仕事クレ屋ものがたり ~金色のネズミを探して~

にわ冬莉

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「たっだいまーっ」
 ……とはいえ、ここは自宅ではない。家に帰る前に、ライとチャオに報告……というか自慢しに来たのだ。

「おっ? なんやその晴れやかな顔はっ。さては、何かわかったんかいっ?」
 ライが詰め寄る。千景は口の前に指を当て、チッチッチ、と舌を鳴らした。
「あのね、ライ。私とうとうやったのよ!」
 左手を腰に、右手を天高く突き上げてポーズ。乙女が取るポーズではない。

「……なんやねん?」
 多少イラついて、ライ。チャオは、ポン、と手を叩き千景に言った。
「もしかして、デートに誘うの成功したんじゃないんですかっ? 千景さんっ」
「なんやてーっ? ホンマかいっ?」
 千景は満足そうに微笑むと、コックリと頷いた。一瞬の間を置いて、三人は拍手した。
「すごいやないかいっ、どうやったんや?」
「まさか今日決行するとはねー」
 二人は、自分の事のように喜びを露にしていた。千景も鼻高々である。

「経緯を教えてくださいよ、千景さんっ」
「せや。都築は幼馴染が自分に恋心抱いてるって知って、どない言っとったん?」
「そーですよっ。睦美さんのこと、何て言ってたんですかっ?」

「………、」

 五秒間の、間。

 汗が、出る。

「なんや、千景。勿体無らんとはよ教えろや。気になるやんけっ」
「そうですよっ。ドキドキの告白タイムじゃないですか千景さんっ」

「………、」
 背中を冷たい汗が流れる。

「おい、千景?」
「どうかしました?」

「……ああっ、」
 その場に崩れ落ちる。今、やっと気がついたのだ。
「私、睦美のこと一言も口にしてない!」

「……なんやて?」
 呆けたように、ライ。
「どういうことです?」
 チャオも事情が飲み込めないらしい。千景はさっきの都築一也との会話を思い返し、一部始終を二人に説明した。

「アホかっ、」
 ゲシ、とライが千景を蹴った。
「えーん」
「ライ、暴力は駄目ですっ。……しかし、どう考えてもこれは厄介なことになりましたね。多分…、いや、間違いなく都築君は千景さんと祭りに行くことをOKしているのだと思われます」
「キューピットどころか、お前親友の好きな男、略奪しようっちゅー話やないけっ」
「ちがっ、そんなつもりじゃ、」
「せやかて、都築は幼馴染の睦美が自分のこと好きやっちゅーこと知らんのやろ?」
「……知らない」
「お前が祭りに誘った。ヤツはOKを出した。……せやろ?」
「……うん」
「略奪愛やん」

「どうしようっ! どうしたらいいのっ?」
 わっさわっさとライの胸倉を掴み、揺さぶる。何とか誤解をといて、相手が睦美であることを都築一也に伝えなければならなかった。だけど、どうやって?

「おっ、おい千景っ、落ち着かんかいっ」
 ぐらんぐらん揺れる頭を支えつつ、ライ。チャオは腕を組み、じっと何かを考えていた。
「これは……、正直に話すしかないですね」
 真面目腐った顔で当たり前のことを口にするチャオ。しかし、言われた千景はパッとライから手を離し、じっとチャオを見つめて、言った。
「そう……そうよね。正直に言えばいいのよねっ! チャオ!」
「千景さんっ!」
 ひし、と抱き合う二人。本気なのだから、困ったものだ。

「そうと決まれば善は急げ、だわっ。あたし帰るねっ!」
 きびすを返す、千景。

「あ、おい千景! 金色のネズミの方はどうなったんや、ボケッ」
 ライが静止するのも聞かず、千景はとっとといなくなっていたのだった。

「……期限、間に合うんでしょうか?」
 走り去る千景の後姿を見ながら、チャオが呟く。ライは大きく溜息をついた。
「……人選、間違えとるんやろうなぁ、わしら」

 ネズミ納入期限までは、あと三日。
 そして神社のお祭りも、三日後なのである。
 
*****

「そういうわけだったのか」
 睦美が溜息交じりに言った。

「うん。ごめんね、むっちゃん。私、バカすぎるよねぇ」
 素直に謝る。睦美は電話の向こうでクスクス笑っていた。

「ううん、私こそごめんね。こういうことはちゃんと自分で言わなくちゃ駄目だよね」
「……むっちゃん?」
「私、今から一也に会って来るよ」
「ええっ?」
「会って、ちゃんと告白してくる」
「むっちゃん……、」
 なんだか涙が出て来る。千景は、睦美の熱い思いに感動してしまったのだ。

「でもね、千景」
「なに?」
「もし、断られたら、」
「そんなことっ、そんなことないよっ」
「ううん、もし断られたら二人で行こうね」
「……えーん」

 人を好きになるってすごい! などと心の中で睦美を絶賛する。もし一也が睦美の誘いを断ったりしたら、千景は一也に抗議しに行くくらいの勢いになっていた。

「明日報告する。じゃ、また明日!」
「うんっ。むっちゃん頑張ってね!」
 カチャ、と受話器を置く。自分の口から出た言葉が自分でも信じられない睦美だった。

「……告白…かぁ」

 きっかけは一也からの電話。千景を可愛いと言った、あの言葉。……どうしても取られたくない。千景を、嫌いになりたくはなかった。つまりは一也を好きな気持ち同様、千景との仲も壊したくないと思ったのだ。きちんと自分の口から真実を伝えて、それで駄目だったら、そのときは千景に慰めてもらえばいい!

「よしっ」
 立ち上がり、駆け出す。

 この時間一也は川縁を走っているはずだ。堤防で待っていれば絶対に会える。
 外に出ると、きれいな三日月。睦美は胸の高鳴りを抑えつつ、堤防へと足を向けた。

 と、川面をじっと見つめている一也の姿を発見。ドキリ、と心臓が鳴く。

「一也っ」
 手を振って叫ぶと、一也は慌てて振り向き口元に指を当てた。静かにしろ、と言っているようだ。でも、どうして?

「何してるのかしら?」
 首を傾げる睦美に、一也がおいでおいでをする。睦美はそっと階段を降りると、一也の側に行った。

「どうしたの?」
「睦美、大発見かもしれないぞ」
「大発見?」
 一也は少し興奮しているみたいだった。すっ、と川面を指し、続ける。
「今、見たことない生物がいた」
「は? 何それ?」
 見たことない生物、何て言われてもピンとこない。人面亀でもいたのだろうか?

「サッカーボールくらいのマリモだよ」
「……マリモ? マリモってあの、湖とかにいるやつ?」
 それって珍しいのだろうか。睦美には今ひとつ感動がない。

「でも一也、マリモって水中にいるんじゃないの? ここからじゃ見えないじゃない」
 辺りはすっかり暗くなっているのだ。遠くの外灯の光では、とてもマリモを確認できやしない。
「違うんだよ、さっき上を走ってたらボールみたいのがコロコロ列なして転がってたんだ。で、追いかけてみたら奴ら、こそこそなんかを話し合ってた」
「はぁ?」
 なんとも現実味のない話である。

「んで、川の中にポンポンポーンと一匹ずつ飛び込んだんだよ」
「……ちょっとぉ、どこまでが本当の話?」
「全部本当だよっ」
「だって、マリモが列なして転がったり、話したりするなんて有り得ないでしょう? 冗談としてはあんまり面白くないと思うけど」
「本当だ、って!」
 力説する一也の後ろ、もにょもにょと動く物体。睦美の視線が、釘付けになる。

「かっ、かっ、一也!」
 ……それは、巨大なマリモだった。

「◎×#*☆$£¥▲%」
 独り言のようだった。

「なっ? なっ?」
 自慢気に、一也。
「何落ち着いてるのよっ。あれ、一体なんなのぉっ?」
「わかんねぇ」
 二人は、そのままじっと転がる巨大なマリモを見ていた。と、マリモは川縁で一度立ち止まり(?)また小さく何かを喋った。

「……何言ってるんだろ?」
 キュッ、と一也のジャンバーを掴む睦美。
「お前の仲間なら、川ん中入ったぞ!」
 一也がマリモに向かって言った。

「ちょっとぉ!」
「大丈夫だよ」

 と、マリモは一也の声に反応し、明らかに一也に向かって頭を下げたのだ。(どこが頭かは不明だが)そしてチャポン、と川の中へ飛び込んだ。

「…………」
「…………」

 無言でそれを見ていた二人。沈黙を破ったのは一也である。

「……天変地異の前ぶれかなぁ?」
「知らないっ」
「で、お前こんなとこで何してんの?」
 ハッ、とする。マリモのせいで当初の目的をすっかり忘れていた。 握っていた一也のジャンバーをパッと放す。
「あ、うん、あのね」
 急にしおらしくなる睦美。一也はそんな睦美の態度に全く気付いていない様子だった。

「一也、誤解してるの。お祭りに……一緒にお祭りに行って欲しいのは千景じゃなくて、私なのっ」
「……はぁ?」
「だからっ、自分で言うの恥ずかしくて、だから頼んだのっ。そしたら千景、私の名前言うの忘れた、って。最初からちゃんと自分で言えばよかったんだけど、だけどっ、」
 顔を赤らめ、うつむく睦美の姿を見、動揺する一也。
「お前、何言って、」

「私、一也のこと好きなのっ」

 言った!
 とうとう言ってしまった。

 睦美はあまりの恥ずかしさにいても立ってもいられず、駆け出していた。

「おい、睦美!」
 坂を一気に駆け上がり、あっという間に見得なくなる後ろ姿。

「……天変地異だよ」

 一人呟く、一也であった。
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