今ごろは男子チームとデートや」
「ですね」
「わしらは寂しく強制送還あーんど解雇や」
「……ああっ、」
 チャオがガックリと膝を着いた。その肩にライがそっと手を乗せる。

「そう落ち込まんでもええ。クビんなったかてなんとかなるやろ」
「ライ~、」

 ほにゃほにゃふにゅふにゅわらわらへにょへにょもにゅもにゅみゃらみゃら、へんちくりんな音は次第に大きくなってくる。ライもチャオも、ぎゅっと目を瞑り来るべき時に備えた。と、

「お待たせっ!」
 バン! と勢いよく扉を開き入ってきたのは千景。肩で息をし、髪振り乱し、その手の中には小さな箱。

「千景、」
「千景さん……」

 ほにゃほにゃふにゅふにゅわらわらへにょへにょもにゅもにゅみゃらみゃら……、

「って、なに? この音……」
 聞いたこともないような奇妙な音に千景は顔をしかめた。
「ホイムや。ホイムが来たんや」
 体を震わせ、ライ。
「ホイムがっ?」
 いよいよ対決のときだ。千景はキュッと唇を噛み締めた。恐怖心より、泉のように湧き出でる好奇心の方が勝っていた。

「来た!」
 チャオが目を覆う。バン! という音と共に穴に被せられていた鉄板が飛ばされ、巨大な緑色のサッカーボールが飛び出してくる。

「なっ、ななななにこれっ?」

 緑色の珠たちはポンポンとポップコーンのように穴から飛び出し、いつしか千景達を取り囲むように円陣を組んでいた。ライとチャオは千景の足にへばりついてガタガタと震えている。

「……でっかいマリモ……」
 と、一匹のマリモ……いや、ホイムがずいっと転がって一歩前へ出た。

「○☆*¥℃※△?」
 思った通り、わからない。千景はチャオを突付くと尋ねた。

「何だって?」
「注文の品はどうしたか? と、」
「おっけー」
 千景は手にしていた箱の中からあるものを取り出し、掲げた。

「さぁ、これがあんた達の依頼した金色のネズミ、ゴールデンハムスターよ!!」

 千景の手の中で、ハムスターはクンクン匂いを嗅ぎながらせわしなく動いていた。

「……ち…かげ?」
「……千景さん?」
 きょとん、とそれを見上げるライとチャオ。

「金色やないやんかっ!」
「これは一体……、」
 二人の動揺をよそに、千景は尚も続けた。

「これこそが金色のネズミ。だってゴールデンハムスターですものっ。さっ、これを持って依頼人の所に行きなさい!」
 そっと、目の前にいるホイムに差し出す。ホイムたちはほよほよとお互い囁き合っていた。ネズミをどうすべきか、悩んでいるように見えた。

「◎℃¥※&%☆!」

 ホイムがネズミを受け取った。そして、一斉に千景に向かってお辞儀をした。……ただ転がっただけにも見えたが……。

 ほにゃほにゃふにゅふにゅわらわらへにょへにょもにゅもにゅみゃらみゃら……、

 ホイムたちは順序よく穴の中へと戻って行った。ポンポンと、弾む足取りで。……いや、あれが彼らの歩き方なのかもしれないが。そしてあっという間に辺りは静寂に包まれたのだ。何事もなかったかのような静かな、元の廃ビルに。

「……行ったみたいね」
 最初に口を開いたのは千景。うっすらと滲んだ汗を右手で拭う。チャオは千景の言葉に反応するかのように、その場にペタッと尻餅をついた。ライは、
「どっ、どっ、どういうことやねん千景っ!」
 いきり立っていた。

「なに?」
「なに? じゃあらへんっ。お前が持ってきたネズミ、ちーとも金色してへんかったやんけっ。なんであれがっ、なんでホイムたちはおとなしゅう帰ったんやっ?」
「んー、だから言ったじゃない。あのネズミ『ゴールデンハムスター』っていうの。それって金色のネズミって事でしょ?」
「……ほんまかぁ?」
「わかんない。でも、納得してたじゃない」
 えへへ、と千景が笑った。

「よく見つけてきましたね、千景さん」
 チャオが千景を見上げ、言った。
「うん。偶然なんだけどね。お父さんが教えてくれた、って感じかな?」
「なんや? それ。お前の父親、死んだんちゃうんか?」
「んとね、」

 千景はさっきの出来事を二人に話して聞かせた。ただの偶然かもしれない。でも、千景にはそうは思えなかったのだ。

「とにかく、これで二人とも首が繋がったのよね? よかったよかった」
「これも全て千景さんのおかげですっ」
「……ま、ようやった」
 ポンとライが千景の足を叩いた。本当は肩を叩きたかったのだが、届かないのである。

「あは。ライに誉められちゃった。……あ、そだ、二人にお土産買って来たよ」
 一旦外に出て、急いで戻る。手にしているのはふわふわのわたあめが入った袋。ここに向かう途中に、急いで買ってきたのだ。

「……なんや? この物体」
「ちょっとホイムっぽい……」
「やだなぁ、わたあめっていうお菓子よ。美味しいんだからっ」
 がさがさと袋を開け、小さくちぎって二人に手渡す。警戒しながらわたあめを握っていた二人であったが、千景が食べる様を見て安心したのか、口に運んだ。

「おおっ、」
「これは!」
「どう?」
「美味しい!」
「うまいやんっ」

 やっと二人の顔に笑顔が戻った。千景はそんな二人の顔を見ながら、一仕事終えた充実感に酔いしれたのであった。
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