仕事クレ屋ものがたり ~金色のネズミを探して~

にわ冬莉

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「千景っ、こっちこっちー」
 大きく手を振っているのは睦美。隣には一也と、もうひとり知らない男の子がいた。千景は人込みを抜け、睦美のもとに走った。

「遅刻したっ。ごめん!」
「珍しいね、千景が遅刻なんて」
「ちょっと出掛けてたから」

 最後まで、探していたのだ。今の今まで、図書館で本を捲っていた。何でもいい、手掛かりが掴めたなら……そう思い、古書コーナーで絶滅した種の動物まで当たってみた。黄金の国、ジパング。この国に金色のネズミなど存在しない。わかったのは、冷たい真実だけだった。

「あ、伊波君、彼女が千景。千景、伊波君」
 睦美が紹介してくれる。千景はペコッと頭を下げた。
「ども。はじめまして、神楽です」
「あ、伊波です。なんか、俺邪魔だったみたいで」
 チラ、と悪戯小僧の眼差しを一也に送る。一也は伊波の頭を軽く叩いて、言った。
「ばーかっ、そんなんじゃねぇんだよっ」
「マジかよ? 俺は別にいいぜ? 席外してもさ~」
「うるせーっ」
 じゃれ合う二人。睦美が複雑な顔でその二人の姿を眺めていた。

「まっ、今日はさ、四人でパーッと楽しくいこうよっ」
 千景がそう言うと、なんとなくみんな落ち着いた。そして、気持ちは食へと向かう。

「あ! たこ焼き、食べようっ」
「俺、焼きイカねー」
「やだー、伊波君オヤジっぽーい」
「うっせーっ」
「あ、あっちにわたあめあるよー?」
「やだ千景ったら子供みたーい」
「むっちゃんひどーい」
「あははっ」

 と、露店の中に母親の姿を見つける。

「あ、お母さん!」
「えっ? どこ?」
 町内会で出している屋台。売っているのは焼きそば。ソースの臭いが鼻につき、食欲をかき立てる。
「お母さん!」
「あら、千景……と、お友達?」
 千景が男の子と一緒にいることに、加奈子は大きなショックを受けていた。最近帰りが遅かったり部屋に閉じこもったりしていたのは、こういうことだったのね、などと想像を膨らませてみる。

「こんばんはー」
「どうも、」
 一也と伊波が頭を下げた。
「おばさん、こんばんは」
 睦美は何度も家に来ているので知っている。とてもしっかりとした、いい子だ。まぁ、彼女が一緒ならそう心配することもないのかもしれない。

「グループ交際?」
 唐突に、加奈子。思ったことをすぐ口にしてしまうのは、性格なのである。
 千景は慌てて首を振ると、弁明した。
「ちがっ、そんなんじゃないよ。お友達っ。変な事言わないでよぉっ」
「あら、そう」
 ケラケラと笑う加奈子。

「お母さん、焼きそばちょうだい」
「はいはい、サービスするわよ」
 加奈子は手際よくパックに焼きそばを詰め、四人に手渡した。さっきからたこ焼きやらイカやら食べていた四人ではあるが、若さゆえであろう、まだまだお腹は満たされていないのである。
「わーい。ありがとー」
「ごちそうさまです」

 一通り礼を述べ、四人は近くにある休憩用テントの中でビールケースに腰掛け、食べ始めた。お囃子の音が遠くから聞こえ、人もそれなりに往来している。こんなところで、一人だけ楽しんでいていいの? と何度も自問自答しながら、それでも千景は楽しかった。

「千景ってさ、お父さんいないんだよ」
 ぽつり、と睦美が口にする。
「えっ、マジで?」
 伊波が箸を止め、言った。
「そう。でも大丈夫だよ。もう慣れた」
「ね、千景、あの鈴の話してあげなよ」
 睦美は千景の鈴の話が好きだった。亡き父の、娘に対する愛情。ことあるごとにその話を振ってくるのだ。

「なに? 鈴の話って」
 一也がその気になる。
「えー? いいよぉ、そんな」
「俺も聞きたい」
 伊波までもがせっついてくる。千景はなんとなく面映いながらも、話はじめた。

「……んと、お父さんが病気で入院してたときに私に鈴をくれたの。それって病院の売店で買ったらしいんだけど、実はお父さん、その頃にはかなり病状が悪化してて、歩くこともままならないくらいだったの。先生にも『もう長くない』って言われてて、本人もそのことは知ってた」
 チクリ、と胸が痛む。

「私、泣いてばっかりいたんだ。お父さんいなくなったらどうしよう、ってそればっかり考えて。すごく、後ろ向きだった」
 そう。あの頃は何も出来なかった。父を励ますことも、母の手伝いをすることも、何も出来なかったのだ。

「お父さん、私のことすごく気にしてて、ある日病院に行ったらベットの上で鈴を差し出して、言ったの『千景、見てみろ。この鈴はお父さんが自分の足で売店まで買いに行ったんだぞ』って。体中痛くて、立ってるのだってやっとだったと思う。なのに売店まで自分で歩いて、これ、買ってくれたの」

 睦美は早くも目を潤ませていた。男二人は神妙な面持ちで食い入るように話を聞いている。

「『どんな困難があったとしても最後まで全力を尽くせ。諦めるな。例え結果が伴わなかったとしても、全力でぶつかっていけばそのことがいつかきっとお前の力になる』って。私、そのとき誓ったの。これからはどんなことがあっても決して最後まで諦めない、って」

 最後まで。
 そう、最後の最後まで諦めない、って。

「お父さん、最後の最後まで前向きだったよ。病気と全力で戦ってた。……結局、駄目だったんだけどね」
 けれど、父は笑っていた。
 辛そうな顔など見せず、いつも笑っていたのだ……。

「神楽の父ちゃん、すげぇな」
 伊波が上向き加減で呟いた。少し、涙目だった。一也は、下を向いていた。顔を隠すみたいに。

「千景、鈴、見せてよ」
 睦美が言った。千景は頷くとポーチの中を探り、チリン、と鳴る鈴を取り出し……、
「あっ、と」
 チリリン、
 ポーチのファスナーに紐を引っ掛けてしまった。鈴はそのまま転がってしまった。
「やだ、私ったらバカッ」

 チリリリ、鳴きながら、転がる。まるで千景を呼んでいるみたいに。

「大丈夫? 千景!」
 睦美が立ち上がった。
「大丈夫」
 見失わないよう、目で追いかける。とにかく沢山の人がいる。なくしたら大変だ。
 と、

 コンッ、

 歩いている誰かが蹴ってしまう。そしてまた、転がる。

「ちょっ、ちょっとすみませんっ」
 人を押しのけるようにして追いかける。あった! 鈴はある露店の前に転がっていた。千景はしゃがみこみ鈴を掴んだ。そして、ふっと目線を上にあげると、あるものと目が合った。一瞬の後、雷に打たれるような衝撃。

「……あっ、そっか」
 千景は手の中に鈴を握り締めた。

『最後まで諦めるな』

 そう言ったあの日の父の言葉が、胸を熱くしていた。
 
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