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市場

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 片や、目をギラギラさせているグランティーヌ。
 片や、溜息ばかりついているデュラ。

 二人を乗せた馬車はカナチスの街中を走っていた。

「おおっ、派手な布じゃのぅ。あっ、あっちにはもっと派手な服がっ。お? この季節にカパが並んでおるとは!」
 盛大な市場を抜けているのである。もの珍しい品々に、グランティーヌは目的を忘れているかのごとくはしゃいでいる。

(いっそ本当に観光だけで満足してくれたらなぁ)

 そう願わずにはいられないデュラである。

「そろそろどこかで休みましょう。馬たちも随分走りましたからね」
 一刻も早く、早馬の手配を取りたいデュラである。
「おお、そうじゃな!」
 一方グランティーヌは、目の前に広がる市場に行きたくて仕方がないのだろう。そわそわと落ち着かない。当然と言えば当然か。今まで一人で自由に買い物を楽しむなどということはなかったのだし。

(ん? 待てよ……、)

 ピーン!

 デュラの頭にある計画が持ち上がる。

「グランティーヌ様、もしよろしかったら私が宿を探して馬を休ませていますから、その間少し市場を見学されてはいかがですか?」
「ええっ? よいのか?」
 満面の笑み。

(しめしめ)

「ええ。ただし、私が側にいないのですから危ないことは絶対しないでくださいね。市場を出ないこと。それが約束出来るのでしたら時間を決めて自由行動としましょう」
 目を離すことには抵抗があった。しかし、ここで別行動をとらなければ、待っているのはもっと悲惨な結末かもしれないのだ。背に腹は代えられん!!
「約束じゃ!」
 グランティーヌはそんな思惑など知る由もなく、目をキラキラさせている。

「では……、ああ、あそこにある『赤い金魚亭』にしましょう。通り沿いだし、わかりやすいでしょう?」
「赤い金魚だな? よし、わかった。では行ってくる!」
 ぴょん、と馬車を飛び降りる。
「あ、姫!」
 お金を、と言おうとしたところでグランティーヌがデュラの口を塞いだ。
「バカっ。わらわはお忍びで来ているのじゃ、容易に『姫』などと呼ぶでないわ!」
ごもっともである。
「では、グランティーヌ様」
「『ティン』でいい。わらわたちは駆け落ちした恋人という設定で行こう!」
「それでは返って怪しまれますって!」
 怪しいどころか、変態扱いされてしまう。……とはいえ子供を誘拐した罪人のように思われても困るし、無難な線では……、

「兄妹……ですかねぇ?」
「……イマイチだな」
「何がですかっ!」
「ま、仕方あるまい。ではデュラ、わらわに敬語など使うでないぞ? そなたは兄なのだから」
「はぁ、」
 だったら姫も普通に喋ってください、とは言えないデュラだった。
「で、何ゆえ呼びとめたのじゃ?」
「ああ、そうだこれを、」
 腰につけていた路銀(とはいえデュラの個人的な金なのだが)の中から何枚かを手渡す。
「無駄遣いはやめてくださいよ。宿屋にもお金払わないといけないんですから」
「わかっておる、兄上」

(……うわ。なんか、気持ち悪い)

「では行ってくるぞ!」
 そう言い放ち、駆け出した。
「ああっ、グ…じゃない、ティン! あまり走ると危ないですよっ!」
 あっという間にその姿は人込みの中に溶けて行った。

「さて、と」
 これでしばらく時間が稼げる。いまのうちに宿を取り、馬を休ませている間に早馬を頼まなければならなかった。今日中にジーアに使いを出し、迎えをよこしてもらわなければ。宿さえ取れれば時間は稼げる。計画は完璧だ!
「バレたら恨まれるだろうけどな……」
 ほんのちょっとの心苦しさもあるが、この際仕方がない。
「さて、早馬の手配を、と」

 デュラは『赤い金魚亭』へと向かった。
 
*****

「おおっ、それはチコの酒付けじゃな? 父にお土産を探していたのじゃ。それをくれ」
「ほぅ、お父さんに。偉いんだねぇ」
「いくらじゃ?」
「百グラム十二ベリーだ」
 ちゃりん、とオヤジの手に硬貨を乗せる。
「あいよ。気を付けて持ってお帰り」
「大丈夫じゃ」
 チコの酒付けを手にし、その場を立ち去る。

「誰が父になど。これはわらわの好物じゃ」
 早速袋を開け、一つ口に放り込む。甘い香りとほのかなアルコールが口の中いっぱいに広がる。
「ん~。美味」
 もちろん、成人するまでアルコールを口にしてはいけない決まりだ。が、農業国であるフラテスは果実酒の生産が盛んで、食卓にも多く出る。酒付けなどは、当たり前に子供のおやつだった。

 パクパクとチコを食べながら店先を歩く。誰かが後をつけて来ていることは少し前から気付いていた。それがデュラでないことも、だ。しかし、何故?

「父上の追手が? まさか、早過ぎる」
 呟きながら足早に人込みを泳ぐ。相手も巧みに人込みを掻き分けついて来ているようだ。
「まさか、誘拐犯ではあるまいな?」
 そう口にするグランティーヌの声はなぜか弾んでおり……、

 にまっ。

 何を企んだのか、その場できびすを返したのである。
「……え?」
 驚いたのはつけていた側の男。尾行相手がにこにこしながら自分のほうへ向かってくるのだから。しかも目線はしっかりと自分を捕らえている。つけていたと気付かれたのだ。

 男は慌てて回れ右をした。駆け出そうとした瞬間、腕に重みが掛かる。
「逃げるのか?」
 しっかりと腕に絡み付いているのは、さっきまで追いかけていた少女だった。
「……は? なっ、なんのことかなー?」
 裏返りそうな声で、男。
「なぜわらわの後をつけたのじゃ? 逃げようとするのはなぜじゃ? お主、誘拐犯ではないようだな」
「ゆっ、誘拐だなんてとんでもないっ!」
 首をぶんぶんと振り、否定する。
「私はただ、その……」
 もごもごと口篭もる。

 よく見ると、年の頃は十七、八といったところか、まだ青臭い少年《ガキ》(グランティーヌとてガキなのだが)だった。腰に剣は下げているものの、全く強そうではなく、いいところのお坊ちゃん、といった風。

「役場に連行されたいか?」
 ぐい、と捕らえた腕を強く握りなおす。
「それだけはご勘弁を~!」
 なんとも情けない男である。と、

「ったく、しょうがねぇなぁ」
「すみません、そろそろ彼を許して頂けませんか?」
 ほぼ同時に発せられた声。

 振り向くと、そこには同じ形をした二つの顔が並んでいた。年の頃はグランティーヌと同じくらいだろう。濃いブラウンの髪に紐を巻きつけ、結わえている。
 さすがに少しだけ警戒するグランティーヌである。
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