上 下
11 / 15

思いの丈

しおりを挟む
 事態は好転しているのか、それとも悪化しているのか、グランティーヌとデュラは城に一泊することを勧められ、部屋を用意されたのだった。
 もちろん、別々であるが。

「眠れん」

 グランティーヌはベッドから飛び起き、部屋の中をうろうろしていた。本当はデュラの部屋を訪ね、この縁談の真相についての考察を語り合いたいところなのだが、夜中にレディが男子の部屋に押しかけるわけにもいかないと思い直し、おとなしく部屋で休んでいるのだ。

「デュラがこちらへ来ればよいのじゃ。夜這いとは普通男がするものであろうに」
 わけのわからない理屈を述べる。
「退屈じゃのぅ」
 とはいえ、台所に忍び込み、コッソリつまみ食いを、という真似も出来ない。グランティーヌは再びベッドに横になると、目を閉じてみた。
「……やはり眠くなどないわ」

 コンコン

「……?」
 こんな時間に、ノック。
「もしや…、」
 デュラだ。夜這いだ。来るべく日がついに来たのだ! とばかりにグランティーヌは扉に駆け寄り、力いっぱい開いた。


*****
 
「まぁ、飲みなさい」
「はぁ、」

 その頃デュラはガチガチに畏まっていた。

 それもそのはず、目の前でグラスを傾けているのは誰でもない、カナチス国王、ハイル・ザムエその人なのだから。
 時刻はもう宵闇を迎え、城の一室を借り休んでいたデュラに突然のお呼びが掛かったのだ。そしていきなりグラスを渡され、「まあ一杯」と言われたのである。

「君は本当にグランティーヌのことを好いているのかね?」
 直球である。それは『国が欲しいだけなのだろう?』という響きが含まれている質問だと、すぐに理解する。が、デュラは動揺一つせず、答えた。
「私には国を動かす力などありません。そんな大それたこと、考えたこともありません。ただ、自分の気持ちに正直に生きているだけです」
 肯定でも、否定でもない答えだ。正直に答えるわけにもいかず、かといって真っ向から嘘をつくことも出来ないための苦肉の策である。咄嗟にしてはうまく答えたつもりだ。
「そうか……、」
 わかっているのかいないのか、酔いどれた目でデュラを見ながらハイルは頷いた。

 手の中でグラスを弄びながら、所在無さ気にデュラは俯いた。
 ちっとも減っていない果実酒。一向に飲む気配のないデュラ。キラリ、とハイルの目が光る。
「……なんだ、ちっとも減っていないではないか」

(仕方ないなぁ……)

 勤務中……ではないのだし、とデュラはグラスを煽った。ほのかに甘い、果実酒の香りが鼻をくすぐる。
「……何だ、飲めるのか」
 ハイルがチッ、と舌打ちをした。
「こう見えて私、酒豪なんです」
 空になったグラスを指し、デュラ。
「毒が入っていたかもしれんぞ?」
 ニヤリと笑う。
「まさか。私を殺す気なら、陛下が直接手を下す必要などありません。ですよね?」
「……なんだ。つまらんな」
 ハイルがむくれる。こちらはそう酒飲みではないらしく、赤ら顔にくっついた目は今にもとろけて落ちそうだった。

「……信じられませんか? グランティーヌ様と私の関係が」
「ああ、信じてないよ。少なくとも君はあのおませな姫君に恋などしていない。だろ?」
 ズバリ指摘される。墓穴を掘ることになりそうなので、あえて言い訳はしなかった。
「知りたいかね? この縁談の秘密を」
「そりゃあ……まぁ、」
 デュラは口を濁した。自分とは縁遠い世界の話である。が、興味がないといえば嘘だ。ただ、ハイルの話が真実とは限らないし、真実だったとしても、それを知ったところでデュラはどうしていいのかわからないのだが。

「私はね、デュラ、グランティーヌの母親が……サナが好きだったんだよ」
「…はぁ?」
 いきなり突拍子もないことを言われ、思わず変な声が出る。

 トポトポトポ、

 空になったグラスに並々と果実酒が注がれた。そしてハイルは自分のグラスにも同じように注いだ。
「まぁいい。聞け。……サナは、それは美しくてな、優しく、頭もよく、皆の憧れだった」

 デュラがフラテスに来た七年前には、既にサナは亡くなっていた。肖像画で顔を見たことはあるが、ほとんど何も知らない。それでも、今ハイルが口にしたこと全てが納得できた。サナは慈愛に満ちた、優しくて美しい、フラテスの宝だったのだ。誰しもが、口を揃えてそう言うのだから。

「私はサナを愛していた。だが、彼女が選んだのは私ではなく、ジーアだった」
「競い合っていたのですか?」
「そう言うと聞こえはいいがね、私に勝ち目など、はじめからなかったんだ」
 フッ、とハイルは寂しそうに笑う。
「彼女は私の気持ちを知っていた。だから気を遣ったのかもしれない。私に息子が出来たとき、彼女が言ったんだ。『これで私に娘が生まれたら、婚約させましょう』とね」
「ええっ? では、」
「そう。この縁談はサナの遺言だよ。もちろん、それだけではないがね」

 ふぅ、と大きく息を吐く。デュラは何も言わず黙々とグラスに入った果実酒を飲んでいた。愛とか恋とか、そういうものとは縁遠い生活だ。誰かを好きになる、ということがどんなものなのか、デュラにはイマイチわからないのだ。その分野に関しては全く発展途上のデュラである。

「この縁談は今後の我が国の運命を左右することになるであろう、大切なものだ。それはわかるだろう?」
 カナチスとフラテスがひとつの国になる可能性があるのだ。確かに、ハイルにとってこの縁談はなんとしてでも進めたいだろう。しかし、ジーアは?
「ジーア様はなんと?」
 ジーアは面白おかしく自分の娘を賭けの道具にするような男ではない。何かあるのだ。
「あの男は乗り気ではないさ。……そうそう、何か変なことを言っていた。『お前は何が大切かわかっていない』とかなんとか」

 ではどうして縁談を進める気になったのだ? ジーアの思惑とは一体何なのか? 考えても考えてもデュラには全く思いつかないのだ。

「息子のどちらかがグランティーヌの心を掴みさえすれば私の計画はうまく行く。サナの遺言も守れるし、国も手に入る。いい話だろう? それには君の存在は少々厄介だ、デュラ」
 ハイルがドスをきかせた声を出し、デュラを睨みつけた。脅しているつもりなのだ。が、デュラは明後日の方を向いたままだ。

「聞いているのかっ?」
「へっ? ああ、はい……」
 それは間の抜けた、緊張感のない声だった。ハイルがムッとする。
「すみません、そろそろ部屋に戻ります」
「なっ、」
 これからが本題なのだ。脅しをかけて早々にグランティーヌから引き剥がそうという大切なときに平然と部屋に戻りたいとはっ。
「失礼します。ご馳走様でした」
 たちあがり、スタスタと歩き出す。軽く三、四杯飲んでいるにもかかわらず、足取りはしっかりしていた。

「待て!」
 慌てて、ハイル。と、立ち上がった勢いでそのまま床に尻餅を着いてしまう。こちらは随分アルコールが回っているらしい。
「陛下、ご心配はごもっともですが、私とグランティーヌ様が結ばれることなど、常識で考えればあるはずがないことくらいお分かりでしょう? 大丈夫ですよ」
 さらっと笑顔まで浮かべ、出ていってしまった。

「あの男……」
 残されたハイルは、苦い顔で閉まる扉を睨み付けていたのである。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

伝える前に振られてしまった私の恋

メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】あなたから、言われるくらいなら。

たまこ
恋愛
 侯爵令嬢アマンダの婚約者ジェレミーは、三か月前編入してきた平民出身のクララとばかり逢瀬を重ねている。アマンダはいつ婚約破棄を言い渡されるのか、恐々していたが、ジェレミーから言われた言葉とは……。 2023.4.25 HOTランキング36位/24hランキング30位 ありがとうございました!

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

わたしのことはお気になさらず、どうぞ、元の恋人とよりを戻してください。

ふまさ
恋愛
「あたし、気付いたの。やっぱりリッキーしかいないって。リッキーだけを愛しているって」  人気のない校舎裏。熱っぽい双眸で訴えかけたのは、子爵令嬢のパティだ。正面には、伯爵令息のリッキーがいる。 「学園に通いはじめてすぐに他の令息に熱をあげて、ぼくを捨てたのは、きみじゃないか」 「捨てたなんて……だって、子爵令嬢のあたしが、侯爵令息様に逆らえるはずないじゃない……だから、あたし」  一歩近付くパティに、リッキーが一歩、後退る。明らかな動揺が見えた。 「そ、そんな顔しても無駄だよ。きみから侯爵令息に言い寄っていたことも、その侯爵令息に最近婚約者ができたことも、ぼくだってちゃんと知ってるんだからな。あてがはずれて、仕方なくぼくのところに戻って来たんだろ?!」 「……そんな、ひどい」  しくしくと、パティは泣き出した。リッキーが、うっと怯む。 「ど、どちらにせよ、もう遅いよ。ぼくには婚約者がいる。きみだって知ってるだろ?」 「あたしが好きなら、そんなもの、解消すればいいじゃない!」  パティが叫ぶ。無茶苦茶だわ、と胸中で呟いたのは、二人からは死角になるところで聞き耳を立てていた伯爵令嬢のシャノン──リッキーの婚約者だった。  昔からパティが大好きだったリッキーもさすがに呆れているのでは、と考えていたシャノンだったが──。 「……そんなにぼくのこと、好きなの?」  予想もしないリッキーの質問に、シャノンは目を丸くした。対してパティは、目を輝かせた。 「好き! 大好き!」  リッキーは「そ、そっか……」と、満更でもない様子だ。それは、パティも感じたのだろう。 「リッキー。ねえ、どうなの? 返事は?」  パティが詰め寄る。悩んだすえのリッキーの答えは、 「……少し、考える時間がほしい」  だった。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

処理中です...