フェアリーの恋 〜はぐれ精霊は魔物に育てられたのでそのままお嫁さんになることに決めました♡〜

にわ冬莉

文字の大きさ
上 下
31 / 37

小人(ピグル)天上界へ行く

しおりを挟む
 丸い、月が美しく輝いていた。
 辺りはぼんやりと青い光に照らされ、昼間とは違う幻想的な風景を映し出していた。

「……ああっ、なんて美しいのっ」

 手を胸の前で組み、目をキラキラさせているのはメイシア。その姿は幻術によって精霊の姿に変えられている。美しい、女の姿だ。

「まぁ、こんなもんですよ」
 そう、コメントしているのはマリム。一応こちらも精霊の姿をとっているのだが、三頭身である。

「……帰って来てしまった」
 溜息交じりに呟いているのはセイ・ルー。結局、二人に押され天上界まで連れてきてしまったのだ。

「よっしゃ、ユーシュライの屋敷に乗り込むぞ!」
 元気よく拳を振り上げるマリムを横目に、またしても溜息の出てしまうセイ・ルーである。
「乗り込むって言っても、そこにムシュウがいるという確信はないのですよ?」
「でも、ラセル殿はいるのでしょう? それに、アーリシアンだって一緒の筈ですぞ。だったら乗り込んで二人を救出するのに何ら問題ありますまいっ?」
「そりゃ、そうなんですけど、」

 気が乗らない。
 なにしろユーシュライの屋敷というのは馬鹿でかく、乗り込んだからといってラセルに会うことが可能かどうか。不審人物として捕まってしまったら、それで終わりなのだ。しかもセイ・ルーは一度アーリシアンを地上に戻すことに手を貸している。バレたら命に関わるかもしれないというのに……。

「夜のうちなら忍び込みやすいし、今がチャンスですわ、セイ・ルー。行きましょうっ」
 メイシアがセイ・ルーの腕を掴んだ。マリムがそれを見てムッとする。
「え、ああ、はぁ」
 結局、メイシアに引っ張られるようにしてユーシュライの屋敷へと足を運ぶことになったのである。

「……ここですよ」
 高い塀に囲まれた巨大な屋敷。門は硬く閉ざされ、静まり返っている。天上界は元々物騒な場所ではない為、見張りなどは置かれていない。しかし、閉じられた門を開けることは出来ないので、別の入口を探さなければならなかった。
「セイ・ルー、飛べ」
 マリムが塀を指して、言う。
「はぁ?」
「アーリシアンとここを脱出したときは、塀を乗り越えましたぞ。飛んで」
「ここをですかぁ?」

 思わず、見上げる。

「……メイシア、飛べません?」
 駄目もとで聞いてみる。が、メイシアは眉を寄せて首を振った。
「ピグルの幻術はあくまで作り物ですから、羽根があるからといって飛べるわけではないんです」
「……やっぱり」
 セイ・ルーがガクン、と肩を落とす。

「二人いっぺんは無理ですわね」
 メイシアがセイ・ルーを気遣った。セイ・ルーは仕方なく、メイシアを抱き上げると、飛んだ。
「くそっ。今に見ておれっ」
 メイシアが頬を染めてセイ・ルーにしがみついている様子を下から見て、マリムが呟いた。
「きっと、きっとメイシアちゃんを振り向かせて見せる!」
 二人の姿が完全に見えなくなる。マリムはウロウロとその場を歩きはじめた。
「むぅぅっ、しかし、どうやって?」
 肝心なところが纏まっていないマリムなのである。

「マリム、」
 ファサ、と羽音がし、セイ・ルーが頭上より降りて来る。
「遅いですぞっ、セイ・ルー」
「すみません。なんだか屋敷の中がおかしいんですよ」
「……おかしい?」
「ええ。夜も深けているというのに、慌しく人の行き来する様子がありまして、」
「ラセル殿の身に、何かあったと?」

 声が鋭くなる。

「わからないんです。とりあえず、行きましょう」
 ふわ、と足が宙に浮く。何度経験しても、あまり心地のいいものではない。グングンと壁を進み、やがて、越える。確かに屋敷の窓はあちこち明かりが灯り、人の影がチラついているようだ。

「この騒ぎなら、返って進入しやすいかもしれませんね」
 セイ・ルーが言った。
「……なるほど」
 トン、と地面に降り立つ。木陰に隠れていたメイシアが顔を出した。

「セイ・ルー、今っ、」
 なにやら切羽詰った様子でメイシア。
「どうしたのっ、メイシアちゃんっ」
「今、何人かの精霊がここを通って言ったの。とても険しい顔で」
「メイシア、見つかりませんでしたかっ?」
 セイ・ルーが辺りを警戒した。

「ええ、それは大丈夫だったんだけど、おかしな事を言っていたわ」
「おかしなこと?」
「そうなの。『ムシュウが逃げ出した』って。逃げ出したって、一体どういうこと? 彼、ここの主人の言い付けでアーリシアンを攫いに地上へ降りたのでしょう?」
「……そう…ですね」
「逃げた、ってことは、拘束されていたということですかな?」

 と、マリム。

「けど、何故?」
「それは謎ですが、屋敷が賑々しいのはそのせいということですかね? セイ・ルー」
「ううん、そうじゃないの」
 メイシアが尚も続ける。
「そうじゃない?」
「ええ。だって言ってたもの。『ユーシュライ様は今、大切な時を過ごされているのだから早く見つけ出さないと大変だ』って」
「大切な時を、」
「過ごしている?」

 マリムとセイ・ルーが頭を抱えた。

「ってことは、もしや」
「アーリシアンが見つかったということですかなっ?」
「しっ!」
 セイ・ルーに口を塞がれ、もがくマリム。
「その可能性は充分ありますね。しかし、見つかったのはどちらのアーリシアンでしょうねぇ?」

 そうだ。ラセルもアーリシアンの姿をしていたはず。そして、本物のアーリシアンもラセルの元にいるはず。一体ユーシュライはどっちのアーリシアンと会っているのか。

「とにかく、潜り込みますよ」
 セイ・ルーは二人にそう言った。マリムとメイシアは神妙な面持ちで頷いたのである。

 案内人はマリムが務めた。一度、中に入ったことがあるから、という理由なのだが、その足取りは右へ、左へとおぼつかない。途中何度か屋敷の者とすれ違ったが、にこやかに挨拶を交わすだけで、特に疑われる様子はなかった。さすがに大きな屋敷だけあって、見知らぬ顔がいても不思議はないということなのか。時間も時間なので、そう、人は出歩いていないようだ。
 長く続く廊下を曲がったところで、また一人、屋敷の人間とすれ違う。

「今晩は」
 セイ・ルーがにこやかに挨拶すると、その男は立ち止まり、三人をジロリと睨んだ。

「……ちょっと待ちなさい」

 ギクリ、
 冷や汗が流れる。

「あの、なにか?」
 メイシアが笑顔で対応。と、男は、
「こんな夜更けに、何用ですかな?」
 と突っ込んで来る。
(こいつ、警備の者か?)
 セイ・ルーが体を硬くしていると、

「何やら手が足りないからと、叩き起こされたのですわ」
 メイシアが少し怒ったようにそう言った。男はふっ、と笑みを漏らすと、
「まぁそう言うな。ユーシュライ様がやっとアーリシアン様とお会い出来たんだ。めでたいことではないか」
 男がにこやかに諭す。

「それはそうですが、なにもこんな夜更けでなくとも」
「一刻も早く会いたかったのであろう。さすがにセルマージ殿はもう休まれたようだが、親子の語らいはまだ続いているようだ」
「…セルマージ……殿?」

 セイ・ルーが聞き返す。

「ああ、アーリシアン様をお救いくださった人の名さ。聞いていないのか?」
「アーリシアンを、救ったぁ?」
 素っ頓狂な声を出すマリムの足を、メイシアがギュムウ、と踏みつけた。
「ひっ!」
 白目を剥くマリムの前に立ち、セイ・ルー。
「すみません、名前までは存じ上げませんでした。……で、そのセルマージ様というのはどこの御方なので?」
「さぁてね、そこまでは知らないんだが、なんでもアーリシアン様はセルマージ様にお熱らしいね」

(アーリシアンがお熱? それってつまり、)

「……あの、」
 おずおずと、メイシア。
「まだ、何か?」
「先程庭の方で慌しい声がしてまして、聞いてしまったのですけれど……その、ムシュウが逃げ出した、というのは」
「しっ!」

 急に男の顔つきが変わる。

「それは、今、我々で全力をあげて追っている。大事にしたくはないのだ。黙っていてくれないか?」
「……わかりました。でも、」
「でも?」
「逃げ出したって、どういうことですの?」
「見張りの者が二人、殺されたんだ。あれだけの大怪我を負っていながらまだ力を使うとは思っていなかった。折角セルマージ殿が命だけは、と助けてくれたというのに……」

 セイ・ルー達三人は、顔を見合わせた。
 どうやらセルマージと名乗っているのはラセルに間違いないようだ。そしてラセルは、ムシュウに傷を負わせ、アーリシアンを父親に会わせている。しかし……どうして? 一体どうするつもりなのだ?

「さて、無駄話は終わりだ。早く手伝いに行ってくれ。それから、くれぐれもムシュウ様のことは、」
「心得ております」
 三人は静かに礼をして男を見送った。メイシアの機転のおかげで大体の情報は掴めた。

「さて、どうする?」
 セイ・ルーがメイシアを見遣る。メイシアはふっと笑うと言った。
「ラセルに会いに行きましょう」
「ええっ? ラセル殿に? ラセル殿がどこにいるのかわかったのでっ? メイシアちゃんっ!」

 どうやらマリムだけは、今の話を聞いても情報が掴めていないようだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている

ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。

処理中です...