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どこにもいかない
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「……アーリシアン、」
ラセルが耳もとで囁いた。
「なぁに?」
ラセルの胸に顔をスリスリさせながら、アーリシアン。
「……そろそろ降りろ。重い」
「いや」
「降りなさい」
「やだーっ」
「これっ!」
ぐい、っと首根っこを捕まえ、引っぺがそうとする。小さい頃よくやっていたのと同じように。しかし、途中で気付く。彼女はもう子供じゃないのだった。仕方なくアーリシアンの体をひょい、と抱き上げ、降ろす。アーリシアンはそれでも離れようとせずラセルの腕に絡まっていた。その柔らかな感触にどうも落ち着かないラセルなのである。
「マリム、色々悪かったな」
二人に近付き、ラセル。もう一人、マリムと一緒にいるのは……精霊?
「で、こいつはなんだ?」
セイ・ルーを指し、ラセル。
「はっ、はじめまして、あのっ、わたくしセイ・ルーと申しますっ」
礼儀正しく頭を下げる、セイ・ルー。実はラセルが怖かったのである。
(角があるっ、目つき悪いっ、怖いっ)
てなもんだ。
ラセルはセイ・ルーを一瞥すると、言った。
「お前がアーリシアンをここまで?」
「はっ、はいーっ!」
「……なに緊張してるんです? セイ・ルー」
不思議そうに、マリム。
「だだだってぇ~」
情けな~い声でマリムの後ろに回る、セイ・ルー。マリムはずずいと前に出て、手を腰に当てると言った。
「一時はどうなることかと思いましたぞ。ムシュウとかいう精霊が突然現れて、アーリシアンだけでなく私まで連れ去ったんですからねっ。まったく、あなたと関わるとろくなことがないですな、ラセル殿」
「悪かったな、色々と」
(魔物が、あの凶暴で情け容赦ないと言われている魔物がマリムに謝ったっ? ああ、マリム、君はなんて素晴らしいんだっ!)
心の中でマリムを褒めちぎるセイ・ルーである。
「ムシュウには、俺も会ったよ」
苦々しい口調で、ラセル。
「会ったのですかっ?」
チラ、とセイ・ルーを見遣る。セイ・ルーもまた、マリムを見た。ムシュウはきっとラセルを殺しに行くだろうと踏んでいたセイ・ルーの見解は正しかったようだ。
「しかし、あなたは無事ですね」
驚いたようにセイ・ルーが声を掛けた。
「えっ? なにっ? ラセルやっぱり危ない目にあったのっ?」
アーリシアンが心配そうにラセルを見上げた。ラセルはアーリシアンの頭に手を置くと、ポンポン、と軽く叩く。こうするとアーリシアンは落ち着いて静かになるのだ。
「白の術を使う精霊に会ったのは初めてだ」
さらっと言ってのける。
「ご存知なのですか!」
セイ・ルー。
「ラセル殿は博学なんですぞ。……まっ、そのほとんどはこの私が教えたんですがね」
前髪をかき上げ、ポーズを決めるマリム。またしてもセイ・ルーの中でマリムの存在が膨らんだのである。
(魔物に知識を与えるピグルがいるなんてっ。普通ピグルは魔物の餌なのに! マリム、あなたっていうピグルはっ……、)
「しかしラセル殿、地の宮は一体どうしたんです? こんなに早く戻られるとは正直、思ってませんでしたぞ」
そう。無理矢理押し付けて、そのまま戻って来ないかも知れないことをマリムはちゃんとわかっていた。魔物の掟の厳しさは、ラセルからよく聞かされていたのだ。
「……ああ、」
視線を外し、ラセル。
「私を迎えにきたのよっ。ねー?」
アーリシアンだけが能天気である。
「……実は、地の宮を追放された」
キッパリ、言い放つ。
「追放ですって?」
「追放されたぁっ?」
セイ・ルーとマリムが同時に叫ぶ。どの種においても一族からの『追放』というのはこの上なく不名誉な仕打ち。特に誇り高き種である魔物や精霊にとっては死にも値するほどの宣告だ。
「どうしてです、また?」
「バレたんだ。精霊と結婚してたことが」
と、腕に絡み付いているアーリシアンを指した。
「……よく殺されませんでしたね」
セイ・ルーの言葉に苦笑いで答えるラセル。まさか『精霊を殺して来いと言われて地上に戻ったが、いなかったので難を逃れたと安心していたらムシュウにばったり会い、小競り合いになった挙句ヤツをふっ飛ばした』とは言えまい。ここは適当に誤魔化すが一番。
「まぁ、見捨てられたって言うのか、見限られたって言うのか……今までのこともあるし、当然の結果だな」
曖昧に呟いてみる。事情をよく知るマリムはなんとなくラセルの話に納得してしまったが、セイ・ルーだけは疑惑の眼差しだった。
魔物の尤も嫌う精霊と契約を交わしたと彼の仲間が知れば、追放どころでは済まない筈。アーリシアンを殺せという話が浮上するのが流れとして正しい気がするのだ。けれど、今の彼にアーリシアンを殺そうという意思は感じられない。
「じゃあ、もうラセルはどこにも行かないのねっ。ずーっと、私と一緒ね?」
潤んだ瞳で見つめるアーリシアン。ラセルは微妙に視線を外し、
「ん? ん~、」
などと生返事。
「そうですかっ。そりゃよかった。これで私は自由の身だ! さー、それでは皆さん、解散しましょー!」
マリムが小躍りしそうなほど嬉しそうにそう言った。が、
「あー、マリム、それがなぁ」
ポリポリ、とバツが悪そうに頭をかき、ラセル。このまま解散出来るような状況ではないのだ。あの家に戻れば、間違いなく近々ムシュウからの襲撃を受ける事になるのだから。
ラセルは仕方なく、手短に現状を説明してみせた。セイ・ルーとマリムだけが、顔色を変える。
「ってなわけで、ここにいるのはまずいと思うぞ?」
「……なんて事をしてくれたんですか、ラセル殿!」
「ああーっ、私はどうすればいいんだーっ」
二人の嘆きは大きかった。
「仕方ないだろう? 仕掛けてきたのは向こうなんだから」
憮然とした態度で、ラセル。
「……もしやラセル殿、あの力を……?」
「あ~、使っちゃったね」
軽いノリで答える。マリムはガックリと首を折った。
「あの力?」
セイ・ルーがマリムとラセルの顔を交互に見遣った。
「ラセル殿はピグル族の光魂術《オーヴ》を始め、幻術全てを取得してるのです。……ついでに言うと、『黒の術』も使えるんですよ」
マリムが簡単に説明する。
「黒の……、まさか!」
セイ・ルーが大袈裟に驚きのポーズをとった。アーリシアンだけがキョトン、とした顔で三人の顔を見上げて(一部見下ろして)いる。
しばしの沈黙。
張り詰める緊張の糸。
そして、
「ねぇ、お腹が空いたーっ」
アーリシアンの一言で、緊張の糸はぷっつりと切れたのである。
ラセルが耳もとで囁いた。
「なぁに?」
ラセルの胸に顔をスリスリさせながら、アーリシアン。
「……そろそろ降りろ。重い」
「いや」
「降りなさい」
「やだーっ」
「これっ!」
ぐい、っと首根っこを捕まえ、引っぺがそうとする。小さい頃よくやっていたのと同じように。しかし、途中で気付く。彼女はもう子供じゃないのだった。仕方なくアーリシアンの体をひょい、と抱き上げ、降ろす。アーリシアンはそれでも離れようとせずラセルの腕に絡まっていた。その柔らかな感触にどうも落ち着かないラセルなのである。
「マリム、色々悪かったな」
二人に近付き、ラセル。もう一人、マリムと一緒にいるのは……精霊?
「で、こいつはなんだ?」
セイ・ルーを指し、ラセル。
「はっ、はじめまして、あのっ、わたくしセイ・ルーと申しますっ」
礼儀正しく頭を下げる、セイ・ルー。実はラセルが怖かったのである。
(角があるっ、目つき悪いっ、怖いっ)
てなもんだ。
ラセルはセイ・ルーを一瞥すると、言った。
「お前がアーリシアンをここまで?」
「はっ、はいーっ!」
「……なに緊張してるんです? セイ・ルー」
不思議そうに、マリム。
「だだだってぇ~」
情けな~い声でマリムの後ろに回る、セイ・ルー。マリムはずずいと前に出て、手を腰に当てると言った。
「一時はどうなることかと思いましたぞ。ムシュウとかいう精霊が突然現れて、アーリシアンだけでなく私まで連れ去ったんですからねっ。まったく、あなたと関わるとろくなことがないですな、ラセル殿」
「悪かったな、色々と」
(魔物が、あの凶暴で情け容赦ないと言われている魔物がマリムに謝ったっ? ああ、マリム、君はなんて素晴らしいんだっ!)
心の中でマリムを褒めちぎるセイ・ルーである。
「ムシュウには、俺も会ったよ」
苦々しい口調で、ラセル。
「会ったのですかっ?」
チラ、とセイ・ルーを見遣る。セイ・ルーもまた、マリムを見た。ムシュウはきっとラセルを殺しに行くだろうと踏んでいたセイ・ルーの見解は正しかったようだ。
「しかし、あなたは無事ですね」
驚いたようにセイ・ルーが声を掛けた。
「えっ? なにっ? ラセルやっぱり危ない目にあったのっ?」
アーリシアンが心配そうにラセルを見上げた。ラセルはアーリシアンの頭に手を置くと、ポンポン、と軽く叩く。こうするとアーリシアンは落ち着いて静かになるのだ。
「白の術を使う精霊に会ったのは初めてだ」
さらっと言ってのける。
「ご存知なのですか!」
セイ・ルー。
「ラセル殿は博学なんですぞ。……まっ、そのほとんどはこの私が教えたんですがね」
前髪をかき上げ、ポーズを決めるマリム。またしてもセイ・ルーの中でマリムの存在が膨らんだのである。
(魔物に知識を与えるピグルがいるなんてっ。普通ピグルは魔物の餌なのに! マリム、あなたっていうピグルはっ……、)
「しかしラセル殿、地の宮は一体どうしたんです? こんなに早く戻られるとは正直、思ってませんでしたぞ」
そう。無理矢理押し付けて、そのまま戻って来ないかも知れないことをマリムはちゃんとわかっていた。魔物の掟の厳しさは、ラセルからよく聞かされていたのだ。
「……ああ、」
視線を外し、ラセル。
「私を迎えにきたのよっ。ねー?」
アーリシアンだけが能天気である。
「……実は、地の宮を追放された」
キッパリ、言い放つ。
「追放ですって?」
「追放されたぁっ?」
セイ・ルーとマリムが同時に叫ぶ。どの種においても一族からの『追放』というのはこの上なく不名誉な仕打ち。特に誇り高き種である魔物や精霊にとっては死にも値するほどの宣告だ。
「どうしてです、また?」
「バレたんだ。精霊と結婚してたことが」
と、腕に絡み付いているアーリシアンを指した。
「……よく殺されませんでしたね」
セイ・ルーの言葉に苦笑いで答えるラセル。まさか『精霊を殺して来いと言われて地上に戻ったが、いなかったので難を逃れたと安心していたらムシュウにばったり会い、小競り合いになった挙句ヤツをふっ飛ばした』とは言えまい。ここは適当に誤魔化すが一番。
「まぁ、見捨てられたって言うのか、見限られたって言うのか……今までのこともあるし、当然の結果だな」
曖昧に呟いてみる。事情をよく知るマリムはなんとなくラセルの話に納得してしまったが、セイ・ルーだけは疑惑の眼差しだった。
魔物の尤も嫌う精霊と契約を交わしたと彼の仲間が知れば、追放どころでは済まない筈。アーリシアンを殺せという話が浮上するのが流れとして正しい気がするのだ。けれど、今の彼にアーリシアンを殺そうという意思は感じられない。
「じゃあ、もうラセルはどこにも行かないのねっ。ずーっと、私と一緒ね?」
潤んだ瞳で見つめるアーリシアン。ラセルは微妙に視線を外し、
「ん? ん~、」
などと生返事。
「そうですかっ。そりゃよかった。これで私は自由の身だ! さー、それでは皆さん、解散しましょー!」
マリムが小躍りしそうなほど嬉しそうにそう言った。が、
「あー、マリム、それがなぁ」
ポリポリ、とバツが悪そうに頭をかき、ラセル。このまま解散出来るような状況ではないのだ。あの家に戻れば、間違いなく近々ムシュウからの襲撃を受ける事になるのだから。
ラセルは仕方なく、手短に現状を説明してみせた。セイ・ルーとマリムだけが、顔色を変える。
「ってなわけで、ここにいるのはまずいと思うぞ?」
「……なんて事をしてくれたんですか、ラセル殿!」
「ああーっ、私はどうすればいいんだーっ」
二人の嘆きは大きかった。
「仕方ないだろう? 仕掛けてきたのは向こうなんだから」
憮然とした態度で、ラセル。
「……もしやラセル殿、あの力を……?」
「あ~、使っちゃったね」
軽いノリで答える。マリムはガックリと首を折った。
「あの力?」
セイ・ルーがマリムとラセルの顔を交互に見遣った。
「ラセル殿はピグル族の光魂術《オーヴ》を始め、幻術全てを取得してるのです。……ついでに言うと、『黒の術』も使えるんですよ」
マリムが簡単に説明する。
「黒の……、まさか!」
セイ・ルーが大袈裟に驚きのポーズをとった。アーリシアンだけがキョトン、とした顔で三人の顔を見上げて(一部見下ろして)いる。
しばしの沈黙。
張り詰める緊張の糸。
そして、
「ねぇ、お腹が空いたーっ」
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