仕事クレ屋ものがたり ~金色のネズミを探して~

にわ冬莉

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「はぁ~」
 千景が溜息をついた。

「はぁ~、じゃあれへんっ! ちゃんと話を聞いとるんかいっ」
 ライが突っ込んだ。その横でチャオがまぁまぁ、などとなだめている。

 ここは例の廃ビルにある一室。千景は小さなテーブルに肘をつき、宙を見上げながら答えた。

「ちゃんと聞いてるよぉ~。ネズミなんでしょう?」
 学校の帰り、千景はまたしてもここに足を運んだのだ。と、いうのも、昨日この二人に大切な鈴を返してもらう代わりにある頼まれごとをしたのである。
「金色のネズミなんて、聞いた事ないんだけどなー」
 ふっ、と視線を戻すと、ライに言った。

「それじゃあなにかい? 依頼人が嘘ついてるとでもいうんかいな?」
「そんなの知らないよ。……ふぅ、」
「……あの~、千景さんさっきから溜息ついてますけど、何か悩み事でも?」
 チャオが気を遣う。一度ならず二度までもひっくり返ったチャオであったが、あのあと落ち着いて話をした結果、すっかり千景に懐いてしまったのであった。

「……うん。実はもう一件頼まれごとしちゃってさ」
「ほほぅ、人望が厚いのですね」
 チャオが持ち上げる。
「そんなんじゃないよ。ただ、キューピットなんてしたことないからどうすればいいのかなーって」

「キューピットやて?」
 ライが小馬鹿にしたように言い放つ。

「なんやねん、ガキのくせに色事かいな。まだケツの青いもんがそんなんで悩んでどないすんねんっ」
「失礼ねーっ。あたし、もう中学生だよ?」
「けっ。ガキやないかい」
「ライ、そんないい方はないでしょう。中学生活といえば、この世界では青春真っ只中突入なんですぞ?」
 ピッと指を立て、説明をはじめる。

 この世界では。

 そう。彼らは別の世界から来たのだと言った。この部屋の隅にある穴。千景はそんなものがあることすらもちろん知らなかったわけだが、そこが異世界への通り道になっているのだと言う。そして彼らの商売……『仕事クレ屋』は依頼人から頼まれればなんでもする、という有限会社らしい。当然、法に反しない内容に限って、だが。

 異世界への入り口は、今は蓋がされている。開けっ放しにしておくと、時空の歪みを伝って色々なものが迷い込んできてしまうらしい。千景は興味津々だったが、どうしてもその穴だけは見せてもらえなかった。

「青春真っ只中のやつがあんなちっこい鈴探しに不法侵入するんかいっ」
「だからぁっ、あれはお父さんの形見なんだってば!」
 いつも大切に持ち歩いていた鈴。それは若くして亡くなった父が千景に残した贈り物なのだ。もちろん、他にも父親からもらったものは沢山ある。だが、千景にとってこの鈴は特別な意味を持っていた。

「あぅっ、そっ、その話はもうええねんっ」
 ライが慌てて止める。

 チャオと千景が顔を見合わせ、小さく笑った。実はあの後、千景は父親にもらった鈴にまつわるエピソードを二人に話したのである。その話を聞いてなんとライは大泣きしてしまったのだ。チャオいわく

『こう見えて、意外と感動やさんなんですよ』

 との事。

 昨日の今日だけに、まだ少し目が赤い。しかも昨日の話を思い出してしまったのか、また涙目になっていた。

「ライは優しい子だね」
 ポン、とライの頭に手を置く。と、その手を押しのけて、
「あほかっ。わいは子供やあれへんっ! 大人やでっ!」
「あは。ごめん」
 ペロ、と舌など出して見せる。

「それで、頼まれごとというのは?」
 チャオが興味深そうに身を乗り出した。
「どあほぅっ。こっちの話が先やろ!」
 ライが突っ込む。
「えーっ? ……だって気になるじゃないですかぁ」
「わしらの給料は気にならんのかいっ」
「あ……それも気になる」

「で、どうなんや千景。心当たりはあるんかいっ?」
 強引に話を戻す。

「金色のネズミ? まさか某テーマパークのあれでもないだろうしなぁ……いないよ、そんなの」
「いないて、お前、」
「だってさー、確かに日本は大昔『黄金の国』って呼ばれてたらしいけど、それは太陽が昇る方向にあったからであって、別に日本に黄金がザクザクあったってわけじゃないもん」
 ふぅ、と息を吐き出す。

「そんなこと言わんと、しっかり考えろや」
「えっと、アカネズミ、ヒメネズミ、カヤネズミ、アマミトゲネズミ、ケナガネズミ」
 千景が抑揚のない言葉の羅列を始める。
「……なんやねん?」
「日本に生息するネズミの種類」
「ほぉ! 調べてきたのですかっ?」
「うん」
「で、どれが黄金なんや?」
「どれも金色じゃない」

「……」
「……」
「……」

 思わず互いを見つめてしまう三人である。

「どれか一種類一番金色に近いネズミを選んだらいいんやないんかっ?」
「ライ、そんな仕事内容じゃ依頼者は納得しませんよ~」
 怒鳴るライと、それをなだめるチャオ。そして千景は、
「だったら学校の図書室で図鑑借りてくるから、それを依頼主に見せて選んでもらえば?」
 と、自信満々に提案した。のだが……、

「んなこと出来るかっ、ボケ!」
 ライがまたしても切れる。
「わしらの商売は信用第一やねんっ。一度請け負ってから『ご依頼の品、正体わからないんで、こん中から好きなのお選びください』なんて言える訳ないやろがっ」
「駄目かー」
 はぁぁ、と三人揃って溜息。

「……仕方ない。もう一度調べ直すか」
「そうせい」
 ふんっ、とライがそっくり返る。

「って、これあんたたちの仕事でしょ? なんであたしだけが働いてるのよっ」
 腑に落ちない千景である。

「ほんなら、わしらはお前の抱えてる問題の方、解決したろか?」
 ニヤリ、といやらしい笑みを浮かべて、ライ。まるで中年オヤジのようだ。
「ええっ? ライが恋愛沙汰をっ? 無理ですって、そんなの~」
 小馬鹿にしたようにチャオが手をひらひらさせた。途端にむっとするライ。

「アホ抜かせっ。わしはこれでも若いとき幾多の恋愛を経験しとる先輩やでっ? 千景みたいな小娘よりはイロハを知っとるわい!」
「ほんとっ?」
 千景がキラキラと目を輝かせて詰め寄る。
「駄目ですよ、千景さん。口八丁なんだから」
 相変わらず馬鹿にし続けるチャオ。

「ううんっ、ライみたいに口八丁な方が恋愛には向いてるわよっ。だって恋愛って、所詮ゲームみたいなもんなんでしょ? チャオよりは私、ライの言うこと信じちゃう!」
 誉めているような貶しているような、微妙な言葉ではある。が、そんなことはお構いなしに、誉められたライは有頂天で、こう言ったのだ。

「よっしゃ、わしに任せときぃっ。……で、どういう計画やねん?」

 仕事そっちのけで中学生の恋愛話に耳を傾ける上司。チャオは目を輝かせているライの姿を間近に見、複雑な思いなのであった。
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